第5話

 伯爵邸から学園まで馬車で三十分程度である。最初は寮に入ろうと思っていたが、オメガの入寮は認められなかったし、そもそも入れたとしても許さないとおもにルギスから大反対された。

(戦争が起きなかったってことは、何が変わるんだろう……人の変化、シナリオの変化……全部変わったって思ったほうがいいかな……)

 ティトが懸念していた戦争は起きず、国内に不穏な様子もなく、王族の様子が変わったということもない。第一王子は十五で無事立太子したし、ティトの不安とは裏腹に、国は栄える一方である。

(メインストーリーとかは正直思い出せてないから大丈夫だけど……僕がオメガになったみたいに、キャラクター設定に変化があったら不安だな)

 ティトの目的は変わらないとはいえ、あまりに変化があるとストーリーを完遂することが難しいかもしれないから、遠回りにはなるかもしれない。

 それに、ティトはストーリーを守りながら、それとなく自分の相手も見つける必要がある。好きな人ではなくて、この人となら幸せになれるだろうと思える人である。ただでさえどちらも難しいというのに、同時にともなると不安で仕方がない。

(……好きになっても辛いだけだ。攻略対象じゃなくても、レンとは結ばれなかったんだから)

 攻略対象ならなおさら、うまくいくはずがない。好きになるだけ無駄である。ティトはよりいっそう気持ちを引き締めるように、深呼吸を繰り返していた。

 学園に着くと、ルギスの雰囲気が一気に固いものに変わった。ティトをエスコートして馬車から降ろし、二人を遠巻きに見る周囲をきつく睨みつける。

「兄様、みんな怖がってるよ」

「このぐらいの牽制じゃ足りないね。ティトは俺の弟だって知らしめてやらないとな」

「はいはい、可愛い弟が心配なのは分かるがな、ルギス。今日は入学式なんだから早く職務室行くぞ」

「ぐ! おいこら離せ!」

 背後に現れた大柄な男が、ルギスの首根っこを掴んでティトから引き離す。親し気なその様子に、ルギスにも教員に友人が居たのかとティトは少し驚いた。

「じゃあな弟くん。オレは薬師学のベルノー先生だ。またどこかで」

 横目にそう言われ、ティトは素直に頭を下げた。

(ベルノー先生は隠しキャラでもないな……たぶんベータだ)

 自身がオメガであるからか、ティトは相手の二次性がなんとなく分かるようになった。とはいえ確実性はなく、あくまでも直観的なものでしかない。

 まだ暴れているルギスを見送りながら、ティトは不安げに自身の首元に触れる。

 シャツの襟で隠されているが、フェロモンを抑えるチョーカーはつけた。抑制剤も飲んだし、不安など一切ない。けれどもなんとなく人の多さに不安を覚えるのは、自身が妊娠できる体になったからだろうか。

(ううん、大丈夫。この物語が終われば、僕も番を見つければいいんだから……)

 新しい環境への期待と不安を抱きながら、ティトは一歩踏み出した。

 それにしても目立っている。先ほどルギスが騒いでしまったからか、はたまた教員と一緒に通学なんかしてしまったからか、周囲の目は好気的にティトに集まっていた。

 こんなとき、身長の低いティトだと堂々と歩いていても怯えているように見えるのが難点だ。ルギスやユリアーナがティトを心配し続けるのもそのせいなのだろう。

 ティトは注目を一身に浴びながら、クラス分けが張り出されている掲示板の前に立つ。必死に自分の名前を探していると、突然視界に人が現れた。

「うわ、すみません!」

 ドッ、と衝撃を受けたが、ティトはなんとか足を踏ん張った。とはいえティトよりもうんと大きな人にぶつかられたから、一歩ほど立ち位置がずれてしまったが。

「いえ、大丈夫です」

 困ったように笑いながらもその人物を見上げ、ティトは思わず固まった。

 綺麗なくせ毛のブロンドに、高い身長。キラキラと輝く瞳はスカイブルーのビー玉のように澄んだ色をしており、焦った顔をしていてもその美しい容姿が損なわれることはない。彼はティトを支えながら、動かないティトを不思議そうに見ていた。

 ティトは彼を知っている。しかし明らかにサイズが違う。彼はこんなにも大きくはなかった。今のティトと同じオメガで、そして同じほど小さかったはずだ。

「あの……そんなに見られるとさすがに恥ずかしいんだけど……」

「ニコラ・フェデーレ様じゃないですよね……?」

「え? あ、うん。僕はニコラって名前だけど、フェデーレではなくて、ニコラ・ユリス。フェデーレさんは知り合いにはいるけど……」

「ニコラ・ユリス……?」

 聞いたことのない名前だ。けれども見た目には一致している。

 ニコラ・フェデーレは、この物語の主人公である。

 孤児であったニコラは、フェデーレ男爵家に養子として迎え入れられた。フェデーレ男爵はそもそも平民から騎士となった男で、戦争での功績が認められて男爵位を賜っただけで、ニコラとはかねてより懇意にしていたからである。

(待てよ……もしかしてニコラが孤児になったのって、戦争が起きたからとか……? だとしたら戦争が起きなかったからニコラは家族を失っていないし養子にもなってない……!)

 フェデーレさんは知り合いにいる、ということはやはり関係性はそのままだ。しかしそれでなぜ、こんなにも大きくたくましく、可愛らしい容姿からかけ離れてしまったのか。

 ティトの大きな目で上目に見つめられ、ニコラはかすかに頬を染める。

「こ、今度はなに? 僕の顔に何かついてる? 君すっごく可愛いからドキドキするんだけど……」

「どうしてそんなたくましくなってしまったんですか? 可愛く育つ未来があったはずなのに」

 ふてくされたような声だった。しかしそれに気付いていないのか、ニコラは「どうして知ってるの?」と驚いたように言葉を続けた。

「そうなんだよ、僕ちっさい頃はすっごく小さかったんだよね。それにこの顔だからさ、友人からは『女みたいだ』『オメガだろうから嫁にしてやる』とか馬鹿にされて。悔しかったから騎士やってる近所のフェデーレさんにお願いして弟子にしてもらったんだ」

 主人公の主人公ゆえの行動力が憎い。そしてそれで成長に大成功するあたり本当に主人公である。

 猛反発してやりたいのに、立派な理由と結果を示されてはティトには何も言えない。それならせめてオメガならとさりげなく距離を詰めると、ふわりと甘い匂いがした。

「……まさか!」

「うわ! なに!」

 ニコラの襟ぐりを両手で引っ掴むと、ティトは力をこめて襟を開いた。

 ニコラの首筋があらわになる。そこにチョーカーはない。ベータからもオメガからもしない匂いをまとい、チョーカーもつけていないとすれば、

「……アルファ?」

「あ、うん。そう。祖父母がアルファとオメガだったんだけど、両親は両方ベータなんだよ。面白いよね、兄弟の中でも僕だけアルファだった」

 戦争がなくなりシナリオが破綻した影響で、キャラクター設定にも変化があったということだろうか。

(ニコラがアルファなら、同性の攻略対象者と恋人同士にするのは難しい……僕がオメガになったから、オメガの枠がずれたってこと……?)

 ティト自身「ゲーム」には詳しくないから仕様が分からない。この世界はティトのためではなくこのニコラのために用意された世界であるから、少しの変更点、違和感にとてつもなく不安を覚える。

「大丈夫?」

「あ、うん。ごめんいきなり、」

「ちょっと、邪魔なんだけど」

 つんけんしたように言われ、背後からドン! と強めに押された。放心していたティトはその力に押されるがまま、ニコラの胸に受け止められる。

 振り向いたティトと目が合い、ティトを押した彼は、ティトの弱々しい表情に驚いたように瞠目した。

「な、なに」

「すみません……その……」

 しかし。

 ティトが不安げだったのは一瞬のことだ。すぐにその瞳は輝きを取り戻し、むしろ興奮したような色を浮かべた。ティトはすぐさま彼の手を捕まえた。強く握られさらに驚いている彼は一度自身の捕まった手を見下ろし、引き抜こうと力を込める。けれどティトのどこにそんな力があるのか、振り払うことはおろか、引っこ抜くことすら出来なかった。

「なに、離してよ!」

「エレア・ジラルド様ですよね!」

 ティトの背後で「僕のときとはまったく違うテンションだ」と、ニコラが笑いを堪えたようにつぶやいた。

「僕ずっとお会いしたかったんです! エレア様とお友達になりたくて!」

 エレアはパッケージどおりの見た目だった。濃紺の髪に金の瞳、身長も体格もティトと同じほどで、天使と思えるティトとは反対に、少しキツめの美少年である。

 ニコラが記憶とは違う見た目でがっかりした分、記憶通りのエレアとの出会いがティトにはとてつもなく嬉しかった。

「あの、僕ティト・ロタリオです!」

「なんなのあんた!」

 エレアはとうとう手を振り払った。ティトも油断をしていたから、あっさりと距離が開く。

「あんたの名前なんか言われなくても知ってるよ! あの日から忘れたことなんかない。あんたのせいで僕の人生がおかしくなったんだから」

 エレアの目は憎悪に濡れ、鋭くティトを睨みつける。ティトはそんな目を誰かに向けられたことがなかったから、反論の言葉もとっさには出なかった。そんなティトの後ろから、ニコラがエレアを警戒する。エレアにはそれも面白くなかったようで、ハッと嘲笑を漏らした。

「いいご身分だね、ティト・ロタリオ。人を貶めておいて、自分はナイトをそばに置いてるんだ? お姫様だもんね。報復でも恐れているの? それならあんなことするべきじゃなかったのに」

「……待って、あの……本当に何を言っているのか……」

「分からない? じゃあ思い出させてあげようか。あんたは七年前、自分で階段から落ちたくせに、すれ違った僕が突き落としたって吹聴したんだよ!」

 入学式で集まっていた生徒が、エレアの聞かせるような言葉に一気にざわつき始めた。

「……吹聴? 僕が言ったの?」

「とぼけるつもり!? それだけじゃない、あんたはそのあとも『自分は会いたいけど相手が会ってくれない』って悲劇のヒロインみたいに僕のせいにしたんだ! あんたが会いに来たことも、予定を取りつけようとしたことも一回もなかったのに!」

「もう行こうティト。この状態だと会話が出来そうにないよ」

 ニコラの助言に、エレアはさらにきつくティトを睨みつける。しかしティトが何も言わないからか、エレアは不機嫌を隠しもせずその場を去る。エレアは最後までティトに憎悪をぶつけていた。

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