こうして悪役令嬢は首を刎ねた

辰巳しずく

こうして悪役令嬢は首を刎ねた

 私が家業を継いだのは、父が病で倒れたからでした。

 その知らせを聞いた時、私は本当に驚きました。ええ、父は健康に人一倍気を遣っており、病を患っているような気配もなかったですから。


 さいわいにも父は命拾いしたものの、深刻な息切れを起こすようになりました。

 それが分かった直後です。“命令書”が届いたのは。


 “命令書”が発行された以上、我が家は職務を果たさなくてはなりません。

 けれど父の容態では“剣”を握るなど、とてもとても……普通であれば地方の者を呼んで代行してもらえばよかったのでしょうが、我が家を羨んで取って代わろうとする者などごまんといました。


 だからこそ父と母は跡継ぎについて頭を悩ませたとか。

 そんな親に私は「どうか自分を跡継ぎにしてほしい」と訴え続けました。

 当時十五歳。未成年とはいえ、なんと無謀だったでしょうか――しかし私は信じていたのですよ。「自分なら出来る」と。


 現にその確信は正しいものでした。

 私が最初にたずさわった職務に使ったのは“縄”でしたが、意外とすんなりと成功したのです。それを聞いた時の両親や助手たちの驚きようといったら。


 なんでもこの職務を行う者は大抵、最初は失敗を繰り返すそうですよ。

 “縄”であっても五、六回目でようやく成功するのだとか。けれど不思議なもので、私は何の疑問を抱かずに“縄”を結んで巻きつけました。

 落とすタイミングも相手がふっと力を抜いた瞬間、台から落とすのです。そうしなければ苦しむだけですからね。


 とはいえ、一番しっくり来るのはやはり“剣”でしょうか。

 ご存じですか? この職務を果たすうえで求められるのは一に熟練した剣の技術、二に健康、三に鋼の精神、そして四に勇気であることは。


 いくら助手たちや台が固定してくれても体は身じろぎするもの。

 くわえて人間の体というものは大事な部位ほど頑丈でしてね。そうでなくても剣を振り下ろすタイミングを見誤れば剣が頭や顎、肩に当たるばかりか――悪戯に首を傷つけるだけ。


 そう、処刑される側にも勇気が必要なのですよ、王太子殿下。


 頬がこわばってらっしゃいますね。まぁ無理もありませんか、かつて見下して切り捨てた婚約者が貴方の首を刎ねる処刑人になっているのですから。


 といっても私は貴方の婚約者――カーレン・ル・フレム公爵令嬢ではありません。


 ではあらためて自己紹介を――初めまして、殿下。

 私はアンヌ。王権から託された剣をもって罪を裁く死刑執行人の家の娘でございます。


 ◆


 カーレン様はどこにもいませんよ。

 あの日、殿下が婚約破棄を公に宣言された日。彼女は自ら命を絶ったそうです。


 想像してください。

 王城の大広間で華やかな祝福と嘲笑に包まれながら一人、断罪されていく……しかも泣き崩れることは許されず、ただ唇を噛みしめて耐えるばかり。


 裏切られたという訴えも、罪を着せられた悔しさも、届かない絶望。

 人扱いされず、街の通りを歩くだけで顔をしかめられ、処刑人の家に商品など売りたくないと避けられる私たちが日頃から受ける類の悪意を一夜にして浴びたのですから。


 生きる意味を断ち切るには十分だと思いませんか?



 ――ところで私の家系は七代にわたって王都の処刑人をつとめています。


 処刑人は忌み嫌われる存在。

 裁きを執行するとはいえ、人を殺したという事実は重くのしかかる。

 どれだけ正しく剣を振るっても感謝されることはありません。


 ですが我が家と王家の間には、公にはされない取り決めがあります。


 それは処刑人は役目を終えるとき、必ず“誰か”と入れ替わること。

 表向きには処刑人が死に、新しい跡継ぎが職務を引き継ぐ。けれど実際に死ぬのは処刑人ではありません。


 王家が差し出した、別の誰かです。

 条件としては髪と目の色が同じで、年齢や体格も近いことでしょうか。


 ああ、入れ替わったとしても問題ありません。

 当主に就けば人前に出ることは避けるようにとしきたりで決められています。また民衆の前に出る時は肌という肌を隠す黒装束を身にまとい、仮面を被りますからね。


 当然ながら入れ替われば最後、縁者と二度と会うことは許されません。

 名も身分も捨て、別人として生きる。それが正義の剣を振るい続けた者への、唯一の“報酬”です。


 無論、私の父もその“報酬”を受け取りました。

 きっと今は平穏な暮らしをしていると信じています。


 処刑人の家でなければ。

 死刑さえなければ。


 そう願って一族を抜け、身元を隠して生きる者もいました。

 ですが正体が露見すれば結果は同じ。人々は必ず、手のひらを返すのです。


 本来であれば――私もまた、役目を終えたときに“入れ替わる側”になるはずでした。



 けれどカーレン様がお亡くなりになったことで私の運命は変わりました。

 折しも私はカーレン様の同じ髪と目の色をしており、年齢も体格も酷似していました。問題は振る舞いや声でしたが……『ショックで変わった』という方便を誰もがすんなりと信じたため、意外と苦労しませんでしたね。


 だとしても公爵令嬢の死をそれほどまでに避けたかった意思があったのでしょう。いずれにせよ私の人生は劇的に変わったのです。


 あとの顛末は殿下も知っての通りです。

 長々と語らせてもらいましたが、どうぞこちらへ。


 ええ、そうです。

 なぜ王家が我が家を長い間、王都の処刑人として認めているのか。

 なぜ我が家と王家に入れ替わりという決まりがあるのか。


 それはひとえに王都の処刑人になった初代に王の娘が恋をし、嫁入りをしたからでして……おや、まぁ殿下。自ら舌を食いちぎるとは。そこまでショックなのですか。


 ご自身が鎖に繋がれていることは理解していなかったくせに。


 ――私がカーレン様になっている間にずいぶんと死刑も変わりました。

 かつてはわき立つ民衆の前で死刑を執行していましたが、こんな静かな石の間でひっそりと行われるとは想像もしていませんでした。


 さあ、殿下。逝きましょう。

 「舌を噛み千切れば死ぬ」とは幻想です。死ぬには段取りが必要です。今、とても苦しいでしょう? 楽になりたいでしょう?


 私ならそれができます。

 剣を構え、重心を低くし……しかし肩の力は抜いて呼吸を整える。

 高さ、角度、距離。そして体の動き。

 それらを全て把握し、満を持して振り下ろす。


 骨を断つ感触と温かな抵抗は一瞬だけ。

 首は静かに前へと傾き、胴体から離れていく。


 あっけなく簡単な終わり方ですが、それでいいんですよ。

 これは見世物ではなく、裁きなのですから。

 死刑とは、処刑人とは――そういうものですから。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こうして悪役令嬢は首を刎ねた 辰巳しずく @kaorun09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説