庭にヒロカズが埋められている
ようすけ
第1話
庭に人間が埋められていた。これはその邸宅に関係する全ての人間が知っていた。
ある夜、ブードゥー教に所属していた過去を持つ関西人の女が、訪問客として邸宅を訪れた。この女が邸宅の庭から妙なパワーを感じるとか言った。
邸宅のオーナーは不在で、わたしたちがこの対応をしなければいけなかった。
「悪いけれども、ここは私有地ですよ」と掃除婦が追い返そうとした。
これを良い判断だと思ったわたしが加わった。
「私有地というのは要するに、無断で立ち入ることが出来ない場所という意味です」
「ええ……ええ、ええ……」などと関西人の女が一応の理解は示そうとするのだったが、そこから立ち退くまでに多大な時間が掛かりそうだった。
庭に埋められた人間はまだ生きていて、それは邸宅のオーナーの息子のヒロカズだった。ヒロカズは家庭教師の大学生の女を生きたまま強姦した。しかも馬鹿だから殺さずにそのまま帰宅の駄賃を持たせて家に帰したのだった。事情を知ったわたしたちがオーナーに通報をすると、オーナーから、息だけは出来るようにして土に埋めるようにとの指示が出た。ブードゥー教に所属していた関西人の女が妙なパワーを感じ取るのも無理はなかった。ヒロカズは土の中に上下逆さまに埋められていて、息が出来るように空気穴だけを開けられている状態だったのだが、ブードゥー教に所属していた過去がなかったとしても、近所で蜜柑農園を経営しているハツという老人でさえ、邸宅の庭から聞こえる悲痛な呻き声に不審を感じ取っていたのだった。
関西人はまだ帰らない。一旦は沈黙したかと思うと、急に色気づいたかのように赤くなった。玄関先に集まったわたしたちの顔を見比べる。
「聞こえた、ほら!」
「いい加減に帰れよ、ブス」と駆けつけた剪定師の男が悪態をついた。
彼は邸宅のオーナーの息子であるヒロカズが家庭教師の大学生をやっちまったことを快く思っていなかった。昔気質の人間だったから、誰か女性を相手にそのようなことを思いつくだけでも不快だったのだ。
「ブス」などと言われた関西人の女は、恥ずかしそうにした。
「そこまで言うのなら帰りますけれども、今後あなたたちに災いが起ころうとも、あたしは関知しませんよ」
「今だったら関知してくれるのかよ」とわたしは聞いた。
そうしている間にも、庭に埋めたヒロカズの容態はひどくなる一方だった。
わたしたちは、ヒロカズに強姦された大学生の女が警察に一報を入れることを怖がってはいなかった。それは単純に他人の家での不祥事であるし、邸宅のオーナーは警視庁を多額の寄付金で餌付けしていたから、事件が表沙汰にならずに有耶無耶にされることを知っていたのだ。ただやはり金持ちになるのには人間力が試されるのは確かなようで、自身の身勝手さから大学生の女を生きたままレイプをした息子に対する打擲が必要だと感じた邸宅のオーナーは、息子のヒロカズに帝王学を学ばせたかったに違いない。邸宅で働いていた使用人たちの中には、オーナーに対して個人的な恨みを抱いてスパイ活動をしている者もいはしたが、基本的には邸宅のオーナーの意向を尊重する者たちばかりだった。
関西人の女が素直に帰らなかったから、わたしたちは息子のヒロカズが苦しんでいるのに何も出来ずにいた。ヒロカズの呻き声は段々と小さくなるばかりだ。
「そこまで言うのなら帰りますわよ」と関西人の女が言った。
だが帰ってくれない。右を見たり、左を見たりと視線は絶えず忙しく、玄関先に集まってきた使用人たちの顔を一人残らず覚えようと必死だった。
そこで掃除婦の女が言った。
「あ、こいつ! こいつあたしたちの顔を残らず覚えようとしているわ!」
「なんだと! あ、こいつめ!」
「殺せ、殺せ、殺せ」
「殺してしまえ!」
わたしたちにとっては、もはや殺人など別に怖いものではなかった。邸宅のオーナーが全てをもみ消してくれるからだ。邸宅のオーナーの執事は、邸宅のオーナーと一緒に外出中だったから、邸宅のオーナーからの伝言は邸宅勤めが長い、医療事務を担当する安子という女が請け負っていた。安子の話では、家庭教師の大学生の女を強姦した件で警察が邸宅を訪れることがあるのなら、その間抜けな警察官を棒で殺せとの指示を出ていたそうだ。本当にそんな指示が出ていたのか定かではないのだが、少なくとも安子は邸宅のオーナーからの指示を的確に伝えているはずだった。
さすがに厚かましい関西人の女も、大の大人たちがこぞって集まって「殺せ」だの「殺せ、殺せ」だのとまくしたてる様子に恐怖を覚えたらしく、一度は邸宅の敷地から出ていった。だがまた戻って来る。一体全体に何を考えているのか、また戻ってきて玄関のチャイムを鳴らすのだった。その対応をしたのがわたしだ。
それは午後の十時頃のことだった。わたしがいつものようにやることを探して邸宅の廊下を歩き回っていると、玄関からブザーが聞こえた。
このブザーは門の所と連結をしている。
わたしは暇だったので走って玄関まで行った。
ドアを開けた。女がいる。
「最後に言い忘れたんですけれども……」
「はい、なんですか」
思わせぶりな仕草で、関西人の女がわたしを見ていた。先程の剪定師の男や掃除婦を手玉に取るのは難しいが、こいつだったら容易く騙すことが出来ると、わたしを値踏みするようにして見ているのだった。
女がわたしに言った。
「お手洗いを貸して欲しいんです」
「トイレですか?」
「ええ……」
わたしは少し考えた。女に騙されるのは好きではなかった。
「そうやって上手く敷地内に足を踏み入れる魂胆だ」
「ええ、違いますよ!」
「お手洗いを借りたいと、本気で思っていますか?」
「ええ……」
「今でもそう思っていますか?」
「ええ」
わたしは悩んだ。人と比較して、わたしは確かに頭の切れる方ではなく、だが独立心だけは旺盛だったから、誰かに相談なんかしないで自分だけでこの一件を片付けたかったのだ。ミスをしたら殺せばいいと思った。棒か手で殺せばいい。
「いいけど、している間はずっと見張りますからそのつもりでいて下さい」
「見張る?」
「ええ、そうです」
「あなたが見ている前でしなければいけないの?」
「そうです」
「なんで?」
理由を説明できなかった。だからわたしは黙ってトイレを貸した。
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