第9話 境界線の向こう側

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櫂理君とキスをしてしまった。


正確には、間接キスだけど。


でも、今までで一番距離が近くて、指一本の隔たりはあったけど本当にキスをしているみたいで、今でもドキドキが収まらい。



どうしよう。

櫂理君の顔、まともに見れない。





「おーい。莉子、もう授業とっくに終わってるよ?」  



意識が遥か彼方へと飛んでいく中、突如美南に頬を軽く叩かれ、そこで私はふと我に帰る。


「これまた随分と向こうの世界に浸ってたね。昼休みとっくに始まってるけど」


そう言われて教室にある壁掛け時計に目を向けると、なんと昼休み開始から既に五分も経過しているようで、私は慌てて教材を机にしまった。


「そんなに弟君とのデート良かったの?もしかして、ついに姉弟の境界線超えたとか?」


すると、鋭いところをぐさりと突かれ、思わず動かしていた手が止まる。



間接キスは、境界線を超えたことになるのだろうか?


でも、普通の姉弟きょうだいはそんなことはしないし、弟にここまでときめく姉なんていない。



つまり、それって……



「ごめん、美南!私ちょっと具合悪いから保健室行ってくる!」


段々と頭の中が混乱してきた私はパニックに陥り、気付けば教室を飛び出していた。




私は一体いつから彼のことをこんなに意識し始めていたのだろう。


櫂理君がいつもと違う服装に着替えた時から?


それとも、女の子に囲まれていた時から?


もしくは、お化け屋敷に入った時から?


あるいは、間接キスをされた時から?



………………違う。



あのデートは、ただ自分の気持ちを再認識しただけ。


おそらく、ずっと前から私は、櫂理君に対する気持ちを見て見ぬふりしていたのかもしれない。




再び頭の中がパンクしそうになる手前。

私は保健室の扉を思いっきり開くと、中はがらんとしていた。


お昼休みの保健室は大体生徒達の寝床になっていると聞くけど、今日は誰一人としておらず、なんとも好都合な状況に私は窓際のベッドへと向かう。


本当は美南にデートの話をしたかったけど、今は櫂理君のことで頭がいっぱいいっぱいで、気持ちを落ち着かせるためにここへ逃げてしまった。



とりあえず、少しだけ休んでから戻ろうと私は仕切りのカーテンを開く。


「…………え?」


すると、誰もいないと思っていたのに、そこには既に先客が居て、思わず間の抜けた声を出してしまった。



「……ん。……ああ、なんだ。莉子か」


カーテンの音で起こされた先客はうっすら瞼を開くと、視線だけをこちらに向けてきて、虚な目で私を見てくる。


「あ、雨宮君起こしてごめんね。人がいるとは思わなかったから」


まさか、ここで雨宮君に遭遇するとは。

私はようやく保健室がガラ空きな意味を理解すると、即座に頭を下げて場所を変えようと踵を返す。


その直後、雨宮君に突然腕を掴まれてしまい、何事かと後ろを振り返った矢先。

起き上がった雨宮君の隣に有無を言わさず座らされ、私は訳が分からずその場で固まった。


「あ、あの雨宮君?これは一体……」


「……で、何があったんだ?」


なんと。

まだ何も話してないのに、まるで超能力者の如くすべてを見透かされてしまい、私はたじたじになる。


果たして彼に話してもいいのかよく分からない。

けど、聞こうとしてくれる姿勢は有難いので、私はお言葉に甘えて昨日起きた出来事をポツリポツリと雨宮君に話し始めた。






「……それでね、黒いジャケット姿の櫂理君がかなり萌えたっていうか。あと、お化け屋敷の時の櫂理君が凄く格好良かったの。ずっと私のこと守ってくれてて、最後に脅かし役の人を殴ろうとしたのは頂けないけど、その姿がナイトみたいでキュンとしたっていうか。それから……」


「悪い。俺帰るわ」


「待って、雨宮君!ここからが大事なの!」


あまり多くを語るつもりはなかったのに、気付けば口が止まらなくなり、この場から逃げようとする雨宮君の腕を私は必死で掴む。


それから、げんなりとした表情をする彼にはお構いなしと、私は間接キスをされたくだりまで全て話し終えてから、ようやく雨宮君の腕を離した。



「つまるところ、あんたらもう付き合えばいいだろ」


そして、暫しの沈黙後。

吐き捨てるように言われた雨宮君の一言に、私は一瞬体の動きが止まる。


「い、いや!でも、心の準備が出来ていないっていうか。そもそも、櫂理君のことが好きかもって自覚したばかりで、まだ混乱してるというか……」


「あー。宇佐美姉弟ってマジでめんどくせー」


話を聞いてくれると言うから、包み隠さず打ち明けたのに。


何だか最後はとても投げやりな態度を取られてしまい、納得がいかない私は頬を膨らませる。


「ひどい、雨宮君。私本当に困ってるのに。昨日から櫂理君の顔見てるとドキドキが止まらなくて、まともに話せてないの」


間接キスをする前はどんなに好意を寄せられても、まだだ“弟”として見れた。 


けど、今ではどうやって接すればいいのか分からないくらい、彼を意識してしまっている。


それに、果たしてこれが本当に“恋”なのかよく分からない。


もしかしたら、ただ流されているだけかもしれないし、自分の気持ちをしっかり確かめるまでは、軽はずみな態度をとってはいけない気がして。


だから、色々と頭の中で整理していきたいけど……。



「あーあ。なんか授業出たくないなあ」


こんな状態じゃ内容なんてまともに入ってこないし、今は何もしたくない。

かといって家に帰る勇気もないし……。


「それなら、旧校舎の屋上使えば?」


「……は?」


すると、唐突に提案された意味がよく分からず首を横に傾げる。


「あそこは誰も来ないからサボるには最適だし。丁度俺も行こうとしてたから」


「いや、私サボるなんて言ってないけど」


何やら話が勝手に進もうとするので慌てて否定するも、雨宮君は人の話を聞こうともせず、私の腕を引いて急にベッドから立ち上がった。


「あ、雨宮君待って!私まだお昼も食べてないし……」


「じゃあ、旧校舎の入り口で待ってるから取りに行ってこいよ」


結局拒否権は与えられず。

私は一旦教室に戻り、美南に事情を話すと「あとは私に任せて行ってきなよ」と快く送り出された。


何やらここの人達はサボりに関してえらく寛容的な気がするけど、せっかくなので私は二人に甘えて人生初のサボりをするために旧校舎へと向かう。

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