当たり前の日々

十夢

当たり前の日々



当たり前の日々


目次

* いつもの風景

* 人は実は優しい

* 認めない価値観

* わずかな光でも


いつもの風景


 大晦日。旧年も残り少なく、数分もせずに新年を迎えると言う境内で。人が集まり醸し出す賑わいの中に居ると……。
 そのわずかな時間が過ぎて、新年を知らせる太鼓が境内に鳴り響いた。
 そこで見た景色は、いつもどおりの新年とそこに訪れる者たち笑顔で迎え入れてくれる神職の姿……。この風景は、自分自身が物心をついた時から変わらずに続けられている。それは、数えられるだけでも40年は超える。


人は実は優しい

 いつもの新年を迎えてくれる神職の姿は、人は実は優しいという真実を伝えてくれた。なぜ、その姿にそれを見るのか? それは、そこに溢れる穏やかな流れ。
 人は穏やかに暮らすことは、人として当たり前なことだと受け取っているのかもしれない……。けれども、そこが当たり前に成り得るという生き方を出来ていること自体は、実は、当たり前のことでも何でもないのだと。
 世の中には大勢の人たちが居て、それぞれの想いと思惑に世界を創り、もがいて生きてしまう……。その想いや思惑の根拠には、何も思いを至らせずにとも。
 譬えそうであっても、何事も無かったかのように穏やかに暮らす人がいる。それが出来ると言うこと自体が、人間の人間という要素の代え難いところで。どんなにそそのかされても賢く自ら生きて穏やかに暮らして行けるのだと。そのことだけでも充分に人間は素晴らしいのに。



認めない価値観


 人間が穏やかに暮らすことを然程価値の無いことのように喧伝する流れがあるとしよう。それは、人々の生活を忙しくする。そうしておいて、心にはプレッシャーを与え、人が物事を考えられなくするのだと……。そうして常に人間の考え方を固定しておけば、いくらでも御しやすくなるのだと。
 こう言った価値観や物の見方は、支配者は好み、悪魔的な思考だと意味するだろう。世の中には魔が射すという言葉もあるのだから。
 一方で、それらにまったく関せずに生きて行く人たちの流れも確かにある。その人たちは、自分で悩み感じて、自分で思考し問題を解決する。それはあたかも世の流れに逆らうようで、遠回りをしているように映るだろう。まるでわずかも進んで居ないかのようにして。
 穏やかに生きて行くことは、あたかも時が止まっているかのような静寂を伴って辺りを丸く包み込む。そこに生きる人たちの上には日差しが見え、常に照らされているようにも見える。それは、心の目で見る光景になっているのだけれども……。



わずかな光でも


 人が人である理由。そのようなことを考えて人が生きることは稀だろう。毎日の忙しさの中にその問いは必要にされないほど、人は社会に使役されるのだから。その常識も日常も人間の思考が作り上げて行く。人の思考はパターンを維持して、脳の効率を保って行く。そうしてエネルギーの消費を省きながら脳は世界を理解する。もしも脳がこのパターン化をしないなら物事はどんな風に世界を作っているのだろう? 残念ながらそれは、体の限界なのだと理解する。
 このパターン化を抜け出したいのなら、果敢に立ち向かうエネルギーが必要になる。それも継続して……。それは人間にとっては過酷で誰も挑戦したがらない筈なのだ。なぜなら人間には、怠惰という思考の要素があるから。そこを押して尚、挑んで行く。そこまでの精進は誰も見向きもしない。そこは、人間の住する世界では無いのだからと言って……。
 そこに人が挑まないのなら、一体誰が挑むと言うのだろう? 人間の人生にはその可能性がある。それは、他の誰でも無い、真実が与えてくれた誠の姿。
 人は実は優しい。その証左を人は人の生活から学んでいる。それは、いま、あなたがたが紛れもなく穏やかに生きていること。そのことの中に隠されている真実。

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