「」。そこに中身は必要ない

@tamakki

第1話 「」。そこに中身は必要ない

「   」


 目の前の大人が何かしゃべっている。


「  !」


 うるさいなぁ。


「   !」


 頭が痛い。ズキズキする。


 僕が何も反応しないのを見ると、男は紙に何か書いて持ってきた。



―――


 あなたは聞こえていますか?


 □Yes   □No


―――


 僕は右側にチェックマークをつけた。それを男の人に渡す。


 するとその人は顔をしかめた。今度は別の紙を持ってくる。



―――


 あなたは「  」ですか?


 □Yes   □No


―――


 なんだこれ? 分からない。


 頭が痛い。


 僕が頭を抱え出すと男の人は一層顔をしかめる。


「     !」


 何言っているのか分からない。


 僕は意識が遠くなり、目を閉じた



◇◇◇



 なんだこれ?


 僕の手には「   」がある。モザイクがかかっているようでよく見えない。


 そこから赤い液体が垂れている。


 なんだこれ?




 その瞬間、グワっと起き上がった。


 消毒液の匂いがする。周りにはカーテンが敷かれていて、何も見えない。


 悪夢にうなされていたせいか、汗でびっちょりだ。


 僕はカーテンから外に出ようとする。


 あれ? 足が動かない。なんで?


 足首に生暖かい感触がする。



 ふと足元を見る。



 掴まれてる? 布団の中に手がある。


 いやだ。なんだこれ?


 僕は必死でベットから出ようとする。シーツを思いっきり掴んで、足を引っ張ろうとする。


 心臓の音が早くなる。こちらが引っ張ろうとするほど、手の力は強くなっている気がする。


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……。引きずり込まれる……!


 バッ! 肩に何か触れた! 心臓がバクっと鳴る。


 後ろを振り返ると、そこにはさっきの男の人がいた。


 呆れたような顔をしている。


 なんでそんなに平気そうなの? 僕の足は掴まれているのに……。


 足元に目線を戻すと、そこには足枷があった。


 ベットだと思っていたのは石畳の床で、カーテンだと思っていたのは牢屋の檻だった。


 男の人の方にゆっくり目線を戻す。


 その人の手には紙があった。


 それを僕の方に向ける。


 ダメだ。渡さないで。僕は必死に後ずさりする。




―――


 あなたは「  」ですか?


 □Yes   □No


―――



 僕はその紙を破り捨てた。



◇◇◇


 「 」「 」「 」。


 なんだろうこれ? 聞いていて気持ちがいい。男の人は顔を真っ赤にしながらやってくる。


 「 」「 」「 」。


 気持ちいな。僕は男の人にニッコリする。


 その瞬間、男は青ざめた。僕を投げ捨て、急いで牢屋から出る。


 なんでいなくなるの? 気持ちいいのに。待ってよ。


 グチャ


 僕が思いっきり足を引っ張ると足枷から足が抜けた。


 何か赤い液体が垂れてる。気持ちいい。


 僕は全速力で男の人を追いかけた。


 気持ちよさは平等だ。男の人にも分けてあげなきゃ。


 じゃないと、また……。避けられる。



* * *



 あのガキは正気じゃない! 殴られて笑うとか正気の沙汰じゃない!


 後ろから笑い声が聞こえる。しまった。牢屋に鍵をかけ忘れた。


 俺は焦って後ろを振り返る。


 すると何かが後ろから迫っていた。


 よく見えない。目を細める。


「あははっ、きゃ、はは!」


 ガキだ! ガキが笑いながら出てくる。


 俺は命の危険を感じた。



◇◇◇



 南岡崎小学校大量殺人事件。俺はその事件の配役になった。


「おっかない事件だが、頑張れよ」

「はい!」


 そう言われた俺は容疑者と思われる子供と話をしに行った。


「君が桜透君だね」


 俺はその子に話しかけた。でも何も反応がない。


「おい、聞いてるか!」


 少し大声をだす。でも聞こうとするばかりか、顔をしかめてうずくまるばかりだ。


「何してるんだ?」

「あ、あ、あ……ぎゃあああああ!」


 そう言うとその子は頭を抱えて悲鳴を上げた。さすがの俺もぎょっとした。だから紙に書いて聞いてみることにした。




―――


 あなたは聞こえていますか?


 □Yes   □No


―――



 すると少年はNoにチェックを入れて俺に渡してきた。やっぱりか。


 声に対する反応はあるから、声自体は聞こえているけど何言っているのか分からないのだと思う。


 俺は続けて紙を渡した。




―――


 あなたは犯人ですか?


 □Yes   □No


―――



 あまり過激な表現は控えた方がいいと思い、考えた結果「犯人」になった。


 でもガキは案の定騒ぎ出した。これは事件の話になるといきなり悲鳴を上げている感じがする。


 聞こえないというのも、嘘の可能性がある。


 その子は力尽きた感じで寝た。もう少し考えてみるか。



◇◇◇



 翌朝。


「あ、そうだ。お前が担当している子供、少年鑑別所に入れられてから」

「了解です」


 俺はガキの入れられた少年鑑別所に向かう。結局よさげな案は思いつかなかった。


 少年鑑別所について、面会の手続きを行う。


「あぁ……。この子ですか」

「この子がどうかされたんですか?」


 そういうと職員は少し不穏気な空気を見せる。


「この子、寝ている間も1時間おきくらいに悲鳴を上げるんですよ」

「マジっすか?」


 もう悲鳴を上げるのが普通みたいになってるじゃないか。家庭環境は……。調べておけばよかった……。


「お願いだから刑事さん、なんとか宥めてあげて」

「……できれば」


 変な面倒ごとまで背負ってしまった。



◇◇◇



「ぎゃああああ!」


 奥から悲鳴が聞こえる。嫌な予感がする。


「ぎゃああああ!」


 案の定、俺が今から行く牢屋から悲鳴が上がっていた。もううんざりだ。


 俺は牢屋を開けて中に入る。なんか足枷まではめられているし……。これは大丈夫なのか?


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 そう言って肩を叩いた途端、悲鳴は止まった。ガキはあたりをきょろきょろしている。


 さっきまで悲鳴が上がっていたのがいきなり静かになった。ガキは俺が持っている紙を見ている。


 結局、あまりにも不可解だから、もう一度試してみることにした。


 でもまさかガキはその紙を見た瞬間破り捨てるとは思わなかった。


 少しの失望といらだちが、心に影を落とす。だが子供相手にキレるわけにはいかない。


 俺は破った紙を拾おうとする。


 その時、右頬に衝撃が走った。そこにはガキの右拳がある。


 ガキにされたと悟った時、もう俺の理性のブレーキは壊れてしまった。


 反射的にガキに殴り返す。


 あぁ、やっちまった。途端に背徳感が心を支配する。


 取り調べ中に相手を殴るなんて言語道断だ。ましてや相手は子供。降格は間違いないだろう。


「はははは……」


 なんだ? 笑い声?


 バチ! バチ! バチ!


 ガキは俺の殴った箇所を笑いながら自分で殴っていた……。


「はははは……」


 背筋が凍った。空いた口が塞がらなかった。


「何を……して」


 ガキはニヤリとしながら俺を見る。もうそれは悪魔の笑顔だった。


 命の危険を感じた俺の足は、いつの間にか駆け出していた。



* * *



 僕の目線の先には男の人がいた。


 赤い液体が足から流れる感じが気持ちいい。宝物が体の中から流れ出る感じだ。


 僕は追いつくと男の人に馬乗りして殴る。


 宝物が出てくる。


「あははは! はっはは!」


 心地いい。思いっきり殴ると僕の手からも少し宝物が出てくる。


 この心地よさを知ったのはいつだっけ?


 そうだ、思い出した。



* * *



 僕は虐められていた。


 よくある陰キャが虐げられるあれだ。でも僕はそれを大人に相談できるほどの勇気はなかった。


 でもいじめっ子は幼稚だったから、ほとんどが暴力だった。


 殴る。蹴る。笑う。殴る。蹴る。笑う……。


 なぜこの人たちは暴力をして笑うのか意味が分からなかった。


 だから、僕も笑ってみることにした。


 殴られる。蹴られる。笑う。殴られる。蹴られる。笑う……。


 なぜだが暴力はヒートアップしたけど、僕は笑い続けた。


 でも、その偽笑いが本物の笑いに変わるのは突然だった。


 なんだろう。心地いいな。


 僕の顔は自然と緩んで笑顔になっていた。


 いじめっ子の暴力が減り始めたのもその時だ。


「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」


 僕は虐められるというより、避けられるようになった。でも暴力の快感を知った僕はどうしても虐められたかった。


 なんでみんな僕を避けるんだろう? どうして?


 数日間考えた結果、僕の脳は結論を導き出した。


 僕だけが楽しんでいるからだ。だって一人でおもちゃを独占したら嫌われるでしょ? 避けるでしょ?


 そして僕はいじめっ子を殴った。


「気持ちいい? ねぇ気持ちいい?」


 いじめっ子の顔は真っ青だった。とても楽しんでいるようには見えなかった。


 そうか、この程度じゃ楽しめないのか。


 僕はナイフを持って登校した。



◇◇◇



 昔のことを思い出していたら、いつのまにか男の人の顔の原型がなくなっていた。


 恐らくもう意識は飛んでいる。


 これじゃ、楽しめない。僕は男の人が起き上がるまで待つことにした。


 なんだか気分がいいから鼻歌を歌う。いつになったら目覚めるんだろう?


「    !」


 なんだ? 牢屋の方から何か聞こえた。


「    !」

「    !」

「    !」


 他の牢屋にいる人が何か言っている。


「    !」


 なんて言ってるの? 分からないよう。


『どうしてこんなことするの!』

『だってみんなが楽しめると思って……』

『何言ってるの! 人でなし!』


 宝物のついたナイフを持った僕に向かって先生は言った。なんでそんなことを言うのですか? 楽しませているだけなのに


 かつて僕がそうされたように……。


 僕はそう言われた日から言葉が分からなくなった。何を言っているのかうまく聞き取れない。


「     !」


 なんで? なんでみんなはそうやってひどく怒鳴るの? 僕は楽しませようとしているだけなのに……。


 そうだ。みんな楽しめばこんなに怒鳴らないだろう。


 僕は牢屋のドアをこじ開ける。中に入る。


 目の前の男の子は泣いていた。どうしてそんなに泣いているの? 泣かないでほしいな。


 僕は殴った。


「ぎゃああああ!」


 あぁ。やっと君が何言っているか理解できたよ。それは悲鳴だ。


 言葉なんて必要ない。その悲鳴さえあれば君の幸福は全部伝わるのだから。


 僕の頬に一筋の涙が垂れる。


 さぁ、もっと殴らないと……。



* * *



 それは少年鑑別所にて起こった事件。


 鑑別所に収監されていた児童20名は重軽傷、警官一名は死亡。


 南岡崎小学校大量殺人事件の犯人とみられる少年がなりふり構わず暴力を始めたようで、現行犯逮捕。


 逮捕時、笑いながら児童を殴っていたそうだ。


 この事件は世界を戦慄させた。


 あまりに少年の行動が非人道的すぎるということで、世界を驚愕させた。


 そこにあった善意を、世間は誰も知らない。








 あとがき:企画主さんへ


 今回短歌 お題366『「」』-〔「」〕-1:見えますか? を参考にして小説を書かせていただきました。


 正直、解釈を広げすぎてしまった感が僕のなかでしていて……。もう少しお題に沿った形の方がいいのであれば、そう伝えていただけるとありがたいです。


 あと、思ったよりキツいホラーになってしまったので、もしホラーが苦手の中、企画のためにと読んでいたのであれば、申し訳ないです。そこも思うところがあったのならコメントで言っていただけると嬉しいです。


 今回は楽しい企画をありがとうございました。自分の執筆力も成長できたと思います。これからも、面白い企画があれば、ぜひ参加させてください!

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