第9話 裏通りでの密談

馬車がトリトーへと戻る頃には街の大通りに並んだギアの街灯が灯っていた。ギアの街灯は油を使う灯りと比べ明るく灯りが長持ちする反面、費用がかかるので大きな都市の主要な大通りでしか設置できないのが難点だ。

 ルッツは発着場から飛んで、アルフは近道を通って本部に帰って行ったので馬車の中は行った時と同じメンバーだ。

 馬車を馬車置き場に置くとルトは重馬を撫でて労い、ご褒美のニンジンを差し出す。重馬も目の前のニンジンに目を輝かせ美味しそうに齧った。

 「僕はこの子を牧場に戻していきますので、お2人は事務室に行ってください。それで入団の手続きは終わりです」

「と言っても後は組合の会員証発行をする為の資料を書いて終わりだから、さっさと戻るぞ」

 エイクにそう言われて本部に入ろうとするが、馬車置き場の影からこちらを覗く人影を見つけた。相変わらず耳が早いなとゲズルはその者だけに分かるように小さく頷き、人影が頷き返したのを見てからゲズルは本部へと戻った。


 事務室に案内されたゲズル達は事務部部長だと言う丸眼鏡を鼻にかけた中年女性のデスクに通され、読み書きが出来るかと聞かれ問題は無いと答えると書類を差し出される。書類には名前や出身地などの個人情報を書かなければならないが発着場でアルフから事務部部長も事情は知っていると言われたので、ラシヌ・レトとしての情報を書いていき、2人同時に提出する。

 「はい受け取りました。これで入団手続きを終了します。会員証は翌日に出しますので今日はもう帰っても大丈夫ですよ」

 部長にそう言われ、2人は事務室を出た。

 「私は家に帰るがフェルンは?」

「用事をしてから帰る」

 そう言って廊下の先へと向かうグレイスを見送ってゲズルは本部から出た。


 ゲズルは『轍組』近くの裏路地へと滑り込むように入るとそこで立ち止まった。

 「入団試験合格おめでとうございます。ラシヌさん」

 聞き慣れた声が油の灯りで照らされた薄暗い裏路地に響き足音が聞こえる。ゲズルの前に現れたのはペルラだがその姿は金髪の軍服姿ではなかった。髪色は赤毛で服装も皺の無いシルク生地のシャツに上着、動きやすいズボンを履いた見た所、裕福な女商人のような風貌だ。

 「その言葉ありがたく受け取ります。あなたもトリトーに来たのですねエリザさん」

「えぇ少しトラブルがあって予定よりも来るのが遅れてしまいました」

 ペルラはガイナスの副官としてイスナリ中を調査する為、様々な職業の人間に偽って潜入する事が多い。髪色が違うのも裏側につけられたメイ石が反応して髪色を変えるかつらを被っているからだ。今の姿は『貿易商人のエリザ』でありゲズルも何回か見た事がある。2人とも軍人である事がバレない為に、『久しぶりにあった知り合い』という体で接する。

 「前置きはこの辺りにしておいて、聞きたいのは試験での襲撃ですか」

「お願いします。運送組合を狙った襲撃と言うのは商人として放っては置けないですし、イヴンさんから話を伺いましたが襲撃を受けた本人からも詳細を聞きたいです」

 ゲズルは試験の時にあった襲撃について語り、ペルラは顎に手を置いて聞いている。

 「入団試験の馬車を狙うとは金銭目的とは思えないですね。」

「武器もただの山賊が盗品として持つ物としては上等でしたし、ここに来る中でそんな物が盗まれたと言う話は聞いた事がありません。もしかしたら賊達に武器を提供した者がいるかもしれません」

「そう考えると『轍組』に対する妨害を企む者による犯行の可能性がありますね」

 ペルラはメモ帳でメモをしながら話していると、ページを1枚破いてゲズルに差し出した。

 「話してくれてありがとうございます。ここに書かれている場所を中心に商売をするので時間があれば来てください。慣れない事が多いかもしれませんがお体に気を付けて下さい」

「えぇそちらこそ最近物騒なので気を付けてください」

 握手を交わした後ペルラはゲズルとすれ違うがその瞬間にペルラは小声でゲズルに離す。

 「内部犯に気を付けてください」

 立ち去るペルラを見送りゲズルは受け取ったページを開く。ページには次の連絡交換場所とメモ書きが書かれてあった。

 「襲撃した者達を詰問した所、全員金で雇われた者でした。馬車を狙ったのも高価な品を運んでいる馬車を狙えと命令されたようです。今回の犯人も雇い主については分からないようです」

 正体不明の雇い主という手口は倉庫での事件と類似している。やはり例の件と繋がっているかと顔を顰めた。メモは更に続く。

 「准将の指示で『轍組』の組合員達の保護と内部犯の調査の為に『轍組』を監視します。大尉合格してすぐにやめるのは不審に思われるので、予定通りに潜伏しながら内部犯を見つけるよう指示されています」

 そうなると『轍組』を守るためにも内部犯を追わねばならないと考え込む。

 ゲズルが『轍組』の一員を装うのを知っているのはガイナスやペルラの他だとロナンや支部長といった一部のトリトー支部員ぐらいだろう。

『轍組』でもゲズルのことを知るのはアルフやルッツと言った中心人物のみだ。しかし闇討ちならともかく爆発する矢を使えば組合の財産とも言える馬車と重馬を危険に晒してしまう。そんな行為をアルフ達が行うとは考えづらい。自分と同じように一組合員として潜伏している内部犯がいてその者が情報を流している可能性があるが、現状だと容疑者を絞り込むのは中々難しい。

 そう思っていると背後から足音が聞こえ、思わず身構えてしまう。

 「あれレトさん。こんな所でどうかしたのですか」

 そこには大量の食料が詰め込まれた籠を手に持ったルトがいた。

 「いや、用事を終えてこれから夕食に向かおうとしたのですがライトさんは?」

「母さんに頼まれて追加の食料を買いに行っていたんです。この道が商店街から『轍組』への近道なんですよ」

「本部の近くにお住まいなのですか」

「いえ、母さんが食堂のおかみさんをしていて手が空いた時は手伝っているんです」

 そうだとルトはゲズルに向き合う。

 「戻る羽目になるので申し訳ありませんがこれから夕食なら食堂で食べませんか。母さんの料理は本当に美味しいんですよ」

 突然の誘いに一瞬迷うが、仕事をする前に『轍組』について調べられるだろうと考えを巡らせる。

 「ご厚意感謝します。ではお言葉に甘えます」

「こちらこそ急な誘いに乗って下さってありがとうございます。それと」

 そう言うとルトは照れくさそうに頭を掻く。

 「僕の事は敬語なんか使わなくていいですしルトと呼んでください。レトさんの方が年上ですしちょっと恥ずかしいです」

「流石に先輩に無礼な事は言いません。ルトとは呼びますが口調はこのままでよろしいですか。私の事もラシヌと呼んでください」

「あっはい。よろしくお願いしますラ、ラシヌさん」

 そう緊張したようなルトの様子に苦笑しながらゲズルは『轍組』へと戻る。

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