第33話 セルスナ・ラーグは憧れの兄②
「……セルスナ兄さん。俺に、剣術を教えてくれませんか?」
その言葉は俺なりの生存戦略だった。
この完璧すぎる兄──セルスナ・ラーグの失踪は、原作における「第二の悲劇」。そして最悪なことに、後々のシナリオではその罪までもが「悪役貴族」である俺、ベルベッチアの仕業にされてしまうのだ。
身内の死はそのまま俺の首を落とすギロチンになる。
ならば、答えは一つ。この数日間、ストーカーと言われようが何だろうが兄の側に張り付き、運命の歯車を力ずくで止めるしかない。
「グラハム兄様! シュリット兄さん! 聞いたか? あの怠け者のベルベが、ついにやる気を出したみたいだぜ!」
太陽のような笑顔で叫ぶセルスナに対し、他の兄弟たちの反応は冷ややかだった。
完膚なきまでに叩きのめされたシュリットは幽霊のように青ざめ、長男のグラハムもまた、ノア皇子との一件を反芻するように唇を噛んでいる。
「本気だなんて、そんな大層なものじゃありませんよ。ただ……」
俺は視線を落とし、小さく、だが熱を込めて続けた。
「次は魔術抜きで、あの人と渡り合いたいんです。同い年なんです。剣術でも、負けたままじゃいられない」
嘘じゃない。ノア皇子──あの可憐で苛烈な「推し」に、純粋な剣の実力で認められたいという欲求が、俺の胸の奥で青臭く燻っていた。
「ははは! それを本気って言うんだよ、ベルベッチア! なんだ、お前……皇子に恋でもしちまったのか?」
……いちいち鋭すぎるんだよ!
核心を突く兄の直感に冷や汗が出る。
チラリと横を見ると、新人メイドとしての仕事をこなしていたローズ(アナシア)が露骨な嫉妬のオーラを放っていた。もう一人の「推し」からの冷たい視線が痛い。
そんな俺の焦りを見透かしたように、セルスナが不敵に笑う。
「よし! なら決まりだ。ベルベッチア、このオレが直々に剣の師匠になってやる。……たとえ、オレがいなくなっても、お前が一人で泣かなくていいように、たっぷり鍛え直してやるよ」
「……っ!?」
心臓がドクリと跳ねた。
いなくなっても?
まるで、自分の消滅を予見しているかのような台詞。
原作でのセルスナは、公式サイトにすら「文字だけ」でしか存在しない不遇の天才だ。ベルベッチアが唯一慕った兄。母の死の数日後に消えた、ラーグ家の良心。
不憫なんて言葉じゃ足りない!
俺はこいつの行く末を、文字じゃなく、この目で見届けるんだ!
「お願いします、セルスナ兄さん! 俺を……弟子にしてください!」
俺の決意を受け、セルスナは今日一番の、凶悪なまでに眩しい笑みを浮かべた。
「いい返事だ! じゃあ、食後のデザートは抜きだ。今すぐ『惑いの紫の草原』へ向かうぞ! まずは実戦、地獄のメニューの始まりだ!」
本日二度目となる「惑いの紫の草原」。
人食い大牛蜘蛛との死闘で精神的にヘトヘトだったが、ここで弱音を吐けば特訓が中止になる。俺はその戦いのことは隠してこう言ってみた。
「前、ここに来た時は三時間粘って、やっと赤ゴブリンを一匹見つけたんですよ」
「倒したのか?」
「いえ、《闇長剣(ダーク・ロングソード)》を出した瞬間、全速力で逃げられちゃいました」
「………………はぁ?」
セルスナが、深いため息をついて天を仰いだ。
「なんだよ、最悪じゃないか!」
「そうなんですよ! せっかく三時間も粘って見つけた獲物なのに、あんなにすぐに逃げるなんて最悪ですよ、あの赤ゴブリン!」
「違う! 最悪なのはお前の方だよ、ベルベ!」
兄さんは、俺の頭を小突いて呆れ果てたように叫ぶ。
「赤ゴブリンなんて魔物の中でも最弱の部類だ。そんな雑魚に一瞬で『自分の強さ』を悟られるなんて、冒険者なら即パーティ追放レベルの失態だぞ!」
「パーティ追放……!?」
ラノベでよく聞く不穏なワードに俺の背筋が凍る。
「当たり前だ! 戦う前に獲物に逃げられてどうする。獲物を油断させてこっちの懐に飛び込ませてサクっと仕留める。それが効率的な戦いってもんだ。ドヤ顔で魔剣を抜くなんて、貴族の坊っちゃんの悪い癖だな」
的確すぎて言い返せない。将来、学園を卒業して冒険者ルート(第2章)を歩むつもりの俺にとって、これは致命的な欠点だった。
「じゃあ……どうすれば?」
「簡単だ。『弱そうなフリ』をして油断させるんだ。……あー、もう面倒くさい! 当分、闇属性魔術は禁止な!」
「ええっ!?」
セルスナは腰から、訓練用のなんてことのない鉄の長剣を抜き、俺に放り投げた。
「いいか、そいつを貸してやる。それで魔物を仕留めてみろ。魔術に頼らない、純粋な身体操作と間合い。それを体に叩き込むんだ」
「でも、これを使ったら……セルスナ兄さんの武器は?」
「オレ? オレは見てるだけだ。戦うのはお前だからな」
兄さんは余裕綽々と腕を組み、草原の奥を指差した。
「おっ、噂をすればお出ましだ。ほら、リベンジのチャンスだぞ、ベルベ! 赤ゴブリンだ!」
そこには、一匹の赤ゴブリンがこちらを小馬鹿にするように眺めていた。
俺は慣れない鉄の重みに歯を食いしばり、鈍く光る長剣を構える。
魔術禁止……? 鉄剣一本……?
……やってやろうじゃねえか!
運命を変えるための特訓。その第一歩が夕闇迫る草原に刻まれた。
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第33話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
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作者の何よりのモチベーションになり、執筆の活力になりますので何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m
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