家出魔女は魔王様の女幹部になりますわ!

クルス†

第一章 家出魔女

第1話 逃亡者


 この世界には魔法が存在しますわ。


 ええ、虚言やおとぎ話ではなく、紛れもなく“魔法”ですわ。


 ただし、それを使えるのはごく一部、魔力に長け、魔術を学び、修練を積んだ者だけ。


 そうした者たちだけが、魔術師や魔女と呼ばれますの。



 けれど、その存在は公にされることなく秘匿され、ごく限られた者の手によって取り締まられているのですわ。


 国、あるいは国王、特殊警察部隊、あるいは隠れて飼い慣らされた貴族の手先として、魔術師はまるで”道具”のように使役される——。


 それを良しとしない者は、自らの力を隠して生きていくしかないのでしょう。


 知られれば、幽閉。最悪、死。


 命が惜しくば特殊警察部隊として“国家の犬”になるしかありませんわ。



 そしてこの度、わたくし——魔女アリカ・リンドグレンは、スパイ疑惑で指名手配され、その“国家の犬”どもに追われ、まことに不愉快極まりない状況に腹を立てておりますの。



 経緯をお話ししますと、大した事ではありませんわ。


 家族と反りが合わずに少々敷地の外に出て空気を吸って落ち着こうと、なんとも健気で殊勝な心掛けをしたのですけれど、

 父母であるリンドグレン伯爵と夫人が、あろうことか大慌てで警察を呼びまして、


 「娘が家出をした!あの子は姿を変える魔術が使えるから、急いで連れ返してほしい!」と、大袈裟に事を荒立ててくださったの。


 一般警察もさぞ驚いたでしょうね。


 魔法が使えるというだけでも正気を疑われるこのギルデン王国で、伯爵令嬢が魔女で、監視下から脱走したなどと——


 知られたからには特殊警察に伝えられ、追われる身となってしまうのは当然の流れですわ。



 しかも、厄介な事に、わたくしは少々、名が知られる魔女ですの。


 以前、ラグビーの試合をちょっとだけ混乱させた時は、それはもう愉快でしたわ。


 試合の最中、風を操ってボールの軌道を変えたり、選手たちの靴紐を結び直して転ばせたり——ほんの些細な悪戯でしたのに、ずいぶんと話題になりましたわね。


 隠れていなければならないのに、魔法使いなら分かる悪戯でしたもの。


 他にも、師匠が朗読している教科書に、同じページしか開かない魔法を仕掛けて気付くまで同じところを読ませたり、

 魔女の茶会に実験で造った植物を持ち込んで場を台無しにしたり——まあ、少しだけ手の込んだ悪戯をしてきましたの。


 そうして付いたあだ名が「厄介者のリンドグレン」


 あとは、敵対している隣国の魔術師たちの書籍や情報、宝石や薬、果ては毒なんかを、ちょっとした縁で密輸入して——。


 まあ、そんな些細な悪戯をしておりましたら?


 王侯貴族の前では、絶対に口外できないような情報まで、手に入ってしまったのも否定しませんけれど?


 それでスパイ容疑をかけられて指名手配されたわけですわ。



 まったく、なんて理不尽なことでしょう!


 ほんの少し、知識と興味があっただけで、まるで国家の転覆を企む危険人物のように扱われるなんて!


 わたくし、そんなつまらな…いえ、そこまで大それた事などまだしておりませんのに!




 そのような事情の中、頼る家もなく、カラスに身をやつし、廃屋を渡り歩きながら闇夜の帳をまとい、震えて姿を潜めていたというのに……国家の飼い犬である特殊警察に見付かってしまったのですわ……!


 ああ、なんという不運でしょう……。

 彼らは、まるでわたくしが王家の宝物でも盗んだかのような勢いで、執拗に追ってきますわ!


 捕まれば、良くて特殊部隊に入れられ飼い犬としてこき使われ、悪ければ陰の内に消されてしまう身の上になってしまいます……。


 さて、どうしたものか…と考えたわけですが、わたくし、ひらめきましたわ!



 無実のスパイの容疑をかけられ、弁明し、頭を下げ、許しを請うた上で“国家の犬”にされるだなんて…


 なぜわたくしが、そんな屈辱を甘んじて受けねばなりませんの?


 いっそのこと、本当にする、なんていかがでしょう?


 スパイと疑われるのなら、それを事実にしてしまえば、もはや疑いではありませんものね?

 そうですわ!わたくし決めましたわ!


 本物のスパイになってやりますわ!


 わたくしの能力と情報を、敵対国に流して差し上げますの!


 ふふっ、なんて冴えているのでしょう!


 丁度、ギルデン王国は隣国ローゼンクランツと敵対して、一触即発。


 いつ開戦されるのかと、お互いに睨みを利かせて怯えているのですから。


 わたくしにスパイ疑惑をかけて、情報と戦力を得ようなどと考えて追う口実にしたのなら——ええ、望み通りにして差し上げますわ!



 ということで、わたくしが目指す場所。

 それはもちろん——

 

 我が不愉快な祖国ギルデンと敵対する、隣国ローゼンクランツですわ!


 けれども、単に祖国の敵だからという、浅はかな理由ではございませんのよ。


 あの国には、わたくしが尊敬し、憧れてやまないお方がいらっしゃいますの。


 ローゼンクランツ国王の叔父にして、

 この世で最も魔術に秀でる“魔王”——クラウス・ローゼンクランツ様ですわ!


 ああ、あの偉大なお方に、このような形でお目通り願えるだなんて…

 なんて素晴らしいことでしょう!胸が高鳴ってしまいますわ!


 ええ、もちろん、スパイ容疑で追われるのは心底不愉快ですけれど…


 クラウス様にお会いできるのなら、むしろ感謝すらして差し上げますわ!



 さて、あの有名で偉大な“魔王”クラウス様がいらっしゃるのは、


 ローゼンクランツ領にありながら、地図から消された島——キャリバン島。

 別名「怪物の島」

 

 魔族と魔物たちのみが住むとされるこの島に、彼は幽閉されていると聞きますわ。


 そんな島をいかにして探し出すか……などという悠長なことは致しませんわ。


 赤い革装丁に銀と黒の字で綴られた、タイトルの無い魔術書。


 作者も分からないけれど、“魔王”の偉業を讃えるこの書には、地図に一定の魔力を含ませると、「キャリバン島」と書かれた島が浮かび上がる仕掛けが施されておりますの。


 まるで、これを書いた誰かが「この島に来い」と言っているかのように……。



 とにかく、この地図に示された場所へ向かうには、ギルデン王国の果て、ローゼンクランツとの国境に接した海に出るしかありません。


 国境付近は兵士も多く、わたくしはカラスの姿に変身し、森の闇に隠れながら、潮の香りが漂う方角を目指して飛び続けていたのですけれども——。


 もうすぐ海に出るところで、特殊警察どもが嗅ぎつけて、足音が森の奥まで追ってきていますわ。


 まるで牛にまとわりつく虻のよう。


 ああもう、本当にしつこいですわね!



 夜の森の中——このあたりにはいくつか廃墟があるのですけれど。


 運良く、運悪く、そのひとつに、魔術集会の緑の明かりが灯っておりましたわ。


 魔術師たちの集会が開かれていたのは、森の奥深くにひっそりと佇む崩れた土壁の古びた廃墟。


 かつてはごく普通の村外れの家が、魔術師たちにとっては、昔なじみの隠れ家になっていたのでしょう。


 ……仕方ありませんわね。

 酷い裏切り行為なのは承知の上ですけれど、まともな魔術師と魔女なら逃げおおせるでしょう。


 腹をくくり、魔術集会の明かりへと飛んで入れば、案の定、

 いくつかの悲鳴が上がり「厄介者のリンドグレンだ!」と誰かの叫びが黒い翼をかすめていく。


「あら、ごきげんよう」とでも返してあげたいところですけれど、そんな暇などありませんわ。


 その直後、追っ手の怒号が響き渡る。


「特殊警官だ!散れ!」


 魔術師と魔女たちはそこにあった松明をすべてかき消し、辺りは瞬く間に闇へと包まれ、各々が獣の姿に変じて、四方八方に散っていく気配がする。


 そのどさくさの紛れ、わたくしは素早く低空飛行で飛び回り、

 軌道をギザギザと縫うように変えながら、樹々の合間をすり抜けて、執拗な追っ手どもを撒いてやりましたわ!



 ここまでくれば、もう、こっちのものですわ——。


 森を抜けた先、冷たい夜の海の空気が羽にまとわりつき、風を切る音だけが後を追っている。

 誰も捕まらないことを願いながら、まっすぐに、ただまっすぐに。


 あの島に辿り着けば……わたくしの、勝ちですもの——。


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