閑話〈4〉 誤解から始まる英雄譚
謎の開錠――いや
もはや奇跡としか言いようのない出来事によって
戦士ルド、魔法使いマリー、支援術師リリィの三人は、ようやく地獄の「開かずの間」から解放された
ギィ……と軋む音を立てて開いた扉の向こうは、宿の廊下
それだけで、三人は泣きそうになった
ふらつく足取りで階段を降りる
「……み、水……」
「飯……あと、風呂……臭い……」
「………………」
丸二日の監禁生活
飲み水だけはマリーの水魔法でどうにか凌いだが、食料は皆無
トイレは――限界だった…正確には、リリィはとっくに限界を超えていた
汗と涙、そして絶望に塗れた三人の姿は、満身創痍そのもの
「……と、とりあえず、何か食べよう……」
ルドが震える声で提案する
だが、マリーは死んだ魚のような目で天井を見つめたまま、淡々と答えた
「……お金、ありませんよ」
「……え?」
ルドが間の抜けた声を出す
「忘れましたか? 手持ちの資金
全部……『手切れ金』としてヒイロに渡したじゃないですか」
その瞬間、ルドの顔から血の気が引いた
――そうだ
カッコつけて、麻袋ごと渡した
金貨も、保存食も、生活費も、全部
「……ギ、ギルドだ」
「はい……?」
「ギルドへ行くぞ。第60階層の素材が残ってる……あれを換金すれば……!」
それが、三人に残された最後の希望だった
冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた瞬間
ガヤガヤと賑わっていたロビーが――
水を打ったように、静まり返った
突き刺さる視線
嫌悪、敵意、そして……恐怖
空気が、一気に冷える
〈な、なんだ……?〉
ルドが困惑していると、どこからか吐き捨てるような声が飛んできた
「……よく顔を出せたな
裏切り者の腰巾着どもが」
その一言で、周囲の冒険者たちが一斉に一歩踏み出す
剣に手がかかる、魔力が揺らぐ…
一触即発――その時だった
「お、おい待て!」
誰かが声を上げた
「……彼らの姿を、よく見ろ!」
全員の視線が、三人の〝惨状〟に集まった
『盾はボコボコに凹み、縁は歪みきっている』
〈ルドが二日間ドアを殴り続けた跡〉
『マリーは魔力欠乏で顔面蒼白、手足は痙攣している』〈水魔法の出し過ぎ〉
『リリィは目を腫らし、服は汚れ、虚空を見つめてブツブツと何かを呟いている』〈精神崩壊中〉
「……なんて酷い怪我だ」
「まるで、死線を潜り抜けてきたみたいじゃないか……」
「ま、まさか……お前たち……」
ざわり、と空気が変わる
「戦ったのか……!? あの『裏切り者と!!」
その瞬間、場の温度が一気に反転した
「そ、そうか……!」
「勇者が魔王についたと知って、止めに行ったんだな!?」
「仲間だったからこそ、許せなかったんだ……!」
「すまねぇ!
俺たち、てっきりお前らもグルかと……!」
称賛の声と握手
背中を叩かれる音
〈……は?〉
〈裏切り者? 魔王?〉
三人は呆然と顔を見合わせた
彼らはただ、閉じ込められていただけだ
ヒイロが何をしているのかも、どこにいるのかも、何一つ知らない
「ち、違う! 何の話か知らんが――」
ルドが必死に声を張り上げる
「俺たちはただ、部屋に閉じ込められて――」
「分かってる! 無理するな!」
「辛かったろう……あいつは最強の勇者だ
生きて戻れただけで奇跡だ!」
「誇りに思え! お前たちは王国の英雄だ!」
誰も、話を聞かない
三人の言葉は、熱狂的な「分かってるコール」にかき消された
ボロボロの姿が、疲弊しきった表情が、何より雄弁な〝証拠〟として機能してしまっていた
「……三人とも、死闘でお疲れでしょう」
人垣の奥から、理知的な声が響く
「まずは、体を癒すべきです」
「確かに」
「そうだよな」
人々が道を開ける
拍手と称賛に押し流されるようにして、
三人は受付カウンターの前へと立たされた
――こうして
何もしていない三人は〝勇者を止めようとして返り討ちに遭った英雄〟として迎えられた
誤解は、誰にも正されぬまま、あまりにも自然に、王国の「事実」として受け入れられていく
そして彼らは、この場所で初めて知ることになる
勇者ヒイロに、何が起きたのか
そして――自分たちの選択が、どれほど大きな歯車を回してしまったのかを…
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