第8話 勇者なのに魔族の事情に感化される①

パチパチと、薪が爆ぜる音が夜の森に響いていた


師匠直伝の『ミスリル製フライパン』で作った

野菜スープを飲み干し、一息ついたところで

俺はディアナに向き直る


「……なぁ、ディアナ…少し話をしないか」


「話? 改まって、なんだ」


「これから旅をする仲間としてさ

お互いの事情を、少しは知っておくべきだと思ってな」


俺の言葉に、ディアナは一瞬だけ目を見開いたが、やがて小さく頷いた


「よかろう

貴様の料理に免じて、聞く耳を持ってやる」


俺は焚き火を見つめたまま、語り始めた


第六十階層の攻略、その翌日

宿屋の個室で起きた、あの追放劇のことだ


「……あの時の空気はな

まるで墓場だった」


焚き火の火が、静かに揺れる


「リーダーのルドは、震える声を必死に抑えて、

俺に『追放』を告げた」


「震える声? 怒りか?」


「いや……悲しみだ」


俺は、はっきりと言った


「幼馴染である俺を切ることに、

あいつは泣き出しそうなほど、心を痛めていた」


ディアナが黙る


俺は続けた


「理由は明確だった

魔法使いのマリーに、こう言われたんだ」


喉が、少し詰まる


「『正直に言うと……邪魔だからです!』ってな」


「……あァ? 邪魔?」


怪訝な声

だが、俺は頷いた


「彼女は『放てない』と言った」


焚き火に、小枝を放り込む


「つまり……

俺が前衛でうろちょろしているせいで、

俺ごと巻き込むのを恐れて、極大魔法を撃てなかったんだ」


「俺が……

彼女の射線から瞬時に離脱することすらできない、

鈍足だったからな」


「は? 鈍足? 貴様が?」


「ああ」


俺は、事実を積み重ねるように言葉を選んだ


「戦闘時間は一秒未満だった

俺は0.5秒の世界で動いていたが、それでも足りなかった」


「マリーの詠唱完了までに、

射線を開けることができなかったんだ」


「だから彼女は、

ずっとポーズを決めたまま、魔法を撃てずにいた」


ディアナが、

明らかに何か言いたげな顔をしている


だが、俺は止まらない


「それに、支援術師のリリィにも言われた」


俺は、はっきりと再現した


「『はっきり言って

……ヒイロってば、使えないんだよ!』」


「つ、使えない……だと……?」


「当然だ」


俺は、拳を膝の上で握りしめる


「俺は戦闘ばかりで野営は見張り役

仲間との会話もなく連携すら取れなかった」


「つまり俺は、チームプレイを無視して

独りよがりに動き回る、制御不能な欠陥品だったんだ」


焚き火の音だけが、森に残る


「最後に、ルドは言ったよ」


声が、少しだけ掠れた


「『全員一致の意見だ

お前がいると、我々の連携が崩れる』

……ってな」


ずっしりと重い麻袋の感触が、

今も手に残っている


「金貨も、高い保存食も入っていた」


俺は、ゆっくりと息を吐いた


「あれは、『二度と戻ってくるな』という手切れ金であり……

同時に、実力不足で捨てられた俺に対する、

彼らなりの精一杯の優しさだったんだ」


語り終え、俺は自嘲気味に笑った


「……だからな

俺は勇者失格なんだ」


その瞬間


「――はぁ!?」


ディアナが、地面を叩いて立ち上がった


「貴様、本気で言っておるのか!?」


怒気が、焚き火を揺らす


「貴様ほどの強者を『実力不足』だと!?

あの剣聖と互角に打ち合い、

我の『虚空崩壊』を無傷で凌ぐ貴様が、

足手まといなわけがあるか!!」


「0.5秒で遅い?

魔法使いが撃てない?」


ディアナは、吐き捨てるように言った。


「そんなもの、

貴様が速すぎて魔法使いの出番を奪っていただけではないか!!」


「いや、あいつらは凄いぞ?」


俺は、自然に返していた


「ルドの剣技は華麗だし、

マリーの魔法は派手で強力だ」


「俺なんて……

ただ頑丈なだけの木偶でくの坊さ」


「……ぐぬぬ……!」


ディアナは歯を噛みしめる


俺を慰めようとして、

本気で怒ってくれているのが分かった


「……ふん!貴様の目は節穴か、

あるいは謙虚さが過ぎて病気レベルだな」


呆れたように息を吐き、

彼女は膝を抱えて焚き火を見つめた


「だが、分かったぞ」


低い声で、言う


「貴様のその『異常な自己評価の低さ』が、

人間どもに利用されたんだろうことだけはな」


炎が、赤紫の瞳に映る


「……よい、次は我の番だ」


声のトーンが、静かに沈んだ


「人間よ、知っておるか?

魔王というのは、世襲制ではない」


「代々、その時代で最も強き者が、

先代の死後に『魔王』の名と、

知識、そして記憶を受け継ぐのだ」


「だが……」


一拍、置く


「我の前任――

第二十四代魔王ガイアは、

我の実の父でもあった」


ディアナは、目を伏せた


「父は偉大だった

無益な争いを嫌い、人類との共存を模索していた」


「だが……父は殺された」


「卑劣な人間の謀略によってな」


「……謀略?」


「人類側から『平和協定』を結びたいと申し出があった」


淡々と、だが確実に


「父はそれを信じ、護衛も最小限で会談へ向かった……だが、そこは処刑場だった」


「協定というのは名目

待ち受けていたのは、毒と、

闇討ち部隊による暗殺だったのだ」


俺は、息を呑んだ


「父の死と共に、

我の中に父の記憶と知識が流れ込んできた」


ディアナの拳が、震える


「そこで我は見た……

父が遺した『絶望的な資料』を」


焚き火の音が、やけに大きく聞こえる


「人間どもは、『勇者の威光』を傘に着て、

罪なき魔族を拉致し、

奴隷として売り飛ばし、虐げていた」


「『勇者が許しているから正義だ』――とな」


「……な……っ」


声が、出なかった。


「父は、それを止めようとしていた

だから消されたのだ」


ディアナは、まっすぐ俺を見る


「……ヒイロよ

貴様は個としては善人かもしれぬ」


そして、静かに断じた


「だが、貴様が属する『人間』という組織は……

腐りきっておるぞ」


一筋の涙が、

彼女の頬を伝って焚き火に落ちた


俺は、何も言えなかった


ただ、強く拳を握りしめることしかできなかった

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