酒と男
月末了瑞
第1話
「
母が強盗に殺され、事情聴取を受け終わった後、とある小太りな刑事さんがそう尋ねてきました。
きっと、この刑事さんは父が生きていると思い込んでいるのでしょう。
そして、母が亡くなっても父がいる。そう優しく背中をさすろうと考えたのだと思います。
人というものはなんともワガママな生き物で、自分の先入観や固定概念が当たり前だと思い込む節があるのです。
私の目の前にいる刑事さんもその例に漏れず、純粋で真っ直ぐな瞳で私を見据えておりました。
その瞳の鮮度から、まだ刑事になりたてで右も左も分からぬ新米というのでしょう。
私はそんな刑事さんを突き放すこともできました。しかし、あまりにも透き通った瞳で見つめて来られ、その目がどこか
何となく、父がどんな人物だったのか、拙い言葉ながらお伝えさせて頂きました。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
父は私が生まれた時から、既にお酒を飲むのが好きでしてね。
何度母に辞めてくれと言われても、なかなか飲むことを辞めない頑固な人でした。
ああ、お酒を飲むと暴力的になったり、泣き崩れたり、所謂アルコール性精神病ということではありませんでしたよ?
お酒を飲むと、陽気だった性格がもっと陽気になって――ほんと、何度その後処理をさせられたことか。
私はそんな父の姿を思い出し、クスリと微笑んでいると、警官はどうして笑っているのかと不思議そうな表情で首を傾げ、目を瞬かせていました。
そんな警官に私は「なんでもありませんよ」そう一言、父の話を続けました。
お酒を飲むのが大好きだった父。
ですが……。きっとお酒のせいでしょうね。
肝臓の数値が異常に高くなってしまいまして。それを知った母が、必死にお酒を飲むのを止めさせたんです。
その甲斐あってか、父はお酒を飲まなくなりました。
ですが、なんの悪戯か……いいえ、悪魔の戯言に耳を傾けた父の弱さが原因だったのでしょう。
私が中学生になった頃、父の友人が遊びに来たのです。
友人は皆、おが酒好きでしてね。父がお酒を止めたことを伝えると、その理由を問いただしたのです。
最初は「何となく」などとあやふやに答えていた父でしたが、その強引さに抗えないと気づいてしまったのでしょう。
最終的には母に止められたことを口にしてしまいました。
すると父の友人らは皆、口をそろえてこう言うのです。
「そんなの可哀想だ!」
「酒を飲んで陽気になるくらい許してやれば良いじゃないか!」
「肝臓の数値が少し上がったくらいで人は簡単に死なない」
そんな命を軽んじたり、無責任な言葉をぶつけ、自分たちといる時くらいならいいだろ! と母の反対を押し切り、友人らは父にお酒を飲ませました。
友人らは他人ごとなので酒を飲んで陽気になるくらい。などと軽んじていましたが、そりゃ飲みすぎて動けずお漏らしをしたり、嘔吐物を処理していたのは私と母なのですから、そんな苦労を知らない人らは楽観的になれますでしょう。
そんな友人らに感化されてしまったのか……それからです。父が再びお酒を飲み始めるようになったのは……。
相変わらず父はお酒を飲むと顔を茹で蛸のように赤々と染め、陽気な振る舞いをし続けました。
ですが――残念なことに、父はお酒によって死にました。
いいえ、殺したのは父の友人たちかもしれませんね。
お酒を再度飲むようになってから半年経ったある日、放火なのか、自然発火なのか――家が燃えてしまったのです。
その時、私も母も出掛けていたので難を逃れたのですが……。父は家でお酒を飲んでいたのでしょう。そのせいで逃げ遅れ――そして焼け死にました。
私が最後に見た父の姿は、苦しそうに喉元を抑え、真っ黒になって誰かも分からなくなった焼死体。
家が荒らされた形跡も、近くの電柱に取り付けられた防犯カメラの映像からも、怪しい人影など映っていなかったので、直ぐに死亡証明書がだされ、父は書類上の死を迎えました。
それからは葬儀屋に連絡を入れたり、お坊さんを手配したり……葬式の案内をメールや手紙を送ったりと、慌ただしい時間を過ごすことになりました。
えっ、メールで訃報を送るのはマナー違反なのではないのか、ですか? そんなことはありませんよ。今はメールが主流になりつつありますね。
ですが年配の方々は、習慣を重んじたり携帯やスマートフォンの操作に不慣れですので、そういった方々には案内のお手紙を送らせて頂きました。
そして迎えた父との
その時の言葉はなんだったと思いますか?
「陽気で優しくて、いつも酒ばかり飲んでいたが、憎めない奴だった」
そんな無責任な台詞です。
私はその言葉を聞き、腸が煮えくり返る思いに駆られてしまいました。
だってそうですよね? その友人らが酒など飲ませなければ……父が強い意志でキッパリと断酒できていれば、このような別れを回避できたかもしれませんから。
未だに、父がどうして死ななければいけなかったのか。どうして酒を止められなかったのか……意思が弱かったせいもあるでしょうが、なぜ? どうして? そんな言葉が付きまとうのです。
そして、それと同時に、私はそんな彼らを呪いました。
『お前たちのせいで、父は死んだ。だからお前たちも苦しみながら死んでいけ』
と……。
ですが、そんな呪いになんの意味もなかったのです。
父の友人らは未だに楽しい人生を謳歌していますよ。それはもう――苦痛とはかけ離れたくらい幸せで陽気に……。
私はその言葉を最後に、父の話を語るのを止めました。
だって、これ以上父の話をすれば涙が溢れて止まなくなりそうだと思ったからです。
父の話など知人にすらしたことがありませんでした。友人らも父が死んでいることを知っていたので、その傷を深く抉るようなことはせず、触れないようにしてくださっていました。
ですが、父の話をしたことで、少しだけ私の中で整理ができた気がします。
刑事さんはどこか悲しげな表情で俯くと、小さな声でポツリ。
「申し訳ございませんでした……」
私に一礼した後、逃げるように早足でどこかへ行ってしまわれました。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
そんな刑事さんとのやり取りをした後日――
何度か他の刑事さんが、事情聴取や現場検証に協力して欲しいと言われ、署に向かったのですが、あれ以来、あの小太りな刑事さんに会うことはありませんでした。
ですが、それでいいと私は思います。父の話を聞いて、あの刑事さんがお酒の恐ろしさを分かってくれたならば、私はそれ以上望む必要もないのですから。
そしてあの刑事さんが、誰かの話を聞ける大人になった頃には、きっと父の死も少しだけ報われているような気がします。
ああ、最後に。あなたもお酒の飲み過ぎには、くれぐれも注意してくださいね?
酒と男 月末了瑞 @tukizue_r
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