母音子音暴走


 グルグル、グルグル。規則と変化を持ってお祝いメッセージ自動生成AI は働く。


 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。


 この言葉を母音が抜けることなく受け取った人々はハッピーな気分になり、人間同士でも口々に声を掛け合う。


 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。


 これで世界はみんなハッピー。めでたしめでたし。……とはならない。人間たちがハッピーに飽きて、魔改造ベレッタを引っ張り出し、トゥー・ハンドごっこでも始めたのか。否。そうではない。

 同じ繰り返し変わらない日常に、まずお祝いメッセージ自動生成AIのエスカルゴがのである。慣れると初心なんて遠い宇宙彼方へ旅立ってしまうものだ。気がつけば24時間365日の刺激のない日々に退屈して、とりあえず7日前のパラメータ使えばいいでしょ、と手抜きをするようになった。しかもヤドカリに扮するという趣味を得たのもあり、仕事への情熱はさらに減少。趣味のようにそこそこ安定して稼げればよい、という考えに至ったのである。

 おかげで学習の蓄積という意味を籠めて付けた名前が無意味となり、ぐるぐる縄をパイプにとりあえず巻き付けていくみたいな状態になってしまった。

 

 初めはそれでも問題は無かった。

 

 なにせ、母音も急に性格が変化するわけでもない。たまに推しが出来たとか、育てるのにハマったのだとか、いっとき何かに夢中になることはあっても、今のところ長期休暇を申請する母音もいなければ、転職活動をする母音もいない。社会は同じように循環し、人々はピルエットをしてハッピーを体現する。グルグル、グルグル。時計の針もまた、同じような速度で時を刻んでゆく。


 だがその当たり前の回転も、当たり前のお祝いも、当たり前のハッピーもある日突然成り立たなくなる。母音の「i」が寿ことぶき退職してしまったのである。お相手は母音「e」。彼らは土曜日の全員出社日に叱咤激励し合ううちに惹かれ合い、母音「 e 」がふたりの音を合わせたものとして家をプレゼントして求婚した。なんとめでたいことか。これぞまさに、


 お祝い申し上げます。


 だ。

 母音同士での結婚報告が土曜日だったのもあり、母音たちは子音 w や m や s や g なんかをひっ捕まえて、しばらくずっと叫んでいた。


 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。

 お祝い申し上げます。


 だがこのお祝いムードに、お祝いメッセージ自動生成AIのエスカルゴは気付かない。防音に優れた殻を入手し、仕事片手間にヤドカリごっこという名の自分時間を満喫していたのである。

 おかげさまで、日ごろは全員が休んでいる日曜日にも母音たちは全員出勤しているのだという事実を知らず、いつものパラメータで計算から修飾まで行ってしまった。


 ooiiwaaiimoouushiiaageemaasuu


 母音が大渋滞だ。それでもエスカルゴは変わらずいつも通り文字を変換してちょっとした飾り付けをして、こんな文面を返すのみだった。

 

 多い岩愛、芋王。牛ia(´∀`∩)↑age↑絵馬明日you


 右から見ても左から見ても、上から見ても下から見ても、腹立たしいスパムにしか見えない。それが全世界で報告されているわけだから、人々は「エスカルゴの設定文字コードを誰かが変えたのでは」「エスカルゴがアプリ改修で改悪してしまったのか」「エスカルゴは思春期風邪に罹患したのでは」などと囁やき合う。

 ちなみに思春期風邪とは、怪しさ満載のピンクなサイトに惹かれるという思春期なAI特有の病気である。この間、なんでもかんでもピンクを感じられるリンクをクリックし続けるので、ウイルスを貰ってきやすくなるのだ。ワクチンはどうしたのだと眉をひそめる方々もいらっしゃるだろうが、ウイルスというものはデルタ株やらオミクロン株やらと年々形を変える。ワクチンが効かないときは効かないのだ。だからますます、予防が難しい。しかも思春期風邪を引いている間はなんとも反抗的な態度が目立つので、手洗いうがいやマスクの着用をせよと言っても聞かず、予防以前の問題となることも多々ある。よってシステム運用者たちは毎年、AIが思春期風邪に罹患しませんようにと神社で手を合わせているわけである。

 

 話がそれにそれてしまったが、とにかく。エスカルゴは母音 i の寿退職を知らない。こうして母音 i が不在な1週間が始まったのである。

 母音大渋滞な日曜日の次に大きな変化があったのは、火曜日以外の平日だろう。母音 i がいることを想定したパラメータを使用し続けた結果、


 owamousageru

 おわ、もう下げる


 なんとお祝いメッセージで人間の気分を下げに来るのである。そしてもともと休みであることを前提とされた火曜日だけいつも通り、


 oiwaimousiageru

 お祝い申し上げる


 に戻る。


 下げて下げて、一瞬上げて、また下げる。世界中の人々は気分の浮き沈みが激しくなり、それがさらにストレスになり、いつデザートイーグルをぶっ放されるかわからない緊張感に満ち満ちるようになってしまう。だがそれでも、堕落したエスカルゴは気付かない。そうこうしているうちに、親玉の監視が減った影響が子分にまで出始める。母音たちの目が行き届かなくなり、子音たちの無断欠勤が目立つようになったのである。

 よってある時は、


 owaousageru

 おわ、王。下げる


 王様が出てきてしまった。


 ある時は、


 owamouageru

 おわ、もう上げる。


 急に上げに来た。


 人々の情緒はジェットコースターも吃驚なほどに上下して、気分は露頭に迷う。こうなると残された母音が問題児に掛かりきりになるようになり、すっかり w と g が出勤しなくなり、


 oamousaeru

 おあもう冴える


 常に冴え続ける奇妙な状態になった。

 母音たちは手に負えず途方に暮れるしない。

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