第2話 サフラン香房の日々あれこれ


 東の空が白み始める頃。

 夜半に降った小雨の水たまりの残る石畳を、小鳥の声が滑っていく。


 サフラン香房の朝は早い。

 木製の看板が、朝日の光を受けてほんのり揺れる。


「ふわぁ……眠いね、お姉ちゃん」

「ふはわぁぁ…………そうね。 うっかり昨夜、盛り上がっちゃったからね……」


 むむぅ……かと言って、朝のお仕事をサボるワケにも行かない。

 掃除に在庫チェック、ハーブや薬草の手入れをしたり、朝は忙しいのだ。

 ……相変わらずお母さんはやる気ないし、あたし達が頑張るのだ!


「ま、動けば目が覚めるわよ。 シャリエナ、在庫チェックお願い」

「あいあい、ん~~~っと……お姉ちゃん、これ「トロールも眠る黄金茶」もう切れるよ」

「あ~「トロ眠ティー」ね。 たしか材料のノクセラ草がそろそろ心許ないのよね……」


 在庫はある程度頭に入ってる。

 今日だけなら持つはず。


「今日はいいわ。 売り切ったら品切れ入荷待ち票を出しておいて」

「あいあい」


 明日にでも契約農家のリゼラちゃんの所に仕入れに行かないとね。

 最近はシャリエナもすっかり戦力になって、接客に、在庫管理にと、色々やってくれるからとても助かる。


「お姉ちゃんが名前変えようって言ってからよく売れるねコレ。 味も何も変わらないのに」

「単なる「カモミールのブレンド茶」じゃねぇ……こういうのはインパクトがある方がウケるの」


 元々、このサフラン香房は商店街の外れでひっそりとお茶やハーブ、薬草、錬金素材を扱ってるお店だった。

 あまりやる気も体力も無いお母さんが、細々とやっていくには十分だった。

 しかし、あたしがお店を手伝うようになって、じわじわとテコ入れを始めてみた。


 最近ではお茶請けの焼き菓子の販売も導入してみたが、売り上げはなかなかだ。


「シャリエナ~、ミントに水やっといて~。 あたしはオーブンのクッキーを見てくる」

「あいさー。 ……あ~あ、お腹減ったなあ」

「店先の掃き掃除が終わったらご飯にしよう。 今日はシャリエナの好きなシナモンロールを焼いたよ」

「やたっ! お姉ちゃんのシナモンロールは甘くて大好き!」


 あたしの焼くパンは基本的にどれも糖分多めの甘味大礼賛仕様だ。

 甘くなければパンじゃない。 そうでしょ?


 奥から香ばしくも甘いスパイスと穀物の香りが差し込んでくる。

 どうやら今日も上手く焼けたみたいだね。



―――――――



「はい、今日ラスイチのおすすめブレンドセットです。 ありがとうございました」

「ましたー」


 カランカランっ……という入り口のドアベルの音を残し、午前最後のお客さんが捌けた。


「ふぃー……今日はお客さん多かったね、お姉ちゃん」

「そうね。 おすすめブレンドのローテのラス日だからかしらね」

「……ローテ? ……ラス日?」

「わかんなかったらいいの。 どうする? 疲れたなら奥でちょっと休む?」

「ううん、いい。 代わりにお姉ちゃんがお茶入れて」

「りょーかい」


 今日はどうしようかな……うん、オレンジ系にしよう。


……………


「はー、やっぱりお姉ちゃんの入れるお茶はうまし。 イチゴのやつも好きだけどオレンジもいいねー」

「イチゴも美味しいわよね。 時期的に今のトレンドからは外れてるけど」

「……トレンド?って何? お姉ちゃん、相変わらず変な言葉知ってるね」

「トレンドってのは今の流行りの事。 ……変なってのは余計よ」


 前世の知識で得た言葉……とは言えない。

 ……いや、シャリエナになら言えるけども。

 ……説明がめっちゃめんどいというか。

 前世は経営戦略に絡んだ仕事をしてたから、その手の言葉は割と知ってる。


――カランカランッ


「あ、いらっしゃいませ」

「ませー」


 入ってきたのは、歳は今のあたしくらいの若いカップルのお客様。

 二人とも地味めの明るい茶色の髪と、素朴な顔立ち。


 この辺では見かけない顔だけど、初々しいステキなカップルだ。


「ふふ、微笑ましい」

「そだねー」


 ……と思ったら、互いに手を組んでお互いを見つめ合い、二人の世界を作り始めた。

 感情色は……


――そのまんま! 桃色ドピンクじゃないのさ!


「くっ、小憎らしい……!!」

「えっ!? この数秒で何があったのお姉ちゃん!?」


 どうせあたしは前世から一度も恋人がいたことも無い、

 独り身の……ぽっちゃり女ですよーだ。

 そう、あたしのぽっちゃり体型は前世から続く呪いなのだ。


 もう呪いって言っていいでしょ。

 転生してから痩せようとしたことはあった。

 でもどう頑張っても無理だった。


 運動しても三日坊主。

 サラダだけ生活も続かず三日坊主。

 甘いものだけは三日じゃ飽きない。


 痩せようとするたび、何か阻害されてるんじゃないかってくらい、気力が削がれるのだ。

 これはもはや呪いなんだもう。 うわーん!


「うぅ、いいなぁ……恋ってどんな感じなんだろう? あたしも恋愛したい……」

「すればいいじゃん」

「出来たら苦労しないわよ! 何さ! 自分が痩せてるからって!」

「あぁ、また始まった……」

「何よ! あたしだって好きでぽっちゃりでいるんじゃないわよ! 運動してもダメだし! 自分で作るご飯は美味しいし!」


 そう、転生してから、よりご飯が美味しくなった。

 前世はストレスの果ての果てだったから……


「確かにお姉ちゃんの作るご飯は美味しい」

「じゃあなんでシャリエナは痩せてるのよ! 理不尽よ! 理不尽だわ!」

「うわめんどくさぁ…………よしよし、お姉ちゃんは可愛いよ」


 そう言って頭を撫でてくれるシャリエナ。

 うぅ、癒される……

 ……どっちが姉?とかは言わないで。


「大丈夫だよ。 そのままのお姉ちゃんを愛してくれる人もきっと現れるよ」

「……ほんとに? その人は40代後半くらいの?」

「そうそう」

「背が高くてシュッとしてて? 渋くて?」

「そうそう。 寡黙で仕事も出来て」

「女嫌いだけどあたしだけを愛してくれる?」

「そうそう。 もう何回聞かされたかわかんないけど……」

「そっか、そうだよね! ちょっと元気出たよ! ありがとシャリエナ! 大好きだよ!」

「(ほっ)そう、よかった。 わたしも大好きだよお姉ちゃん」


 シャリエナに慰められて元気が出る。

 このやりとりも、もう何度目か分かんないけど……

 あたしは、知っててわざとやってる部分があるけれども、

 付き合ってくれるシャリエナには感謝だよ。 ホントに。


 ま、本当にそんな理想のオジさまが現れた所で……

 あたしが選ばれるなんて絶対思わないケドね……うぅ、嘆くな、あたし!


「お姉ちゃん、仕事ではカッチョイイ所いっぱいあるのに……」

「仕事は仕事じゃん。 お仕事しなきゃ明日の食べ物もありつけないのよ?」


 なんてグダグダとシャリエナとおしゃべりをしていても、

 まだカップルさん達は二人の世界でイチャイチャしていた。

 ……はぁ、もういいよ。 好きなだけやって。


――カランカランっ


「いらっしゃいませー」

「ませー」


 続いてやってきたのは、優しそうな年配のおばあちゃま。

 お召し物がお上品。

 でも貴族じゃないね。

 ヤツらはもっとゴテっとしてる。


 ……ん?

 ついクセで読んだおばあちゃまの感情色に、軽い違和感を持った。


――うす~い黒、そして好奇の山吹色も混じってる。


 好奇の色はいいとして、うすい黒は……疲れとか落ち込み?

 なんとなく気になって、あたしは先んじて声を掛ける事にする。


「何かお探しですか~? ……おっとっと!」

「あぁ! どうもすまないねぇ……」


 どうやらおばあちゃまは足が良くなさそう。

 少しつまづいてよろけた所を、すんでのところで支えてあげられた。


 気を張っててよかった。

 ふー、あぶないあぶない。


「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よぅ。 えぇと、よく眠れるお茶があると聞いてねぇ。 どれかしら?」

「あ、多分「トロールも眠る黄金茶」ですね。 持ってくるので、カウンターで座ってお待ちくださいな」


 足の悪そうなおばあちゃまに、店内を歩かすのもあんまり良くない。

 まず、残り少ないトロ眠ティーを。

 それから……



……………



「はい、おばあちゃま。 お待たせしました」

「あ、お姉ちゃん」

「あぁ、すまないねぇ」


 シャリエナに相手してもらっていたが、特に問題は無かったみたい。


「トロ眠ティーと……あと、勝手でごめんなさいですけど、この「癒しの妖精茶」。 コレもおばあちゃまに買っていて欲しいな?」

「あら、何かしら?」

「コレね、疲れが取れるお茶なの。 トロ眠ティーもイイけど、こっちも飲んでみて?」


 少し押し売りの形になるけど、その方がいいとあたしは判断した。


「治癒ポーションに使われてる薬草もブレンドしてあるから、足の痛みもちょっとだけ楽になるよ、きっと。 ね?」

「あら、ありがたいわぁ。 じゃあ、そちらもいただこうかしら?」

「うん、ありがとう、おばあちゃま」


 こちらの気を察してくれたみたい。

 感情色の温度もあったかくて柔らかいし、優しい人だ。


「あとこれ、紅茶のクッキー。 これはサービスね? 美味しかったら次はいっぱい買ってね?」

「ふふふ、気の利くお嬢さん方ね。 本当にありがとうねぇ」


 入り口まで、手を添えてお見送りする。


「ありがとうございましたー」

「ございましたー」


 馬車乗り場までの道中、ちょっとだけ心配だけど……

 ま、だいじょぶでしょ。


「紅茶のクッキー、タダでつけてあげてよかったの?」

「いいのよ。 あのおばあちゃまは、誰かと一緒に、お茶を飲んでお菓子を食べるはずなの。 その時にウチのクッキー食べてもらえればさ」

「……ウチの宣伝になる?」

「そうそう。 シャリエナも分かってきたじゃない」


 要は遠隔試供品みたいな感じだ。

 ウチのお菓子は美味しいんだから、リピーターは期待できる。


「ところでさっきのカップルのお客さんは?」

「何も買わずに帰ったよ」

「……塩でも撒いてやろうかしら?」

「やめときなよ。 みっともない」


 ま、いいか。

 おばあちゃまの優しい感情色に充てられて、こっちは気分が良いのだ。


 ……そういえば、明日は定例のギルド会合がある。

 次のギルド長への差し入れはさっきの妖精茶でもいいわね。

 ギルド長、最近お疲れの様子だったし。


――カランカランっ


「あ、いらっしゃいませー」

「ませー」


こうして今日も、忙しないサフラン香房の一日は過ぎていく。


さ、明日はギルド会合……

それに、リゼラちゃんの所にも行かないとね。


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