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「……どういうことだ?」
『ちょっと長い話になるかもしれんが、いいかな?』
「かまわんよ」
ブラボーは少し微笑んだようだった。そして(タブレットが)話し始める。
『君らは自分たちが備えている知性がその全てだと思っているだろう? とんだ見当違いだよ。僕らのようなミュータントじゃないクマだって、十分知性的だ。君らだってサーカスで芸を仕込んだりしてるじゃないか。それに、さっき僕は匂いだけで君の素性を見事に見抜いただろう? こんな芸当は人間にはできないが、大抵のクマにとってはなんでもないことなんだ。クマの嗅覚は人間の5000倍、イヌに比べても5倍敏感だからね。もちろんクマだけじゃない。爬虫類だって昆虫だって、いや、植物やバクテリアだって、それなりの感覚や知性を持っているんだ。ただ君らのそれとは完全に異質だから、気づけていないだけだよ』
「……」
医学部で博士号まで取った俺も、当然ながら基本的な生物学は修めている。確かに、人間以外の生物でもインテリジェントな反応を示す事例は多い。だが……人間の知性はそれらとは一線を画す、優れたものだと思っていた。
『そもそも生物ってヤツはね』と、ブラボー。『どんなものであれ本質的に情報処理システムなんだ。それらは全て遺伝子というメディアに記録された遺伝情報のコンテナと言える。そして、どんな生物も外部から栄養を得て活動し、老廃物を排出する。これはまさしく入力―処理―出力という、コンピュータの三大機能そのものじゃないか。そしてそのシステムは食物連鎖という
「……」
こいつ……俺よりもコンピュータに詳しいんじゃないか……?
『食物連鎖の頂点にいる僕らクマも人間も、ほぼその最終成果物と言ってもいいだろう。だが、僕らと君らが決定的に違うのは、僕らが自然の中に暮らしているのに対し、君らはそうじゃない、ってところだ』
「……だから、どうだっていうんだ?」
『君らは自然に存在するネットワークから切り離された、スタンドアローンな存在だってことだよ。だから他の生物の知性に気づかない。確かに、君らの生み出した文化や学問は体系化されてて興味深いが、それは人間の感覚や想像力の範囲でとらえられる部分だけに限られている。だからとてもいびつなものだ。だけどね、自然の中はそれらをはるかに上回る知性であふれている。君はWWWって知っているか?』
「そりゃもちろん。ワールド・ワイド・ウェブだろう?」
呆れたように、ブラボーが首を横に振る。
『違うね。ウッド・ワイド・ウェブさ。森林の土壌の中には、菌類……キノコの菌糸が作ったネットワークが縦横無尽に張り巡らされている。それらに植物の根がつながって、互いに栄養や情報をやり取りしているんだ。人間たちも最近それに気づいたようだがね』
「……」
そういえば、以前何かの本でそんな話を読んだことがある。菌根ネットワーク、って奴だ。
『君らがインターネットを構築するよりも何億年も前に、既に地球上にはそんなネットワークが存在していたんだ。野山は巨大なニューラルネットと言ってもいい。そしてそこに住む僕ら山の生物も、そのネットワークを構成するノードなんだよ。だが人間はそうじゃない。だから平気で自然を傷つけるようなことができるんだ。その結果……もはや取り返しのつかないレベルにまで環境を破壊してしまった』
そこでブラボーは皮肉めいた表情になり、続ける。
『そしてそれはそのまま、君ら人間の首を絞めることになる。おそらく、このまま温暖化が進めば人間は地球で生きていけなくなるだろう。しかも君らだけじゃない。人類が地球上に登場して以来、生物種の絶滅が加速している。君らの中にも、今は地球の歴史上6番目の大量絶滅の時代、なんて言ってる学者がいるようだね。その通りだと僕も思う。これも人間たちが環境をドラスティックに変えてしまった結果だよ。今更 SDGs なんて唱えたところで、もうどうにもならない』
「……」
沈黙するしかなかった。ブラボーの言うことは科学的にあまりにも正しい。そして、多くの人間はその問題からずっと目を背け続けているのだ。
『そしてとうとう、君らが自然からしっぺ返しを食らう時が来たんだ。例えば、近年多発している異常気象もそうだが、数年前にパンデミックを引き起こした、君らが COVID-19 と呼んでいるウィルス……これを某国が作ったバイオ兵器と考えた人間もいるようだが、当たらずも遠からずだね。ただし、作ったのは某国ではなく大自然だが。ま、これはまだジャブに過ぎないよ。君らはバイオスフィア……即ち生物圏全体を敵に回してしまったんだ。その結果、今後君らにより強力な自然の脅威が次々に襲い掛かってくることだろうね。だけど全ては君らの自業自得だよ』
「!」
バイオスフィア……だと?
「もしかして、ブラボーは、バイオスフィアの頭文字……の意味なのか?」
ブラボーは大きくうなずいた。
『そのとおり。これはバイオスフィアから君らに対する宣戦布告だ。そして僕はおそらく、それを君らに伝えるために生まれてきたんだと思う。君らに対する大自然の堪忍袋はとっくに切れてる。もう交渉の余地はない、と考えたほうがいい。だから君らは絶滅への道をたどる可能性が高いだろう。でもね』
そこでブラボーは、なぜか表情を緩める。
『僕個人……いや個クマとしては、君らに感謝する気持ちもあるんだ。君らに殺されたクマはみな僕らのように人間文化を理解できる個体じゃなかった。結果的に僕らのようなミュータントがクマの中で占める割合が増え、進化できたのさ。ダーウィンの言う適者生存の原理だね。それに、君らの生み出した学問によって、僕は自分自身の知識をかなり体系化することができた。こうして僕と君がコミュニケーションできるのも、君らの生み出したガジェットのおかげだしね。だから、君らに感謝の意を示すために、僕は贈り物をしようと思う』
「贈り物、だと?」
『ああ、と言っても、君はすでに受け取っているんだけどね』
「なんのことだ? 何も受け取った覚えはないぞ?」
『ここの村民を殺した、毒薬だよ。それが僕の君らへの贈り物だ』
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