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「!」
そこにいたのは、直立したクマだった。俺と同じくらいの身長の、立派なツキノワグマ。
人間、驚きすぎると何も出来ないものだ。悲鳴を上げることもできず、俺はただ呆然としてそのクマと見つめ合っていた。
やがて。
『心配ない。君を取って食ったりはしないよ。もっとも、君がここから逃げようとするなら別だがね』
どこからか、動画サイトでよく聞くような声が聞こえてくる。
目の前のクマがしゃべった、とでも言うのか。いや、そんなことはありえない。あまりの恐怖に気が狂ったのだろうか。混乱しつつも俺は、クマが左の前足でつかんでいる、黒い板状の物体からその声が発されているのに気づく。どうやらそれは10インチくらいのタブレットらしい。クマはそれを自分の顔の前に持ってきて、右の前足でなにやら画面をなで回す。
『既にここは僕の仲間に囲まれている。君は逃げられない。だけど、君が僕らに危害を加えない、と約束するなら、君の安全は保障するよ。僕はただ、君と少し話がしたいだけなんだ。どうかな?』
タブレットからその音声が流れた直後、クマは目尻を下げ、口角を上げて見せた。信じられないことだが……そいつは間違いなく、「笑った」のだ。
辺りを見回す。確かに、目に付く範囲にも二~三匹ほどのクマが直立し、こちらを睨みつけているのが見て取れた。
「……わかった。約束する」
そう言うことしか、俺には出来なかった。クマは再びタブレットを操作する。
『よかった。それじゃ立ち話もなんだから、落ち着ける場所に行こう。付いてきてくれ』
前足を上げて手招きをすると、クマはのそのそと二足歩行を開始した。
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クマは村はずれの一軒の廃屋の玄関に入り、さも当然、といった様子で
その家が例の事件の発生前から長らく無人であることは知っていた。犯人が潜伏している可能性を考えて、捜査の時に一応ここも調べたのだ。その時には特にこれと言って大したものは見つからなかった。だが、居間に入るともう一台の白いタブレットのようなものやラジオなどいくつかの家具が、ボロボロの畳の上に無造作に置かれていた。本棚もあり、雑誌からハードカバー、新書、文庫本と様々な種類の書籍がぎっしりと詰まっている。
『座ってくれ。何のおもてなしも出来ないがね』
タブレットの声がして、居間の真ん中にあるちゃぶ台の手前にクマが座る。俺もそいつの向かいに腰を下ろした。
『君の素性はだいたい分かる』と、クマ(の操作するタブレット)。『この前の捜査の時にもここに来ていたね。匂いで分かるよ。おおかた警察かその関係者だろう。いや、病院の匂いもするから、君は捜査に協力している医師、ってところかな?』
「……!」
驚いた。ここまで俺の立場を完璧に見抜くとは……
「ああ。その通りだ。俺は大学の法医学教室の教員だよ。医者でもあるが臨床経験はほとんどない」
そう言うと、クマが、我が意を得たり、とばかりにうなずく。
『やっぱりね。なぜ君がここに来たのかはさして重要ではないから聞かないが、君の方には僕に聞きたいことがたくさんあるんじゃないか? まずはそれを聞かせてもらおうか』
迷うことなく俺は聞いた。
「お前は、何者だ?」
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