縦書きの蛍光
ヒ魔人(ヒ魔っちゃんやで)
縦書きの蛍光
ついさっき明けたと思ったら、もう年は暮れなずんでいる。都心から離れた東京都、人もいくらかまばらな芝生広場。十二月三十一日。
『そもそも、時間という連続的な概念を、一秒や一日、一か月、一年と勝手に区切りを付けて、それが変わるからなんだというのだ。』往々にしてそんなことを考える彼も、しかし、少なからずこの大晦日の
リードをピンと張りながら、せわしなく
目に入る
ふと、天蓋を仰ぎ、目を閉じる。体内の生暖かい空気と、外の痛いほど冷たいような空気とを入れ換える。目を
散歩でもしよう。
駅に続く大通りの脇に入り、住宅地の奥部に向かう坂道をだらだら下る。と、少ない土地を切り詰めて設けられた小さな公園がある。もう昼食時でもあったし、人っ子一人の影もない。公園の中央に鎮座する
『
という
ふと、足元に小草がぴょこりと一株
そして、しばしあって、一通り話せることなどなくなると、小草に、せいぜいお互い頑張って冬を越そうなと添えて公園を後にした。
住宅街の
そのままふらふら駅前方面までを歩いていくと、突然、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ぉえ、
見ると高校の後輩、
「おいっす」
二人並んで同じ方向に歩みだす。
しばしの沈黙。
「…先輩は、ナニ?どこ行ってんの?」
広が隣人の顔を見上げ
「ん~?お散歩~」
「ハイハイ、いつものね」
広が一歩、また一歩する
「…大学、どうなん。彼女とかできたん?」
再び広が尋ねる。今度は双方目を合わせない。
「ど、どどど、童貞ちゃうわ~!」
慶の返答は、身振りこそおどけていたが、
「フッ…」
広はせめてもの情けに、鼻で笑ってやる。
「…手袋、してないん?手、つないであげても良いよ~」
彼女はそう提案しながら、おもむろに自らの手袋を外そうとする。
「いや、いいです。遠慮しときます、」
断りっぱなしにしておくことができず、ほんの一瞬
「俺、心
聞いて、彼女は肩を揺らして笑った。クロミちゃんの耳がぴょこぴょこ揺れた。
「国連無能すぎっしょ…」
彼女が自分に好意を寄せているのを、彼は理解していた。
しかし、慶が素直にそれを受け止めることは
その友人の泣くのを見たのは、前にも後にもそれっきりだった。
今思えば、社会的にも、学生という立場でさえなければ、逮捕くらいされてもおかしくない事案だった。とはいえ、社会的な罪悪であるということが重要な事ではないのは明らかだが。
また、それ以来、‟本当の友人”とも言える存在もいなくなった。彼の
彼が『時間という連続的な概念を、一秒や一日、一か月、一年と勝手に区切りを付けて、それが変わるからなんだというのだ』などと考え、公私のあらゆる年中行事を軽んじようとするのも、
「だから~、
そんな話を彼女の口から聞くのは二度目だった。
「…まぁ、あんさんも、なにかと大変なんでごぜえやすのよね~。マジにやヴぁい事あったら、俺よりまず司法を頼れよ? 別に、当然、俺も力は貸すが」
そうやって、二人して
が、また、悪い意味で常軌を逸していたのはそんな
二人とも無言で、しかし、にやにや、チラリチラリとそんな変人に目をやりながらその横を通り抜けようとした。
『…東京ってこういうのが居るから面白いんだよな』
と、慶が小声で言おうとした、そのカンマ一秒前。不覚にもその少女と目が合ってしまった。
少女は一瞬、そのくりくりした
「た、たすけてくださいませえ~ぇ…!!!」
慶と広は顔を合わせた。広の顔は、
「なにしてんの…」
と、言っていた。
少女は自販機を離れ、
「あ、あの!わたくし、信じて
「…ブフッ」
少女の
「笑われるのも無理はございませんわ、でも、助けてほしいというのは本心ですのぉッ!」
少女とはまた別の理由で、彼もまた声を震わせながら、会話する。その終始、広はひたすら眉を
「あぁ、うん、そっか、い、フフッ、‟異世界”ね、うん。なんでまた今日は、その、フフッ、‟異世界”からこっち来ちゃったワケですの?」
「そ、そうですわよね、まず自己紹介はいつ、いかなる場所であろうと必要儀礼ですわよね、失礼いたしました、わたくし、アマレと言いますの、もちろん、
一瞬、今にも泣きだしそうな童顔をさらに曇らせ、靴を見つめ、「うぅ~」とか
「その、わたくし、端的に申しますと、親族の勝手な祝福から逃げて参りましたの…。」
アマレの声色が弱まるのにつられて、慶も目元は神妙な面持ちをとりなしたが、口元はにやけたまま、
「あ~。でも、なんか、異世界人ってのを証明する方法は無いもんなんスかね?魔法、魔法使えたりしないっすか?」
と冗談半分に問うた。広はもう何度も、彼のことを肘で小突きまくっていた。
すると、彼女は「それでしたら、」と軽く前置きして、両手を前に突き出した。また何かぽそぽそと小さく
と、一体どういった仕組みなのだろう、彼女の手のひらのすぐ前方に小さな水滴の様なモノが渦を巻き密集したかと思うと、直径十五センチ前後の球形まで膨らんだ。そして、バシャリと三人の足元に落下した。これには流石に二人も度肝を抜かれた様で、開いた口が塞がらない様子だった。が、少女はそれに気付かず、一部分だけ黒の濃くなったアスファルトを見つめたまま、
「すみません、炎魔法は…、初級の
と
「あぁ、すみません、
「いや、ソレはなんとなく分かるから、」
ここで初めて、広は言葉を発せた。そして、それに続くようにしてやっと慶も
「…んで、そんで、俺たちに助けてほしいってのは…?」
少女は待ってましたとばかりに食い気味に答え、
「それは…!」
ようとした。が、「ゴメン、やっぱちょっと待って」とあえなく慶に引き止められてしまう。とっさに二人の娘の不思議そうな顔が彼に向けられる。
「やっぱ、先に人生で一度は言っておきたい言葉ランキング第十一位だけ消化しとくわ」
彼は息を一つ
「『えぇッ!? 流行りの異世界転生が俺にも~~!!??』」
…数十分ぶり、三度目の、‟しばしの沈黙”。
「…あぁ、お二方には必要以上のご迷惑を
「ませんのかい」
慶の茶番を挟み、アマレは語気を取り戻して自身の言葉を引き継ぐ。
「それで、お二人に助けてほしいのは、この服!」
「この
…
……
………
…ハァと一つ、嘆息をつき慶は歩きだす。
「ちょ、先輩、どこに…」
広の問いに、まず短く答える。
「セカスト。」
「…誰の金で服買うんだよ」
アマレの
「‟センパイ”さん…!」
「名前が‟センパイ”なワケじゃねぇって…」
―――そうして、リサイクルショップで広がアマレに見繕ってやった被服は、慶の素人目にもなかなか似合って見えた。慶は、
そして
「マジに、今日になるとどこも閉じてるか混んでるかだな…。」
とは、慶の言。それに現世界人もう一人が
「ね、」
一音だけ添えて、直後、ストローに口をつける。その動きをアマレが真似る。
「うお~!飲んだことないお味ですわ~!」
「声でけぇよ、アホ…」
慶が冷静になだめると、その横で広がテーブル
「ウマ」
おい、と慶はそっちにも、あくまで冷静に、ツッコむ。と、彼女はチロリと目を合わせる。そして、手に持っていたスティックシュガーの紙ごみをくしゃりと丸め、彼の元にポイと投げつける。
「おい…」
さらなるツッコみの追加攻撃の文句を考えようとした、その瞬間に今度はアマレの声が挟まる。
「あれ、ソレはなんですの?」
こっちもテーブル隅に向かって身を乗り出す。
「オ マ エ もなぁ~…!」
…もう三人はすっかり馴染んだようだった。
また、そうやって一服している間、二人はアマレがこちらの世界までやって来た詳しい
‟自分は
「だから、今度の世界渡りを
力強く断言した直後、慶の吸うストローからズズッと鳴った。氷の融けてできた水さえ飲み干した。アマレが一通り言い終わったのを見計らって、広が質問する。
「え、ゴメン、ちな、さっき自販機ひっついてたのは?」
アマレはその質問を受けて、一瞬、間の抜けたポカンとした表情を浮かべた。が、しかし、すぐその‟ジハンキ”という言葉の意味を悟ると、こう答えた。
「ああ、あの箱型の機械のコトですわね。アレは、あの機械の側面が少し熱を持ってらっしゃったので、それでささやかながら暖を取らせて頂いておりましたの~!」
―――「ですので、今日中にあっちに帰りますわ。きっとおじいさま
一行はまた、手段ではなく目的としての‟散歩”という行為をするに戻っていた。
なお、今度は先ほどとは逆、駅側から住宅地方面に歩を進めている。まだ六時だというのに、天蓋は黒く塗りつぶされ、人工の
…広とアマレが何やらわちゃわちゃと、異世界間女性交流を
広もまた、先程から彼が
広はまた、
さて、そんなふうにぶらぶらしているとやがて、
「それでは、わたくしはこの辺でおいとまさせて頂きますわ。お二人とも、本日はありがとうございました!本日のことは一生忘れませんわ!それじゃ、わたくしこっちですので!」
と言って、暗い住宅街奥部へ目指す路地をゆび
「異世界ってそっちなんだ…?」
広が半笑いで言う。
「今度行ってみようかな…」
慶が付け足す。
「それでは!」
アマレは二人の顔を順に見比べると、暗がりに
…しばらくじっと暗闇を見つめていた二人だったが、広がおもむろに口を開く。
「そういえば、もう数時間で今年も終わるね」
慶は、ああ、と言いつつ広の顔を覗きこんだ。
すると、どうしたことだろうか。
ふと、目の前の人物の
自分の目がおかしくなってしまったのかと、焦って、駅に向かうにつれて照度を増す大通りを振り返見る。
しかし、その視界に入る何もかもが
久しぶりに、心の底の底の底の方からの感動を得た気がして、途端、気付いた。
アマレ。彼女は祝事の本質を知っていた。
広が不思議そうに問う。
「センパイ~?どした?」
「いや…、何でもない…」
たかだか、カレンダーが一枚、めくれるだけ。‟西暦”の数字が一つ、増えるだけ。
それだけで、良かったのだ。
誰かと同じ物事を祝い合い、喜ばしい気持ちを共有すること。『祝福』はまさにその一つだった。人間の、死に対する克服の一環だった。
鹿島慶は、その瞬間から、誠実に生きようと思った。
表面上の自己ではなく、本当の自分で、信頼を受け止めて、それを決して裏切らない努力をする。
それが真に、過去の自らに対する
「ッあ~!なんか、今日は疲れましたの~」
慶が突然、そういってグーっと伸びをする。
「まあ、そりゃ、ね」
「って、オイ、もう年越えるぞ!?」
「マジ?もう?」
「アレ、あれやろうぜアレ。年越す瞬間ジャンプしてさ、『年越しの瞬間空中に居たぜ~』ッてなるヤツ」
「あ~、やっとく?」
慶は、初めて広と話した気がした。
(新年あけましておめでとうございます。本年はこの文章を以て、年賀状の代わりとさせていただきます。今年もよろしくお願いいたします。)
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