縦書きの蛍光

ヒ魔人(ヒ魔っちゃんやで)

縦書きの蛍光

 ついさっき明けたと思ったら、もう年は暮れなずんでいる。都心から離れた東京都、人もいくらかまばらな芝生広場。十二月三十一日。鹿島かしま けい、無作為に日本人を一掴ひとつかみすれば必ず見当たるような、極極ごくごく一般的な大学生。彼はそんな日にぶらりと外に出てみては、ぽつねんと広場の端のベンチに腰かけていた。

 『そもそも、時間という連続的な概念を、一秒や一日、一か月、一年と勝手に区切りを付けて、それが変わるからなんだというのだ。』往々にしてそんなことを考える彼も、しかし、少なからずこの大晦日の哀愁あいしゅうてられていた。

 リードをピンと張りながら、せわしなく小草おぐさの匂いを嗅ぎ分ける仔犬の足取り。それに付き合う、黄色くもこもこした上着の男性。

 目に入るすべてに、何か感動的な心情がたたえられている気がした。


 ふと、天蓋を仰ぎ、目を閉じる。体内の生暖かい空気と、外の痛いほど冷たいような空気とを入れ換える。目をひらき、おもむろに立ち上がる。


 散歩でもしよう。


 駅に続く大通りの脇に入り、住宅地の奥部に向かう坂道をだらだら下る。と、少ない土地を切り詰めて設けられた小さな公園がある。もう昼食時でもあったし、人っ子一人の影もない。公園の中央に鎮座する銀杏いちょうの大木も、枝だけを残し、石のように寒さに耐えている。それがまたなんとも言えぬ寂寥せきりょうの感をかもし出す。ふらりとその公園に立ち入ると、ベンチがあるのを見つけ次第、またどっかりと座り込んでしまった。この小さな公園にはミスマッチな程の銀杏の大木をじっと見つめる。

金色こんじきのちひさきとりのかたちして銀杏いちょうちるなり夕日ゆうひおかに』

 という与謝野よさの晶子あきこの歌を小学校で習ったのを妙によく覚えている。

 ふと、足元に小草がぴょこりと一株えているのに気付く。暇なので話しかけてみると、こいつがなかなか良い聞き役に徹してくれた。声こそ発さなかったが、自分の莫迦ばかな失敗談はせらせら笑って聞き流してくれたし、今先いまさっき感じた年の瀬の哀愁の話をしてもウンウンと理解を示してくれた。

 そして、しばしあって、一通り話せることなどなくなると、小草に、せいぜいお互い頑張って冬を越そうなと添えて公園を後にした。

 住宅街の一戸いっこ一戸の戸口とぐちに、門松の有る無しを確認するのが意外に面白く、なるほど今では正面とびらにリーフ状のを飾るのが一般的であることや、新築らしい物件ほど何も飾っていない所が多いらしいことを発見した。そして、そんな傾向が見えてきた頃には、再び駅へと続く大通りへ出てきていた。

 そのままふらふら駅前方面までを歩いていくと、突然、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「ぉえ、ケイ先輩~?」

 見ると高校の後輩、太田おおたひろだった。彼女、…少なくとも休日などは完全に女性である、ということになっている、は短躯たんくをトテトテと動かし、慶に近寄ってきた。

「おいっす」

 二人並んで同じ方向に歩みだす。

 しばしの沈黙。



「…先輩は、ナニ?どこ行ってんの?」

 広が隣人の顔を見上げたずねる。慶は視線を横目で受け止める。

「ん~?お散歩~」

「ハイハイ、いつものね」

 広が一歩、また一歩するたびに、クロミちゃんフードの耳がフリフリと揺れる。しばしの沈黙。


「…大学、どうなん。彼女とかできたん?」

 再び広が尋ねる。今度は双方目を合わせない。

「ど、どどど、童貞ちゃうわ~!」

 慶の返答は、身振りこそおどけていたが、まったくの棒読み。

「フッ…」

 広はせめてもの情けに、鼻で笑ってやる。

「…手袋、してないん?手、つないであげても良いよ~」

 彼女はそう提案しながら、おもむろに自らの手袋を外そうとする。

「いや、いいです。遠慮しときます、」

 断りっぱなしにしておくことができず、ほんの一瞬を開けて、付け加える。

「俺、心つめたいから、手めっちゃあったかいのよ。地球温暖化の一因として国連に問題視されてんの」

 聞いて、彼女は肩を揺らして笑った。クロミちゃんの耳がぴょこぴょこ揺れた。

「国連無能すぎっしょ…」


 彼女が自分に好意を寄せているのを、彼は理解していた。

 しかし、慶が素直にそれを受け止めることは出来できない。彼は中学生の時分じぶん、人間関係で失敗したことがあった。手痛い、あまりに手痛い失敗だった。何にも代えがたい友人を、その信頼を、彼自身の手で、裏切ったのだ。

 その友人の泣くのを見たのは、前にも後にもそれっきりだった。

 今思えば、社会的にも、学生という立場でさえなければ、逮捕くらいされてもおかしくない事案だった。とはいえ、社会的な罪悪であるということが重要な事ではないのは明らかだが。

 また、それ以来、‟本当の友人”とも言える存在もいなくなった。彼の胸懐きょうかいの奥深く、根本的な部分に、その一件を通して、『自分は極悪人である』という無意識が刻まれた。それによって、誰かと深くしたしくなることが恐ろしくなったのだ。一件以前より彼を知る者に対しては、あらゆる心中しんちゅうをひた隠しながら、もとように明るく振る舞わねばならぬ。新しく出会う人物にも、本当の自分を見せず、あざむきながら付き合わなければならぬ。無意識に、自分がいつ、周囲の優しい人たちをまた裏切ってしまうのかということに、おどおどしながら過ごさなければならぬ。単純に、そんな風に生きるのは、くるしかった。そもそも人間というのは、周りの人物から暖もりや、適度な信頼、期待を受け取っていなければ、生きていくことができない。表面上の自分に対して寄せられるそれらを頼りに、細々と成長した彼の本当の精神は、あまりに痩せこけていた。

 彼が『時間という連続的な概念を、一秒や一日、一か月、一年と勝手に区切りを付けて、それが変わるからなんだというのだ』などと考え、公私のあらゆる年中行事を軽んじようとするのも、すなわち、誰かと同じ物事を祝い合い、喜ばしい気持ちを共有することを避けたがるのも、潜在的悪人の自分と他人とが喜びを分かちあうことに対する後ろめたさがあるからだと言えるだろう。


「だから~、ウチおやがマジクソだから、ウチは早く‟自立”したいの!風俗でもどこでもいいから働いて、自分の生活を確立かくりつさせたいの。そうそう、最近意外と需要あるらしいよ~?『男の娘のお店』ッて」

 そんな話を彼女の口から聞くのは二度目だった。

「…まぁ、あんさんも、なにかと大変なんでごぜえやすのよね~。マジにやヴぁい事あったら、俺よりまず司法を頼れよ? 別に、当然、俺も力は貸すが」

 さっきから、二人の肩と肩とが妙によくぶつかるのに慶は気付いていた。気付いた上で、無視していた。

 そうやって、二人して十分じっぷんもぶらぶらしていた。すると前方の自販機のかたわらに妙な人影があるのを見留みとめた。中世ヨーロッパの王侯貴族令嬢がされるような、ゴテゴテと装飾されたロリータ趣味の衣装に身を包んだ少女おとめ。しかもそれなりの露出度で、さらけ出された素肌の玉臂ぎょくひ御御足おみあしは陽光に当たり、となまめかしく光を放つようであった。

 が、また、悪い意味で常軌を逸していたのはそんな少女おとめ体勢たいせいであった。自動販売機にべったりと絡みつくように密着して、口元はしきりにぽそぽそとなにかをつぶやいている。

 二人とも無言で、しかし、にやにや、チラリチラリとそんな変人に目をやりながらその横を通り抜けようとした。

『…東京ってこういうのが居るから面白いんだよな』

 と、慶が小声で言おうとした、そのカンマ一秒前。不覚にもその少女と目が合ってしまった。

 少女は一瞬、そのくりくりしたを見開いたかと思うと、瞳をうるわせて、震え切った声でこう言った。


「た、たすけてくださいませえ~ぇ…!!!」


 慶と広は顔を合わせた。広の顔は、

「なにしてんの…」

 と、言っていた。


 少女は自販機を離れ、覚束おぼつかない足取りで二人の元へ歩みよってきた。

「あ、あの!わたくし、信じていただけないかもしれないのですが!その、異世界?から参りましたの~…!」

「…ブフッ」

 少女の荒唐無稽こうとうむけいな告白に慶は思わず吹き出してしまう。しかし、それに構わず少女は続ける。

「笑われるのも無理はございませんわ、でも、助けてほしいというのは本心ですのぉッ!」

 少女とはまた別の理由で、彼もまた声を震わせながら、会話する。その終始、広はひたすら眉をひそめて、両者をめつすがめつするほか無かった。

「あぁ、うん、そっか、い、フフッ、‟異世界”ね、うん。なんでまた今日は、その、フフッ、‟異世界”からこっち来ちゃったワケですの?」

「そ、そうですわよね、まず自己紹介はいつ、いかなる場所であろうと必要儀礼ですわよね、失礼いたしました、わたくし、アマレと言いますの、もちろん、本名フルネームではないのですけれど、今はご容赦くださいませ!それでわたくしがこちらまで来たのは、その、」

 一瞬、今にも泣きだしそうな童顔をさらに曇らせ、靴を見つめ、「うぅ~」とかぼそうなったが、すぐに顔を上げ言葉を続けた。

「その、わたくし、端的に申しますと、親族の勝手な祝福から逃げて参りましたの…。」

 アマレの声色が弱まるのにつられて、慶も目元は神妙な面持ちをとりなしたが、口元はにやけたまま、

「あ~。でも、なんか、異世界人ってのを証明する方法は無いもんなんスかね?魔法、魔法使えたりしないっすか?」

 と冗談半分に問うた。広はもう何度も、彼のことを肘で小突きまくっていた。

 すると、彼女は「それでしたら、」と軽く前置きして、両手を前に突き出した。また何かぽそぽそと小さくつぶやく。

 と、一体どういった仕組みなのだろう、彼女の手のひらのすぐ前方に小さな水滴の様なモノが渦を巻き密集したかと思うと、直径十五センチ前後の球形まで膨らんだ。そして、バシャリと三人の足元に落下した。これには流石に二人も度肝を抜かれた様で、開いた口が塞がらない様子だった。が、少女はそれに気付かず、一部分だけ黒の濃くなったアスファルトを見つめたまま、

「すみません、炎魔法は…、初級の火球ファイアーボールでさえまだ上手く調節が出来ませんで、地味ですが危ないですので…」

 とこぼした。一、二秒、その言葉に返答が無く、二人の顔を見上げた。そこでようやく二人が呆気あっけにとられた様子であるのに気付いて、言葉を続ける。

「あぁ、すみません、火球ファイアーボールというのは…」

「いや、ソレはなんとなく分かるから、」

 ここで初めて、広は言葉を発せた。そして、それに続くようにしてやっと慶もげんを絞り出す。

「…んで、そんで、俺たちに助けてほしいってのは…?」

 少女は待ってましたとばかりに食い気味に答え、

「それは…!」

 ようとした。が、「ゴメン、やっぱちょっと待って」とあえなく慶に引き止められてしまう。とっさに二人の娘の不思議そうな顔が彼に向けられる。

「やっぱ、先に人生で一度は言っておきたい言葉ランキング第十一位だけ消化しとくわ」


 彼は息を一つめた。


「『えぇッ!? 流行りの異世界転生が俺にも~~!!??』」

 

 …数十分ぶり、三度目の、‟しばしの沈黙”。


「…あぁ、お二方には必要以上のご迷惑をこうむらせません、わ…」

「ませんのかい」

 慶の茶番を挟み、アマレは語気を取り戻して自身の言葉を引き継ぐ。


「それで、お二人に助けてほしいのは、この!」


「この恰好かっこう!めちゃくちゃ寒いんですのぉ!」

 …

 ……

 ………

 

 …ハァと一つ、嘆息をつき慶は歩きだす。


「ちょ、先輩、どこに…」

 広の問いに、まず短く答える。

「セカスト。」

「…誰の金で服買うんだよ」

 アマレのうるんだ瞳が、光を受けてキラリと輝く。

「‟センパイ”さん…!」

「名前が‟センパイ”なワケじゃねぇって…」


 ―――そうして、リサイクルショップで広がアマレに見繕ってやった被服は、慶の素人目にもなかなか似合って見えた。慶は、流石さすがだな、やっぱり、コーディネートはこーでねぇとな、などと広を称賛したが、でしょ?さすが広ちゃんッて感じ、と彼女はかわすのだった。

 

 そしてしばらくして一同の姿は、小さな喫茶店の中にあった。空腹、特にアマレの、を軽く解消するためだった。また、やっと寒さをしのげる装備を得たアマレの心持はかなり回復していた。

「マジに、今日になるとどこも閉じてるか混んでるかだな…。」

 とは、慶の言。それに現世界人もう一人がうなずく。

「ね、」

 一音だけ添えて、直後、ストローに口をつける。その動きをアマレが真似る。

「うお~!飲んだことないお味ですわ~!」

「声でけぇよ、アホ…」

 慶が冷静になだめると、その横で広がテーブルすみのスティックシュガーに手を伸ばす。一本手に取るとすかさず開封して内容物を直接口に落とし、言う。

「ウマ」

 おい、と慶はそっちにも、あくまで冷静に、ツッコむ。と、彼女はチロリと目を合わせる。そして、手に持っていたスティックシュガーの紙ごみをくしゃりと丸め、彼の元にポイと投げつける。

「おい…」

 さらなるツッコみの追加攻撃の文句を考えようとした、その瞬間に今度はアマレの声が挟まる。

「あれ、ソレはなんですの?」

 こっちもテーブル隅に向かって身を乗り出す。

「オ マ エ もなぁ~…!」

 …もう三人はすっかり馴染んだようだった。


 また、そうやって一服している間、二人はアマレがこちらの世界までやって来た詳しいわけを聞いた。少女しょうじょが、一部詳しく話せないところもありますが…、前置きした上で語ったのは、こんな内容だ。

‟自分は異世界あっちではそれなりの家系の、次世代を任されている一人である。そんな家柄、大きな不自由なく生きることができたのもまた事実である。そして近頃、そんな箱入り娘だった私にも、流石さすがにもう良い頃合いだろうということで、縁談がいくつか入ってくるようになった。しばしあって、有力貴族の若頭が良かろう、という一族のお偉方えらがたの決定がなされた。しかし、その決定は彼女の本意にそぐうものではなかった。それも、彼女自身、なにも完全に自分勝手なわがままでそむいてるわけではないという。自分自身、彼女なりの思考と理論をもって正当な主張をしているのだと。ところが、そんな彼女の意見は年長者らから軽んじられている。さらに、家に居るだけで、あらゆる親族だけでなく召使いらさえからも、もうすぐかい、おめでたい限りだ、と忌避すべき決定を称賛する。最早、そんなものは祝福ではない。他人ひとと喜ばしい気持ちを共有することこそ祝福であるのに、これじゃ私に対する感情の強要であり洗脳だ。だから、”

「だから、今度の世界渡りをもって、抗議の意を示そうというワケですの!」

 力強く断言した直後、慶の吸うストローからズズッと鳴った。氷の融けてできた水さえ飲み干した。アマレが一通り言い終わったのを見計らって、広が質問する。

「え、ゴメン、ちな、さっき自販機ひっついてたのは?」

 アマレはその質問を受けて、一瞬、間の抜けたポカンとした表情を浮かべた。が、しかし、すぐその‟ジハンキ”という言葉の意味を悟ると、こう答えた。

「ああ、あの箱型の機械のコトですわね。アレは、あの機械の側面が少し熱を持ってらっしゃったので、それでささやかながら暖を取らせて頂いておりましたの~!」


 ―――「ですので、今日中にあっちに帰りますわ。きっとおじいさまがたも今頃、一件を後悔されて、わたくしを探し回っている頃と存じますので!」

 一行はまた、手段ではなく目的としての‟散歩”という行為をするに戻っていた。

 なお、今度は先ほどとは逆、駅側から住宅地方面に歩を進めている。まだ六時だというのに、天蓋は黒く塗りつぶされ、人工の電灯あかりがきらきらと行く人来る人をささやかに照らした。

 …広とアマレが何やらわちゃわちゃと、異世界間女性交流をたしなむ半歩後ろで、慶はなにかに引っかかっていた。

 広もまた、先程から彼がなま返事へんじしか寄越よこさないのに気が付いていた。しかし、いや、だからこそ余計な詮索はしない。そういった雰囲気の時の彼は得てして、その詮索に応じないし、そんな事をしたらむしろ、さらに心を閉ざす一方であることを理解わかっていたからだ。

 広はまた、ひそかに、こんな細やかな気遣きづかいができる私はなんていい女なのだろうと思った。

 さて、そんなふうにぶらぶらしているとやがて、

「それでは、わたくしはこの辺でおいとまさせて頂きますわ。お二人とも、本日はありがとうございました!本日のことは一生忘れませんわ!それじゃ、わたくしですので!」

 と言って、暗い住宅街奥部へ目指す路地をゆびした。

「異世界ってそっちなんだ…?」

 広が半笑いで言う。

「今度行ってみようかな…」

 慶が付け足す。

「それでは!」

 アマレは二人の顔を順に見比べると、暗がりにあゆった。数歩進んで、振り返り、手を大きく振ったのち、その姿は完全に不可視のものと相成った。

 …しばらくじっと暗闇を見つめていた二人だったが、広がおもむろに口を開く。

「そういえば、もう数時間で今年も終わるね」

 慶は、ああ、と言いつつ広の顔を覗きこんだ。


 すると、どうしたことだろうか。


 ふと、目の前の人物のすべてが、蠱惑こわく的な深い魅力を抱えている様に見えたのだ。思わずドキリとした。

 自分の目がおかしくなってしまったのかと、焦って、駅に向かうにつれて照度を増す大通りを振り返見る。

 しかし、その視界に入る何もかもが普段いつもの二十倍以上もの美しさを持って燦然と輝くのは、依然変わらなかった。

 久しぶりに、心の底の底の底の方からの感動を得た気がして、途端、気付いた。

 アマレ。彼女は祝事の本質を知っていた。


 広が不思議そうに問う。

「センパイ~?どした?」

「いや…、何でもない…」


 たかだか、カレンダーが一枚、めくれるだけ。‟西暦”の数字が一つ、増えるだけ。

 それだけで、良かったのだ。

 

 誰かと同じ物事を祝い合い、喜ばしい気持ちを共有すること。『祝福』はまさにその一つだった。人間の、死に対する克服の一環だった。


 鹿島慶は、その瞬間から、誠実に生きようと思った。

 他人ひとの信頼や期待を受け取らないことで自分を懲らしめようとするのでも、逃げ道を創りだそうとするのでもない。

 表面上の自己ではなく、本当の自分で、信頼を受け止めて、それを決して裏切らない努力をする。

 それが真に、過去の自らに対する贖罪しょくざいであり、日常のあらゆる幸福をあまなく享受できる状態に復帰する方法であることに気付いた。その状態なら、あらゆる祝福ごとに、こんな感動を得ることができる。


「ッあ~!なんか、今日は疲れましたの~」

 慶が突然、そういってグーっと伸びをする。

「まあ、そりゃ、ね」

「って、オイ、もう年越えるぞ!?」

「マジ?もう?」

「アレ、あれやろうぜアレ。年越す瞬間ジャンプしてさ、『年越しの瞬間空中に居たぜ~』ッてなるヤツ」

「あ~、やっとく?」

 慶は、初めて広と話した気がした。


(新年あけましておめでとうございます。本年はこの文章を以て、年賀状の代わりとさせていただきます。今年もよろしくお願いいたします。)

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