山手線は海辺に行くか
カアカア
第1話
夜寝る前に、様々な後悔が胸を去来する。気持ちよく眠れる日なんて、無い。それでも、傍からは子の寝息が聞こえてきて、私はこれを守り抜かなければならない。
小さい頃から、両親を全能だと思ったことなんて、記憶の限りにない。だって、よく喧嘩していたから。兄のことは、大好きだった。だから、気づかなかった。兄は私のことを、私が兄のことを思い続けたように、思わなくなっていたことに。
朝目が覚めた時には、何も考えないようにする。絶望なんて抱えていても、動けやしない。本当は黙っていたいところだけれど、子どもに最低限の声掛けをしながらオムツ替えなどをやる。自分の朝食は、毎朝同じものを食べる。こんな状態になる前には、どんな朝を過ごしていたのか、もう思い出せない。
それでも、外に出ると少しすっとする。それとも、子どもを預けて、雁字搦めの責任感からしばし解放されるからか。いつものコンビニで、何を買うか考える。オフィスから出る気力もない、ランチタイムのために。
その日もそうだった。そこで風が吹いた。高校生の頃の、画材を抱えた自分が、目の前を通り過ぎた気がした。代々木駅へ行かなければいけないと思った。美大予備校があって、短期間だったけど、通った所だった。
人並みの感受性は持っていた。好きなアーティストがいた。紙のファッション誌がまだ隆盛を誇っていた時代で、掲載されているコスメやスイーツを買いに走ったりもした。一緒にそんなことをしていた女友達は、今どこで何をしているのだろう。連絡は途切れてしまった。メンタルの調子が悪い時に、連絡を返さなかった。あるいは、気づかないうちに、向こうから関係を切られていた。どちらだったのだろう。時々、少し考える。それが少しだけなのは、結局今はもう、その理由も彼女らも、関係が無くなってしまったからだ。
有給は、まだ残っているだろうか。代々木へ行く件だ。子どもの風邪で使ったけど、またそんな時があるといけないと思ってそれ以外には使っておらず、一日くらい残っているだろう。会社へ連絡する。チャットにする。「すみません、風邪で声出すのも辛くて、こちらで失礼いたします」。
地下鉄から、山手線へ乗り換える。「次の電車が前の駅を発車しております。この辺でドアを閉めさせて頂きます」。そして乗客を車内に押し込む駅員さん。私にとっては懐かしい光景だ。就職で上京した人は、「本当にあることなんて、信じられない」と言っていたけれど。人の常識なんてそれぞれに狭いものだ。それで同じ世界に生きているように話し合いなどするものだから、すれ違っているのに、それにも気づかずそれぞれに合意に至った気分になって、なんだかなあ。
代々木駅にやってきても、降りる気にはなれなかった。雰囲気はもう変わっていた。当たり前か、あれから何十年だ。そしてぐるぐる、山手線を回った。そのうち空いてきて、座れた。がたんごとん。床に差し込む日差しが、床ごと一緒に移動して行った。
海に近づいていく気がした。子どもの頃に潮干狩りのできた千葉港や、温泉旅行に行った伊豆などに似た空気感を感じたからだ。途中下車してみたいと思った。無人駅を出て、続く道は足元が悪いけれど、五分ほどで海辺まで出られる。ざざー、ざざーという波音は、今ここで鳴っているというよりも、一日海で遊んだ後に寝ようとして耳に聞こえるものに似ていた。私たちは並んで砂浜に座っていた。横にいるのは、小さな男の子だ。そうか、なんだ、昔から私のそばにいてくれたのは、やがて生まれてくる私の子だったのか。
「ごめんね」と、思った。「お母さん、乳がんになっちゃったんだ。すぐ死ぬことはないと思うけど、しばらく入院手術したり、寂しい思いをさせるね」。さらさらと風に吹かれる髪の毛を抑えるように頭を撫でた。こちらを振り向いた目は澄んでいた。私に伸ばした手は小さく温かく、生きていってくれる強さが感じられた。それは私を勇気づけた。
電車はあっさりと雑踏へ私を連れ戻した。人々の思惑が交錯し、その隙間に放置された私は自由で、孤独だった。
家に帰ると、子どもが私に飛びついてきた。障害があって、喋ることのできない子だ。私の留守の間、母がこの子を見てくれていた。しかし、母も高齢である。この今の生活は、一体いつまで続けることができるのであろう。
喋らない子どもは、ブロックのおもちゃを積み上げて、家のようなものを作っていた。「素敵だね」と褒めると、少し誇らしげな顔になった気がした。私は子を抱きしめた。子はそれに応えるでもなく、拒否するでもなく、されるがままになっていた。
夜になると、子どもは寝た。私には再び一人の時間がやってきた。今日起こった出来事を書き留めておこうと思ったけど、上手く思い出せなかった。仕事に行く気がなくなって、山手線に乗っているうちに降りる気もなくなって、ぐるぐる回っていたんだっけ。すやすやと子どもの寝息が、それ以上思い出すことをもう許してくれたように思えた。
私は眠れない。いくら早期に見つかったとはいえ、乳がんを抱えて、この障害のある子を、シングルマザーでどうやって育てていけばいいのだろう。この子を置いていくわけにはいかない、という気もちも、数年前であれば十分に現実的だった。しかし、最近では、放課後デイなどに、この子の世界も広がっている。なんとか生きていってくれ。自分が生きることには迷いがあるのに、子どもには生が最善と、堂々と押し付けられる。
山手線は海辺に行くか カアカア @tokyowonderpeople
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