放棄世界の転生者

ウスバー

第一話 始まりの日

あんまり凝った話にすると自分で書きたくなっちゃうので、ドストレートな転生モノで「こういうのでいいんだよ」とか言いながらダラダラ読める作品を目指しました!

―――――――――――――――――――――


「――よし、完璧っ!」


 最後の検品を終えて立ち上がる。


 そのままエプロンを脱ぎ捨ててロッカーへとシュートすると、俺はバックヤードの扉を勢いよく押し開け、売り場へと飛び出した。


「お疲れ様です! 大量持ち込みの装備、仕分け終わったんであとで確認お願いします! あ、呪いの品が一個混じってたんで気を付けてください!」

「えっ、あ、はい! って、レイトさん、もう行くんですか?」


 カウンターの奥から、同僚のミリアが目を丸くして声をかけてくる。

 俺は彼女に検品リストを手渡しながら、照れ笑いを浮かべた。


「あはは。少しでも早く行きたくなっちゃって。忙しなくてすみません!」

「もう、毎日そうじゃないですか。たまにはゆっくりすればいいのに」


 彼女は呆れたように苦笑するが、その目には非難の色はない。

 むしろ、少しばかりの同情と、温かい諦念が混じっている。


「はは、バレちゃいましたか。それじゃ、お先に失礼します!」

「はい、いってらっしゃいませ。怪我だけはしないでくださいねー!」


 追いかけるようなミリアの声に見送られ、俺は店を飛び出した。


 頭上には太陽が高く昇っている。

 多くの人々が昼食後の眠気と戦っている時間帯。


 ――だが、俺の一日は、むしろここからが本番だった。



 ※ ※ ※



 冒険者ギルドは、昼時の喧騒に包まれていた。

 これからクエストに向かう者、早々に切り上げてきた者たちが入り乱れている。


 俺はその人波を縫うように、端にある預かり所の窓口へと向かった。


「……荷物の引き出しを頼む」

「はいはい、レイトくんね。いつものセット、用意してあるよー」


 顔なじみの受付嬢から、使い込まれた革袋を受け取る。


 中に入っているのは、俺が命を預ける『装備』だ。

 それを受け取り、装備点検室へと向かう背中に、いくつかの視線が刺さる。


「おい見ろよ、あの『万年見習い』だ」

「ああ、道具屋の店員だっけ? 稼いだ金を全部『ガラクタ』につぎ込んでるっていう」

「物好きだよなぁ。あんなゴミ強化してどうするんだか」

「同期の『剣姫』アイリスなんて、もうSランクだぜ? 俺なら恥ずかしくて街にゃあいられないね」


 ヒソヒソというには大きすぎる陰口。

 嘲笑を含んだ言葉の礫が、容赦なく俺の耳を打つ。


 だが、俺は足を止めない。

 振り返りもしない。


(……まあ、そう言われるのも仕方がないしな)


 彼らの言うことは、客観的に見れば正しい。


 事実、俺には才能がない。

 いや、正確に言えば、この世界で生きるための「資格」を持っていなかった。


 ギルドを出て、街外れへと続く道を歩きながら、俺はステータス画面を呼び出す。


 空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。

 そこには、残酷なまでの現実が表示されていた。


――――――――――――――――

名前:レイト

クラス:なし

Lv:9


HP:10

MP:1

腕力:0

魔力:0

耐久:0

精神:0

敏捷:0

器用:0

幸運:0

――――――――――――――――


 全ステータス、ゼロ。


 残念ながら、表示がバグってるわけじゃない。

 これが「クラスなし」という状態の「標準」だ。


 この世界では、基礎能力にクラス補正を掛け合わせて最終的なステータスが決まる。

 だが、全ての人間に与えられるはずのクラスが、俺にはなかった。


 ゼロには何を掛けてもゼロだ。

 どれだけレベルが上がろうと、基礎値が増えようと、クラスが手に入らない限り、俺のステータスは一生「ゼロ」のままだ。


 ステータスというのは生身の力に「上乗せ」されるものだから、ステータスゼロでも日常生活を送る分には問題ない。

 ただ……。



(――冒険者としては絶望的、ってことだな)



 原因は、分からない。


 世界のシステムとやらの手違いか、あるいは神様の気まぐれか。

 分かっているのは、俺が最弱の存在としてこの世界に放り出されたという事実だけ。


 おまけに、与えられたユニークスキルも酷いものだった。



【大器晩成】

レベルアップに必要な経験値が10倍になるが、ステータスの成長量が2倍になる。


【孤軍奮闘】

独力のみで敵を倒さないと経験値を得られないが、行動を阻害する状態異常を無効化する。



 つまり、俺は「他人と協力できず」「人の10倍の経験値を稼がなければならず」「ステータスはゼロのまま」という、三重苦を背負わされているわけだ。


(……一度は、諦めたんだよな)


 街の灯りが遠ざかり、鬱蒼とした森の入り口が見えてくる。


 冒険者になりたくて、ギルドの門を叩いたあの日。

 スライム一匹すら倒せず、レベルを上げることすら叶わなかった絶望。


 俺は道具屋に就職した。

 安全で、確実な道を選んだはずだった。


「……でも、戻ってきちまった」


 俺は森の入り口で足を止め、革袋から「武器」を取り出した。


 剣ではない。

 槍でもない。

 それは、どこにでも落ちていそうな、長さ1メートルほどの棒切れだった。


 ゴブリンの鳴き声が聞こえる。

 不人気ダンジョンと呼ばれるこの森には、ステータスをもらったばかりの初心者ですら三日で卒業するような、雑魚モンスターしかいない。


 ……だが、今の俺にはそれで十分すぎる脅威だ。


 俺は息を潜め、茂みの中に身を隠す。

 前方の開けた場所に、一匹のゴブリンが背を向けて立っていた。


 心臓の鼓動が早くなる。

 何百回、何千回と繰り返した光景。

 それでも、恐怖が消えることはない。


 俺の防御力はゼロだ。

 かすっただけで致命傷になりかねない。

 何度やっても、このヒリつくような緊張感には慣れそうになかった。


 俺は音もなく背後に忍び寄る。


 距離、3メートル。

 2メートル。

 1メートル。


(……ここだ!)


 呼吸を止め、最短の軌道で「棒」を振り下ろす。


 ――ドゴォッ!


 鈍い音が響き、ゴブリンの頭部が大きく歪んだ。


「ギャッ!?」


 悲鳴を上げて振り返るゴブリン。


 一撃では死なない。

 俺の腕力はゼロだ。

 生身の人間が棒で殴った程度の威力しかないはずだ。


 だが、怯む暇などない。


 少しでも手を緩めれば、殺されるのは俺の方だ。

 反撃の棍棒が振るわれる前に、俺は二撃目を叩き込む。


 正確に。

 無慈悲に。


 五発目の殴打が脳天に決まった瞬間、ゴブリンは光の粒子となって弾け飛んだ。


「……ふぅ」


 大きく息を吐き出し、俺はその場に座り込む。

 手の中にある棒を見つめる。


――――――――――――――――

【ただの木の棒】


攻撃力:1

付与:

 追加ダメージ+5

 追加ダメージ+5

 追加ダメージ+5

 追加ダメージ+5

 追加ダメージ+5

 追加ダメージ+5

――――――――――――――――


 これが俺の相棒だ。


 クラス制限なし。

 要求ステータスなし。

 誰にでも装備できる、攻撃力1のゴミ武器。


 だが、そこに数年分の給料を注ぎ込み、付与術師に頼み込んで、エンチャントを詰め込んでもらった。


 腕力の値が0である以上、武器の攻撃力をどれだけ上げようと、ダメージは出ない。

 これは文字通りの意味で、「効率が悪い」とか「あまり強くない」なんてレベルでなく、世界の法則的に「HPを持つ生物」に傷をつけられないのだ。


 だから、俺は強化スロットが最大値の六つある木の棒を数ヶ月かけて探し出した。

 そうして、最弱武器である木の棒に籠められるエンチャントの中で、俺自身のステータスを考慮しない唯一のダメージソース、「追加ダメージ」のエンチャントを大枚をはたいて付与してもらったんだ。


「……馬鹿だよな、本当に」


 泥だらけの服を払いながら、俺は独りごちる。


 こんな棒切れ一本に大金をかけて。

 毎日毎日、ゴブリンを追い回して。

 天才たちが数日で駆け抜ける「レベル10」への道のりを、俺は4年もかけて這いずり回っている。


 同期だったアイリスは、もう雲の上の存在だ。


 俺がここで泥水をすすっている間に、彼女は世界を救うような戦いをしているのだろう。


 虚しくないと言えば嘘になる。

 辛くないと言えば嘘になる。

 それでも。



「俺は……冒険者になりたいんだ」



 誰に笑われてもいい。

 才能がないなら、知識で埋める。

 時間がかかるなら、寿命が尽きるまで続ける。

 そうやって、一歩ずつ前に進むしかないんだ。


 ……その時だった。


 ピロン、という軽い電子音が脳内に響いた。


 ファンファーレもない。

 祝福の光もない。


 ただ事務的な通知音だけが、待ち望んだ瞬間を告げた。


「……あ」


 震える指で、もう一度ステータスを開く。

 その「文字列」を認めた瞬間に、思わず視界が滲む。


(……4年、か)


 長かった。

 本当に、長かった。


 感慨と共に、もう一度、視線をステータスに戻す。

 そこには……。



――――――――――――――――

名前:レイト

クラス:なし(転職可能)

Lv:10

――――――――――――――――



 まるで俺を祝福するかのように「転職可能」の文字が躍っていた。

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