真実の愛とは

甘いもの大好き

第1話

「デザイア、僕達は真実の愛を貫くことにしたよ」


「あら、そうなんですの」


唐突な宣言に驚くこともなく。鼻高々に宣言した婚約者であるフェールと、その陰に隠れるように立つ可憐な令嬢アイシャを、デザイアは表情を変えずに見つめた。



ここはデザイアの家の応接室。

用があると訪ねてきたフェールを出迎えたところ可憐な令嬢を連れていたので、用件は薄々わかってはいたのだが、実際に宣言されるとやはりか、と何とも言えない気持ちになる。


デザイアは薄くため息をつくと、傍らの執事に目配せをする。

心得た執事はすぐに机に書類を並べてみせた。


「ではこの場で条件を詰めてしまいましょうか。お二方は真実の愛を貫かれる、ということでよろしいのですね?」


「あぁ、僕らは生涯の愛を誓い合ったんだ。なぁアイシャ」


「は、はい! デザイア様には申し訳ないんですけどぉ、わたし達愛し合っているんです! ずーっと一緒に居たいって二人で決めたんですよぉ」


デザイアはちらりとアイシャを見た。

彼女の目にはデザイアへの優越感と侮蔑が宿っており、罪悪感等は欠片もなさそうだ。

やはり真実の愛等とのたまう輩の事はよくわからない。勝手に名前を呼んだ不敬も咎めると面倒なことになりそうだ、と察したデザイアはフェールに視線を戻す。


「そうですか。意志は固い、という事でよろしいですね。では早速ですが、結婚式はどうされますか? すでに準備は随分進んでおり、日程の打診も重鎮方にはしております。もし内容を変更されたい場合、今からでしたら中々難しいかと」


「変更? 別に変更はなくていい。あぁ、アイシャにはとっておきのドレスをあげたいな」


「そうですか。まぁ、ドレスだけでしたら今からでも間に合うでしょう」


大人しく話を聞いていたアイシャは少しだけ不満に思った。

結婚式がデザイアのお古で済まされようとしているのは嫌ではあったが、日取りが決まっているのなら仕方ない。

ウェディングドレスは作ってもらえるようだから、そこで目一杯希望を叶えたらいいだろう。

そんなアイシャの考えに気付く様子もなく、デザイアは淡々と話を進める。


「子どもはどうされますか?」


「そうだな、子どもは多い方がいいんじゃないか。いて困ることもないだろう」


「きゃ! もう、フェール様ったらぁ」


子どもの話になりわざとらしく照れてみせるアイシャにデザイアは一瞬だけ不可解そうな視線を向けた。

アイシャはその視線には気付かず、フェールの腕に抱き着いてみせる。それをフェールは脂下がった顔で見ていた。


「妊娠出産は母体への負担が大きいのですから、無制限では困りますわ。最大でも三人、もし男子が続けて二人でしたらそこで終了。これが最低ラインです。これ以上は譲りませんわ」


「だが女ばかりが三人産まれたらどうする気だ?」


「その場合は親族から婿養子を迎えることとしてください。お相手選びには私も口を出させていただきます」


「むぅ……。まぁ、それならいいか」


「ちょ、ちょっと待ってください。なんでデザイア様がそんなことまで決めるんですか!?」


気付けば当たり前のようにアイシャを無視して決まりそうになっている話に、アイシャは慌てて口を挟んだ。

結婚式だけでは飽き足らず、何故捨てられた女に自分が産む数を決められて、更に子どもの結婚相手まで干渉されなければならないのだ。

焦るアイシャに、二人は不思議そうな顔を向ける。


「何故って……。私の事ですもの、私が決めて何か問題でも?」


「デザイア様の事? え、なんで? だって、フェール様と別れるんですよね?」


「……どうしてそのようなお話に?」


本気で不可解そうなデザイアに、アイシャは困惑した。

縋るようにフェールを見るが、フェールも不思議そうにアイシャを見ている。その顔は、アイシャが何を言いたいのかわからないと言いたげだった。


「なんで? フェール様はわたしと真実の愛を誓ったんですよ?」


「あぁ、そうだな」


「だから、愛のない婚約者を捨てて、わたしと結婚するんですよね!?」


「何故そうなる? 僕と君は真実の愛で結ばれているんだぞ」


「え!? だから真実の愛の相手と結婚するのが当然じゃないですか!?」


「……お待ちください。アイシャ様、あなたもしかして真実の愛が何を意味するかご存じないの? お家の方に教わりませんでした?」


信じられないと言いたげな顔をしたデザイアに、アイシャは苛立った。

しかし今この場で怒鳴ることは出来ない。アイシャは瞬時に目を潤ませて被害者としてふるまう事にした。


「わ、わたしが庶子で、最近家に引き取られたからってバカにしてるんですかぁ!? ひどいですっ!!」


「……フェール様?」


「ぼ、僕だって知らなかったんだよ、アイシャが何も知らないだなんて。オロ男爵に真実の愛の相手としてどうかって紹介されたから、すべて納得済みだと思ってたんだ」


「つまり、オロ男爵は碌に教育も施さないまま、真実の愛の為に庶子の娘を差し出したんですわね。……なんと酷いこと」


「え? え? え?」


アイシャはデザイアに憐れみを込めた視線を向けられ、ひどく混乱した。

おかしい。だって、アイシャはフェールに真実の愛の相手として求められたのだ。元々の婚約者は捨てられ、この前まで庶民だったアイシャが貴族婦人として幸せに暮らすはずなのだ。


だって、真実の愛を描いたお話では、そうなっていたのだもの。


「成程、庶民の方達にとっては真実の愛とはそのようなものなのですね……」


アイシャの拙い説明を聞き、デザイアは困ったように眉宇を潜めた。

不安になったアイシャはフェールの腕に縋るように抱きつく。


この前までアイシャは普通の庶民として母と二人暮らしていた。

それが急に父だと言うお貴族様がアイシャを迎えに来たのだ。なんでも、今まで母だと思っていた人は父に世話を頼まれていただけで、アイシャの本当の母はアイシャを産んだ時に亡くなったらしい。

それがもしかしたら父の奥さんの仕業かもしれないという事で、今までアイシャを隠して育てていたらしい。しかしその脅威はなくなったから父と暮らそうと言われ、あれよあれよという間に立派なお屋敷に連れていかれ、お姫様のように綺麗なドレスを着せてもらった。

今まで食べた事のない程美味しい食事に、絵本の中でしか見たことがないようなドレス。今までやってきた家事はすべて免除で、令嬢としての簡単な教育だけ受けさせられる。そして真実の愛を描いた美しい絵本を何冊も読んだ。


そんな夢のような生活をしばらく送り、ある日父が連れてきたのがフェールだった。


『この方がお前の真実の愛のお相手だよ』


父にそう言われ、整った顔立ちのフェールに優しく接され、アイシャはあっという間に恋に落ちた。

フェールもアイシャに愛を告げてくれて、二人一緒に幸せになるはずだったのだ。


それなのに、何故障害物でしかないはずのデザイアはこんな憐れんだ顔をするのだろうか。


「いいですか、アイシャ様。我が国では真実の愛の相手とは、……妾のことです」


「め、かけ……?」


「えぇ、お妾です。結婚は政略上必要な相手とし、囲った女と恋を楽しむ。そういった現実を覆い隠す綺麗事こそが、真実の愛ですのよ」


呆然とするアイシャに、デザイアはいっそ優しい口調で真実を告げた。


「当然、もし子どもを産んだとしてもフェール様の子とは認められません。過去に家督騒動になったことがあり、正式に婚姻している夫婦の子以外はすべて継承権は持てず、平民として扱われます。……まぁ、容姿の優れた女児であれば上級層への貢物として育てることはあるそうですが」


「みつぎもの?」


「はい。真実の愛を求める殿方は多いですが、まともな教育を受けた令嬢であればなりたがるはずありませんもの。ですので美しい娘を捧げ、代わりに便宜を図ってもらおうと考える者もおりますのよ」


アイシャは息をのんだ。

話の流れ的に、その貢物は紛れもなく自分のことだとわかってしまった。


「だ、大丈夫だぞアイシャ。俺達の間には真実の愛があるのだ。正式な妻になるのはデザイアだが、アイシャにも何不自由ない生活をさせてやるからな。安心してくれ」


フェールの言葉に、アイシャは少しだけ落ち着きを取り戻す。

そうだ、考えようによっては悪くない生活かもしれない。妻としての仕事は全てデザイアにやってもらい、アイシャはフェールと仲睦まじく過ごせばいいのだ。

少し考えてみれば、そちらの方がいいかもしれない。難しくて面倒なことはやらずに、のんびり過ごすだけでいいのだから。


「そ、そうですね。フェール様と結婚出来ないのはとっても残念ですが、おそばに居れるのでしたらそれで我慢します」


「そう、よろしいのですね?」


「はい! わたしはフェール様と一緒にいたいです!!」


「アイシャ……」


感動したようにアイシャを見つめるフェールと、そんなフェールを熱っぽく見つめるアイシャ。

そんな二人を見て、デザイアは薄くため息をついた。

アイシャが自らその道を選ぶならいいだろう。一生日陰者でいるより、平民でも誠実な男を見つけた方がよっぽどいいとは思うがまぁ人それぞれだ。


デザイアは自分の利益だけはしっかり確保するため、意識を切り替えた。



デザイアはフェールと取り決めた内容を確認し、一つ頷いた。

子どもが生まれなかった時やフェールやデザイアが早逝した時の対処等、思いつく限りの内容をすべて話し合い、デザイアに納得のいく形に収められたと思う。

話し合いが長引いたせいか、アイシャは退屈してウトウトしている。その様子を見て、デザイアは少し良心が咎めた。

思いのほかアイシャは大人しかった。デザイアとフェールの話し合いに口を挟む様子もなく、茶菓子を嬉しそうに食べ、理解できない話に早々に飽きた様子でドレスの裾をぼんやりと眺めていた。その姿は思いのほか稚く、無垢な少女に見えてしまったのだ。


このままいくと間違いなくアイシャは不幸になる。

フェールとの取り決めはもう終わっているのだし、デザイアは少しだけ助け舟を出すことにした。


「ねぇアイシャ様、何故真実の愛がこのような形になったかはご存じ?」


「ふぁ!?」


居眠りしていたところに突如話しかけられ、アイシャは飛び起きた。

そんなアイシャにデザイアは淡々と質問を繰り返す。

何を言い出すんだとばかりに睨みつけるフェールのことは完全に無視していた。


「デザイア、どういうつもりだ?」


「アイシャ様の気持ちを確認したいだけですわ。先程危害を加えるのでなければ私からアイシャ様への接触を認めると決めたばかりでしょう? この話はアイシャ様の不利益にはなりません。黙っていてくださる?」


「ぐ……」


二人の様子に嫌な予感を覚えたアイシャは、真剣な顔をしてデザイアに向き直った。


「私は何も知りません。真実の愛は素晴らしいものだとしか教わってないです」


「アイシャ!」


「フェール様、二度目です。静かに出来ないなら先にお帰りくださいな。次はございません」


デザイアにぴしゃりと跳ねのけられたフェールは渋々黙った。

それを確認してデザイアはアイシャに視線を戻す。


「ではお教えいたしましょう。その上で今後の身の振り方を考えたらよろしいわ」


アイシャはごくりと唾を呑んだ。きっと自分がどうなるかが決まる重要な話だと聞く前からわかる。

真面目に聞く姿勢になったアイシャを、デザイアは感情の読めない目で見つめた。


「昔、それはそれは可愛らしい少女がいたそうです。身分こそ男爵家と低いものの、その容姿と親しみやすい性格を武器にして高位貴族の子息達を次々と夢中にさせていったそうですわ。中には王族もいたとか。……しかし、そんな高位貴族の方達にお相手がいないわけがありません。全員その身分に相応しい婚約者がおりました」


当然の話だ。

国を背負って立つ人物達に相応しい相手を幼少期から見繕っているに決まっている。

アイシャが納得したのに気付いたのかいないのか、デザイアは淡々と話を続ける。


「婚約者の方達はお相手の令嬢にその振る舞いに対し忠告はされたそうですが、むしろそれさえ燃料にしてお相手と益々恋心を燃え上がらせたそうですわ。なんでも、これは真実の愛だと声高に宣言されたとか。令嬢方も呆れ返って放っておいたそうです。……そうして、そのまま子息とご令嬢方は結婚しました」


「え」


「当然でしょう? 婚約は家と家との約束事。恋なんて不確かなもので左右されるはずございません。いくら心は真実の愛のお相手に捧げていても、流石に婚約破棄までする程の愚か者はいなかったのですわね」


さて、と言ってデザイアはアイシャをひたと見つめた。


「真実の愛のお相手は、どうなったと思います?」


「……それは、皆結婚しちゃったんだから、自分も誰かと結婚したんじゃないんですか?」


「それならよろしかったのですけどね。節操なく複数のお相手と恋を楽しむご令嬢、しかも相手は高位貴族ばかり。下手に関わって敵に回すと恐ろしい方々と関係が深く、本人がその状況のどれ程不味いのかわかっていない。そんな方と結婚しようとする方がいると思いますか?」


「…………いいえ」


「まぁ当然ですわね。誰も大火事の中とわかって飛び込んでいきませんわ。そのご令嬢は『真実の愛』の名の下に、結婚せず恋人である子息達に囲われたそうです。実質は妾、ですわね。王族が率先してそのようなことをしたので、それから皆『真実の愛』といって妾を囲うようになったそうですわ。文句を言った方もいらっしゃったそうですが、王族がしていることですもの。それを引き合いに出されたらもう何も言えません。そして真実の愛として恋人を作り囲うことが流行り……そして、大問題が発生しました」


デザイアはそこまで言うと、一旦お茶を飲み口を湿らせた。

不安そうにしながらも、アイシャは口を挟まない。大人しく話の続きを待つアイシャに、デザイアは満足した。これなら話す甲斐があるというものだ。


「最初はよかったのでしょうね。妾でもお相手から愛され、何不自由なく暮らせたのでしょう。ですが、当然その生活はお相手からの愛のみで成り立っております。真実の愛が永遠に続けばよろしかったのですけどね」


デザイアがちらりとアイシャの顔を見れば、状況が理解できてきたのか、顔色が悪かった。

フェールは苛立たしそうにデザイアを睨んでいる。真実の愛の名の下に好き勝手出来る女が知恵をつけるのが嫌なのだろう。だがそれはデザイアの知ったことではない。


「上級層の生活は中々忙しいものです。当主にでもなればなおさら。日々の生活に追われ、妻子との交流をし、多量の仕事をこなす。そんな中で妾にかけられる時間はどんどん無くなり……多忙の中時間を作って会いに行っても、箱庭に囲われたせいで成長せず若い頃と同じように振舞い甘える妾にどんどん愛が冷めたのでしょう。まず最初に囲われた男爵令嬢が全員に捨てられ、それに習うように真実の愛と嘯いた方々が次々と妾を捨てたそうですわ」


アイシャはひゅっと鋭く息を呑んだ。

思わずフェールに目を向けるが、気まずそうに目を背けられ、それが本当にあった話だと悟る。


「そ、その人達はどうなったんですか?」


「そこまでは知りませんわ。ただ、若さを失った令嬢の行く末ですもの。よほど運が良くなければあまり楽しいことにはならないかとは思います。実際に当時は大混乱だったと聞きますもの」


「そんな……」


「しかし真実の愛という大義名分で妾を囲うのは殿方にとってよほど都合が良かったらしく、未だにその風習だけ残っているのです。ですので令嬢達は真実の愛という言葉に騙されないよう、このことを何回も習うのですわ」


「……」


「さて、私からのお話はこれで終わりですわ。アイシャ様、お時間いただきありがとうございました。フェール様もお話はこれだけですわね? それでは、私疲れてしまいましたのでお引き取りをお願いできますか?」


蝋のように顔色を無くしたアイシャと不機嫌そうに睨みつけるフェールを笑顔で退け、デザイアは契約書を大事に抱えて自室に戻った。

これさえあればデザイアの地位は約束されている。忠告はしたのだから、アイシャがどういう決断をしようともうデザイアにとってはどうでもいいことだ。


その後フェールに嫁いだデザイアは双子の男の子を出産する。

契約書に従いもう夜伽をする気のないデザイアにアイシャに逃げられたフェールは抗議したが、契約書を盾にされあえなく敗れた。

その後デザイアがフェールを愛するわけもなく、寂しく生涯を終えることとなる。

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真実の愛とは 甘いもの大好き @amaimonodaisuki

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