半信半疑―お蔵入りになったドキュメンタリー資料
座間あぜん
テレビ『昼ナビdeショー!』
スタジオはいつも通りの明るい照明に包まれている。司会席の前には大型モニターが並び、テーブルの上には資料の束と紙コップの水。何気ない昼の情報番組だ。番組名は『昼ナビdeショー!』軽快なジングルが流れ、画面右下にはカラフルな番組ロゴ。深刻なニュースから芸能、街ネタまでを一通り扱う、お笑い色強めのワイドショーである。何気なく、その日も昼飯を食べながら見ていた。
司会のヒロシは手元のカンペに軽く目を落とし、顔を上げる。口元にはいつもの進行用の笑みが浮かんでいる。昼の情報番組を長年任されている、安定感重視の40代バラエティタレント。派手なツッコミや毒舌で笑いを取るタイプではなく、場の空気が荒れそうなときに自然とブレーキをかける役回りが多い。発言は基本的に「まとめ役」「交通整理役」に徹しており、自分の意見を前面に出すことは少ない。
司会(ヒロシ):
「続いてはこちらです。街に突然現れる、正体不明のスプレーアートが話題になっています」
その言葉に合わせて、スタジオ正面の大型モニターが切り替わる。画面右上に〈話題〉のテロップ。軽い効果音が入り、テレビ画面いっぱいにVTRが映し出される。スタジオの音は一段下がり、ナレーションの声だけが静かに流れ始める。ここから、街の映像へと切り替わっていく。
・スマホ充電中の天使
古い商店街の一角。シャッター街と呼ばれて久しい場所だ。人の気配は薄く、昼間でもどこか夕方のような陰りがある。何年も開いていない店のシャッターは下りたまま。塗装は剥がれ、赤茶けたサビが雨筋のように流れ落ちている。指で押したらへこみそうな金属の凹凸。その凹凸を、そのまま生かすように、黒一色の絵が描かれている。羽の生えた天使の子ども。地面に座り込み、膝を抱えるような姿勢でスマートフォンを見つめている。画面に集中する横顔は、どこか無表情だ。背中の羽はまだ小さく、力なく垂れている。頭上にあるはずの天使の輪はなく、シャッターの下部、足元に転がっている。
・掃除する兵士
とある田舎の駅前。列車は一時間に一本あるかないかで、昼過ぎになると人影はほとんど消える。駅舎の自動ドアは開閉を繰り返すが、乗り降りする客はいない。道の脇に続く、くすんだコンクリートの壁。その中央に、一枚の絵が描かれている。迷彩服を着た兵士だ。体格はがっしりしているが、立ち姿はどこか機械的で、感情が読み取れない。ヘルメットの影に覆われて、顔の表情は意図的に省かれている。目があるのかどうかさえ分からない。兵士の手にあるのは、銃ではない。長い柄のモップだ。兵士は腰を落とし、モップを前後に動かしている。足元には血痕が広がっている。乾きかけた赤黒い跡が、地面にこびりついている。
・人間を散歩させる犬
再開発予定地を囲う、真新しい白い仮囲い。工事の進捗を示す案内板と、完成予想図だけが貼られ、実際にはまだ更地のままの区画だ。その白い壁のすみに、奇妙な散歩の場面が描かれている。小型犬が二足で直立し、胸を張って歩いている。毛並みは丁寧に描き込まれ、耳はピンと立ち、口元はわずかに吊り上がっている。勝ち誇ったような表情だ。前足には革製のリードが巻き付けられ、その先をしっかりと握っている。リードの先にいるのは人間だ。濃い色のスーツに革靴。だが姿勢は四つん這いで、背中は丸まり、膝と手を地面につけている。ネクタイはだらりと垂れ、首元のシャツは少しはだけている。顔は伏せられ、表情は見えない。
・ガラスケースの中の赤ちゃん
閉店したペットショップの壁面。看板の文字は色褪せ、内側には段ボールが積まれたままになっている。かつてショーウィンドウだった場所に、ガラスケースが描かれている。ケースは四角く、透明感のある線で表現され、中にいるのは犬でも猫でもない。人間の赤ちゃんだ。赤ちゃんは丸めた毛布の上に横たわり、膝を軽く曲げ、指を握りしめている。眠っているのか、それともただ目を閉じているだけなのかは分からない。口元はわずかに開き、呼吸の気配さえ感じられるほど無防備だ。頬は柔らかく、光を受けて淡く膨らんで見える。ケースの隅には値札が貼られている。手書き風の文字で、「セール ¥88,000」。状況と値札が、不気味さを際立たせる。
・天秤を持つ目隠しの女神
裁判所の建物からほど近い歩道橋。その太いコンクリートの柱に、ひっそりと描かれている。スーツ姿の人々が足早に行き交い、誰も立ち止まらない場所だ。そこに立つのは、天秤を掲げた正義の女神。目は布で固く覆われ、結び目は後頭部で処理されている。女神の左手に掲げられた天秤。その片側には、小さな人間が座らされている。成人なのか子どもなのか判別がつかないほど簡略化された姿で、膝を抱え身を縮めている。反対側には、分厚い札束が何段にも積み上げられている。紙幣の縁が揃い、無機質な重さだけが強調されている。天秤は大きく傾き、札束の側が下がっている。重さの差は明らかだが、調整しようとする気配はない。
・自転車のペダルを漕ぐ少年
駅のホーム端。立入禁止ラインの内側。誰も近づかないその場所で、消えたままの非常灯の下に、一人の少年が描かれている。年齢は十代前半だろうか。体は細く、少し大きめの服を着ている。顔には必死さが浮かび、眉は寄り、口は固く結ばれている。少年はその場に固定された自転車に乗り、全力でペダルを漕いでいる。太ももに力が入り、靴底がペダルを強く踏み込むたび、発電機が唸るように回っているのが想像できる。発電機からは一本のコードが伸びている。だがその先は、途中で宙に浮いたまま、非常灯にはつながっていない。プラグは差し込み口を探すように揺れているが、行き場がない。コードが外れていることには、気づいていないのだろうか。
・政治家の握手
国会へ続く裏道の、コンクリートの壁。昼間でも直射日光が入りにくく、薄く伸びた影が長く残る場所だ。そこに描かれているのは、二人の政治家が笑顔で固く握手を交わす場面。濃紺のスーツに、光沢のあるネクタイ。歯を見せた笑顔は左右対称で、目尻の皺まで計算されたように整っている。遠目には、そのまま選挙ポスターとして貼り出されていても違和感がない。だが足元に目を落とすと、異変がある。その影の中で、握手しているはずの腕はほどけ、影の手にはそれぞれ短いナイフが握られている。刃先は互いの喉元へ、寸分の狂いもなく突きつけられている。影の顔は歪み、口元は笑っていない。むしろ歯を食いしばり、今にも踏み込もうとする緊張が伝わってくる。
・返却不可を示す医師
産婦人科の建物の脇。正面入口からは少し外れた場所に「関係者以外立入禁止」と書かれた小さな看板が掛けられている。フォントは事務的で、色も目立たない。その看板のすぐ下、壁の低い位置に最後の絵が描かれている。カウンター越しに立つ産婦人科医。両腕は胸の前で交差し、両手で大きなバツを作っている。その仕草は感情を伴わない、規則通りの拒否だ。医師の向かいには、大人の人間が立っている。スーツなのか私服なのか判別できない曖昧な服装で、背中はわずかに丸まっている。両手で小さな箱を差し出し、その箱を支える指先には力が入っている。箱は簡素で、側面には黒い文字で「HUMAN」とだけ書かれている。
ナレーションは一枚一枚のアートについて、描かれている場所とモチーフだけを簡潔に伝え、意味や意図には踏み込まない。評価も断定もせず、ただ事実として映像をなぞっていった。こうしたスプレーアートは、特定の地域に限らず日本各地で確認されているという。駅前、商店街、再開発予定地、公共施設の周辺――いずれも日常の中に溶け込む場所ばかりだ。確認されている数はすでに100点を超えているとされる。
作者の正体や目的は分かっていない。複数人によるものなのか、同一人物なのかも不明だ。いずれの作品にも共通して、同じマークが描き添えられていることだけが、特徴として挙げられる。最後に、壁の一角に残されたそのマークが、アップで映し出される。音楽は入らず、環境音だけが流れる。
◆◆◆
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=◎=〇=
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◇
司会のヒロシはモニターに映る不思議なマークを一度見上げてから、カメラ正面に視線を戻す。スタジオには、どこか掴みどころのない話題特有の、ふわっとした空気が漂っている。笑っていいのか、真面目に受け止めるべきなのか、誰も決めきれずにいる。
司会(ヒロシ):
「SNSでは、“マークが少し怖いけど、見つけたら写真を撮ってしまう”という声もあるようです」
早坂は、モニターに視線を残したまま、ゆっくりと顎に手を当てる。すぐに答えを出す気配はない。考えているようでもあり、考えているふりをしているようでもある。早坂は、芸人としてのバックグラウンドを色濃く残したコメンテーターだ。舞台で鍛えた言語感覚と、瞬時に空気を読む嗅覚。その両方を持っている。発言は一見、思いつきのように聞こえるが、どこまで言えば笑いになるか、どこから先が炎上かをほとんど反射的に計算している。
早坂:
「ちょっと宗教チックなシンボルにも見えなくもないですけど、要するにサインみたいなものでしょ。名前代わりというか。こういう面長な感じの顔をしてる人なんじゃないんですか?」
言い切る直前に、ほんの一瞬だけ間を置く。冗談とも本気とも取れる、その曖昧さをあえて残したまま口にする。スタジオの空気を探りつつ、少しだけ踏み込む、早坂らしい投げ方だ。スタジオに小さな笑いが起きる。想像で人を決めつけているようで、どこか笑って流せる。その絶妙なラインに、司会(ヒロシ)がすかさず反応する。
司会(ヒロシ):
「確かに言われてみれば顔にも見えますね。面長……想像で決めつけるのやめてもらってもいいですか」
早坂は、咎められたというより狙い通り拾われたことに満足して肩をすくめる。手のひらを軽く振り、「違いますよ」という逃げ道を作る。
早坂:
「いや、正体不明なりにヒントを出してくださっているということでしょ多分」
言葉を少し柔らかくし、後から意味を薄める。だが完全には引かない。あくまで考え方の一つとして、話題の中心に自分の見方を置く。その立ち回りは、長くテレビに出てきた人間のそれなりに洗練された処世術でもある。
ヒロシは手元の資料に一度だけ視線を落とす。数字を確認する仕草は、話題を少し現実側に引き戻すための合図でもある。
司会(ヒロシ):
「でもこれ、一人でやってるとも限らないですから。今見つかってるだけでも112あるらしいです。ここ数年で」
数字が出た瞬間、スタジオの空気がほんの少しだけ引き締まる。「よくある面白ニュース」から、「継続的な現象」へと格上げされる。早坂は、その変化を察したように軽く息を吐く。「うん」と短く相槌を打ち、あえて深刻になりすぎない方向へ舵を切る。
早坂:
「でもやり方として上手いですよね。絶対に話題になるじゃないですか。なんか社会に対するメッセージを問いかけてるし、不思議なマークを残して正体を隠すっていう。人って説明がない方が関心が引かれるから、見る側が勝手に意味を考えてしまうでしょ。絵も上手だし、家の壁に描いてもらったら?」
最後の一言で、話題を一気に自分ごとへ引き寄せる。評価と冗談を混ぜ、重くなりかけた空気を、半歩だけ浮かせるのが早坂の癖だ。ヒロシは、間髪入れずに首を横に振る。笑いながらも、芸能界における上下関係の線は越えない。
司会(ヒロシ):
「僕の家にですか? ちょっと遠慮させてもらいます。僕はいいんですけど、妻が怒ると思うので。なんかスポットになっても困るし」
早坂:
「あぁそう」
短い返事には、否定された悔しさよりも、「まぁそう言うよね」という納得が滲む。深追いはしない。ここで食い下がると、笑いが消えることを分かっている。その隙間に、星野ひかりが身を乗り出す。彼女はタレント兼インフルエンサーという肩書を持つ。この話題のために呼ばれたような枠だろう。スタジオでは最年少の20歳で、発言の重さや正しさよりも、「どう感じたか」「どう見えるか」を率直に言葉にする役回りを担っている。
星野 ひかり:
「でも今これだけ話題になってるから、資産価値とかは逆に上がったりするんじゃないんですか?」
「お金」という単語が、この話題の別の顔を露わにする。ヒロシは、少しだけ目を細め星野を見る。
司会(ヒロシ):
「それは、描いてほしいってこと?」
星野は、はっとしたように手を振る。
星野 ひかり:
「いや、私は賃貸なのであれなんですけど」
司会(ヒロシ):
「賃貸なんかい」
スタジオから小さな笑いが漏れる。分かっていたような回答に軽くツッコミを入れつつ、ヒロシは話を次へ進める。
司会(ヒロシ):
「これは岩田先生、法律的にはどうなんですか?」
ここでようやく、番組は「判断」へと足を踏み入れる。笑って見ていた視聴者にも「じゃあ、これってアリなの?」という問いが、静かに投げ返される。弁護士の岩田は、年齢は40代後半。肩書きは弁護士だが、いわゆるテレビ慣れしたコメンテーター弁護士。スーツは無難で、色も形も主張しない。言葉遣いも丁寧で、声のトーンは常に一定。感情を乗せないこと自体が、彼のスタイルだ。背筋を正したまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。スタジオの笑いが一段落し、「専門家の時間」に切り替わる瞬間だ。
弁護士(岩田):
「原則として、無断で壁やシャッターに描けば『器物損壊罪』に該当する可能性が高いです。芸術性やメッセージ性があっても、違法性が消えることはありません。もちろん憲法21条、表現の自由はあるんですけれども、しかしそれが他人の財産権を侵害してまで認められるかというと、そうではありません。表現の自由は、免罪符にはなりませんから」
誰もがうすうす分かっていた結論が、専門家の言葉として、はっきりと形を持って示される。ヒロシは、空気をやわらげつつ視聴者の代わりにあえて単純化する。
司会(ヒロシ):
「じゃあ、ダメってことですね?」
岩田は即答せず、一拍だけ置く。
弁護士(岩田):
「ただ、被害届が出なければ事件化しないので。所有者が『まあいいか』とか、『消さなくていい』という場合は、不問になるケースも多いですね」
白黒ではないグレーな現実。スタジオの面々も、どこか腑に落ちたような表情を浮かべる。ヒロシは軽くうなずき、場をまとめにかかる。
司会(ヒロシ):
「なるほど。よい子の皆さんは真似しないように、ということで。本人も違法なのは分かったうえでやってるってことなんですかね」
ここで、早坂へと話を振る。早坂なりの考え方を提示するのが、この番組の趣旨でもある。正論に対してどう切り込むのか、視聴者は無意識にそこを楽しんでいた。法律の話を真正面から受け止めるより、少し斜めにずらして語るのが早坂のいつものやり方だ。
早坂:
「どう……まぁ、あれが美術館にあったら、たぶん今ほど話題にはなってないでしょうから。商店街のサビたシャッターとか、駅前の裏道とか、誰も期待してない場所にあるから注目を集めてるっていう。でも法律的にはアウトということで、まだ絵が上手いのが救いというか」
評価と断罪を同時に置く、危ういバランス。
司会(ヒロシ):
「まぁまぁまぁまぁ」
とヒロシは司会者として相槌をうちながら、次に続く早坂の話を繋ぐ。
早坂:
「これがへったくそな絵だったら、目も当てられないでしょ。隣の部屋がプロのソプラノ歌手だったとして、歌われてもそんなに嫌じゃないでしょ。むしろただで聞けて得したなーって思うけど、売れないバンドマンだったら地獄ですよ」
スタジオに笑いが戻る。重くなりすぎた議論を例え話でほどいていく。ヒロシはその流れに乗りつつ、最後に一刺して笑いの増幅へとかかる。
司会(ヒロシ):
「なるほど、そういう考え方もありますね。ちなみに早坂さんの家の壁にスプレーアートは?」
早坂:
「ブチ切れますね。アハハハハハ!」
早坂は即答し、その正直さにスタジオは再び笑いに包まれた。ヒロシは笑いを引きずりつつ、星野の方を見る。
司会(ヒロシ):
「え、星野さんは、この人のアートの追っかけをしてるの?」
話題が振られた瞬間、星野ひかりの表情が一気に明るくなる。待ってました、と言わんばかりに背筋を伸ばす。
星野 ひかり:
「そうなんですよ。めっちゃファンで、日本全国、写真撮りに行ってます!」
スタジオの年長組が一瞬だけ目を丸くする。趣味の域を一段超え、本気のテンションであることに興味を示している。星野は勢いづいたまま、言葉を重ねる。
星野 ひかり:
「だから、さっきのVTRのも全部写真撮りに行きましたし。いつかお会いして、あれの絵はどういう意図で描かれたんですかって、対談するのが夢なんです」
対談という言葉が出た瞬間、スタジオの空気がわずかに揺れる。ヒロシは、思わず苦笑いを浮かべる。
司会(ヒロシ):
「対談……そっとしてあげといてもらっていいですか。たぶん、そんな目立ちたい人じゃないと思うんですよ」
ファン心理と番組側の距離感。そのズレを冗談めかしながらも、はっきり強調して観覧席の笑いを誘う。星野は納得がいかないという顔で目を見開く。
星野 ひかり:
「ええ!? でもほんとに、めちゃくちゃファンなんですよ」
その率直さに、スタジオから小さな笑いが起きる。ヒロシは少しだけ声を落とし、落ち着かせるように続ける。
司会(ヒロシ):
「お名前も隠してらっしゃるし」
星野は口を閉じ、少し考えるような表情になったかと思うと、思い出したかのように口を開く。
星野 ひかり:
「あ、名前は一応、路傍(ろぼう)さんって呼ばれてます。SNSでは」
スタジオの空気が、わずかにざわつく。ヒロシは、その響きを口の中で転がすように、聞き返す。
司会(ヒロシ):
「ろぼうさん? 漢字は?」
星野は指で空中に文字を書くような仕草をしながら説明する。
星野 ひかり:
「えーと、みち? 路肩の路に、そばにいるの傍ら。で、路傍(ろぼう)」
なるほど、というように何人かが小さくうなずく。意味を知ると、名前が急に詩的に聞こえてくる。
司会(ヒロシ):
「なんでそう呼ばれてるの?」
星野は首をかしげ、曖昧な笑みを浮かべる。
星野 ひかり:
「由来はちゃんとは分かんないんですけど……なんか道のかたわらで、ふと見つけることが多いからじゃないかって言われてます。それで多分、誰かが路傍(ろぼう)って言い始めて、浸透したと思います。名前がないと、毎回説明しないとじゃないですか」
深い理由があるわけではない。その軽さが、いかにもネット的だ。早坂は、一瞬できた間を逃さず口を挟む。少し意地悪で、少し笑いを狙ったトーンだ。
早坂:
「確かにね。にしても路傍(ろぼう)て。ちょっとドロボウに音が似てるから、可哀そうな気もするけど。そうでもないですか?」
スタジオに、くすっとした笑いが広がる。言われてみれば、確かに一瞬よぎる音だ。だが星野は即座に否定する。
星野 ひかり:
「えー、たぶんそう思ってるの、早坂さんだけですよ」
早坂は、納得していない顔でヒロシを見る。
早坂:
「そう? 結構な人がよぎったと思うけど……ちょっと路傍(ろぼう)さんご本人にも聞いてみたいな」
その瞬間、ヒロシが割って入る。
司会(ヒロシ):
「いや二人とも、路傍(ろぼう)さんとすぐ関わろうとしますね」
笑いながらの指摘に、早坂は慌てて手を振る。
早坂:
「違う違う、そういうわけじゃない。ネット民が勝手に言い出した名前がSNSで浸透して、本人がどう思ってるか分かりませんから。もしかしたら、『ドロボウに音似てんじゃねぇか』って思ってるかもしれないですしね。ということで、路傍(ろぼう)さんの新しい名前を募集します」
司会(ヒロシ):
「勝手に募集しないでください」
即座にきっぱりと止める。
司会(ヒロシ):
「早坂さんがそういうこと言うと、ほんとに局にハガキ送ってくる人とか、電話かけてくる人がいるんですよ。みなさん、募集してませんから」
笑いを交えつつ、この話題を締めにかかる。
司会(ヒロシ):
「ひとまず今後も路傍(ろぼう)さんでお願いします。今後も新たな作品が見つかるのか、注目が集まっています」
モニターには、あの不思議なマークが再び映し出される。名前が知り渡ったことで、存在は少しだけ輪郭を持った気がした。だが正体は、相変わらず霧の中だ。その曖昧さこそが、この話題を今日も人に語らせる理由なのだろう。テレビはCMへと切り替わった。だが俺は、妙な引っ掛かりを覚えていた。路傍のマークは初めて見たはずなのに、もっと以前から知っているような気がしたからだ。
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