第4章「心の壁」
優雅との距離が少しずつ縮まり、心地よい日々が続いていた。しかし、澪の心の中には、どうしても消せない不安があった。それは、優雅の抱える秘密の影響だけではなく、澪自身の未熟さや、自分に自信が持てない気持ちから来るものだった。
放課後、澪は教室で一人、ノートに向かっていたが、心ここにあらずだった。優雅と過ごす時間は楽しいはずなのに、どうしても胸の奥でざわつく感情が消えない。
「……なんでだろう。」
自分の気持ちに向き合おうとしても、思いがけず不安が溢れてくる。優雅ともっと近づきたいと思う反面、心のどこかで彼に拒まれることを恐れている自分がいる。
その時、教室の扉が開き、優雅が入ってきた。いつも通りの落ち着いた顔立ちだが、どこか考え事をしているような様子。
「澪、まだここにいたのか。」
その声に澪はハッと顔を上げた。少し緊張している自分に気づき、自然と視線を逸らす。
「え、ああ…うん、ちょっと残ってただけ。」
澪は答えながら、手元のノートをぎゅっと握りしめた。
優雅は少しだけ眉をひそめ、机の横に立った。
「…何を考えてるんだ?」
その問いに、澪は一瞬答えに詰まった。優雅の目は真剣で、どこか鋭く澪の心を見透かそうとしているように感じられた。
「べ、別に…」澪は言葉を濁すが、声が少し震えているのに気づく。
優雅は軽く息をつき、机に手をついた。
「澪、僕には隠し事をしないでほしい。君の気持ちも、考えていることも、全部知りたい。」
その言葉に、澪の胸はぎゅっと締め付けられた。嬉しいはずなのに、同時に怖さもあった。優雅に本心を見せることで、拒絶されるのではないかという恐怖。
「そ、そんな簡単に言われても…」澪は小さな声で言った。「僕、自分の気持ちを整理できてないんだ。」
優雅は一歩近づき、澪の視線をじっと受け止める。
「無理に整理しなくていい。時間はかかるかもしれないけど、僕は待てる。」
その言葉に、澪は少しだけ安心しつつも、心の奥にある壁が簡単には消えないことを感じた。彼に心を開きたい、でも怖い――その感情が入り混じり、複雑な気持ちで胸がいっぱいになる。
「…でも、優雅はどうしてそんなに僕に優しいんだろう。」澪は小さくつぶやいた。
優雅は軽く肩をすくめ、少しだけ笑った。
「澪が困っている顔を見ると、ほっとけないんだよ。君のこと、大事に思ってるから。」
その一言に、澪の胸は一瞬で熱くなった。大事に思われている。言葉だけでなく、その視線や態度からも伝わってくる優雅の気持ちに、澪は素直に喜びを感じた。しかし同時に、自分の心の壁がまだ厚く、全部を受け入れられない自分に苛立ちを覚える。
「…分かった。でも、すぐには心を開けないかもしれない。ごめん。」澪は小さく頭を下げた。
優雅はしばらく澪を見つめ、やがて微笑んだ。
「構わないよ。焦る必要はない。僕たちは、少しずつ歩いていけばいいんだから。」
その言葉に、澪は小さく頷く。心の中の不安は完全には消えないが、優雅がそばに
放課後の帰り道、澪はいつも通り優雅と一緒に歩いていた。しかし、今日はどこかぎこちない沈黙が二人の間に流れていた。澪の心の中には、まだ完全に開けていない感情の壁があった。
「ねえ、澪。」優雅が静かに声をかけた。
「ん?」澪は少し緊張しながら答える。
「さっきのことだけど…無理に心を開く必要はない。僕は、君のペースに合わせるつもりだよ。」
その言葉に澪は少し胸を打たれた。優雅の言葉はいつもそうだ。穏やかで、でも確実に心に届く力がある。けれど、澪の中の不安や臆病さは、簡単には消えない。
「でも…僕、自分でも分からなくなるんだ。優雅といると楽しいのに、同時に怖い気持ちも出てきて。」澪は正直に打ち明けた。
優雅は足を止め、澪の目をじっと見つめる。その視線は優しく、でも真剣で、澪の胸にまっすぐ届いた。
「怖いのは当然だよ。誰でも、自分の気持ちに素直になるのは怖いんだから。」優雅はそう言うと、少しだけ笑みを浮かべた。「でも、僕は君のことを信じてるし、君が僕に心を開いてくれるのを待ってる。」
澪はその言葉に、心の中で小さく震えるものを感じた。信じてもらえるということは、嬉しい。でも、それと同時に、自分の弱さや不安も見透かされているような気がして、ますます胸が苦しくなる。
「信じてもらえるって言われると…嬉しいんだけど、怖いんだ。全部見せて、拒まれたらどうしようって。」澪は小さな声でつぶやく。
優雅は澪の肩に軽く手を置き、静かに言った。
「拒むなんてことは絶対にない。澪が怖いなら、僕はそれを尊重する。無理に見せなくてもいいんだ。」
その言葉に、澪は少しほっとした。優雅が焦らせるのではなく、澪のペースに合わせてくれている。心の中の壁が完全に消えるわけではないが、少しずつその壁に亀裂が入る感覚を覚えた。
「ありがとう…優雅。」澪は小さく頷き、初めて少しだけ素直な気持ちを口にできた。
優雅は笑みを浮かべ、澪の言葉を静かに受け止めた。「うん、それでいいんだよ。澪が少しずつでも歩み寄ってくれれば、それだけで僕は嬉しい。」
その後、二人は再び歩き出す。沈黙の中でも、どこか安心感があった。互いの存在を確かめ合うような時間。それは、言葉以上に心に響くものだった。
澪は思った。心の壁はまだある。けれど、その壁を一人で抱え込む必要はない。優雅がそばにいる限り、少しずつその壁を乗り越えていける――そう感じられた。
そして、その夜、澪は一人で布団に入りながらも、心の中でそっとつぶやく。
「優雅がいてくれるなら、怖くても…前に進めるかもしれない。」
この中編では、澪の心の壁と不安が描かれつつ、優雅の寄り添う姿勢で少しずつ二人の信頼関係が深まっていく様子を描きました。後編では、この壁を乗り越えるきっかけや、さらに親密なやり取りが描かれる展開が期待できます。
翌日の放課後、澪は少し勇気を振り絞って、いつもより早めに教室に向かった。心の中では、優雅に少しでも自分の気持ちを伝えたいという思いがあった。けれど、同時に怖さもあった。もし拒まれたら、どうしよう――その不安が、胸を重く締めつける。
教室の扉を開けると、そこにはすでに優雅が机に向かって座っていた。優雅はちらりと澪に目を向け、柔らかく微笑む。
「来たんだね。」
その笑顔に、澪は一瞬心が和らぐ。怖いけれど、やっぱり優雅の前では素直になりたい――そう思った。
「うん…あの、昨日のこと、少し考えてみたんだ。」澪はゆっくりと口を開く。「僕、自分の心の壁をちゃんと見せられるように、少しずつでも頑張ってみようと思う。」
優雅は目を細めて、静かに頷いた。「それでいいんだよ、澪。無理に全部を見せる必要はない。少しずつでいい。」
澪は胸の奥にあった不安が、少しずつ和らいでいくのを感じた。優雅は自分を急かすのではなく、ただそばにいてくれるだけで十分だ。そう思った瞬間、澪の中の小さな壁が、少しだけ崩れたように感じた。
「ありがとう、優雅…僕、少しずつだけど、心を開いていくから。」澪の声はまだ少し震えていたが、真剣な思いが込められていた。
優雅は微笑みながら、そっと手を差し出した。「じゃあ、一緒に進もう。君のペースで。」
澪はその手を見つめ、一瞬ためらったが、やがて静かに握り返す。手の温もりが、心の奥にじんわりと染み渡るようだった。
「うん…一緒に。」
その瞬間、澪の中で胸の奥にあった重い気持ちが、少しずつ軽くなったような感覚があった。心の壁はまだ完全に取り払えたわけではない。でも、優雅がそばにいる限り、少しずつでも乗り越えられる――そう信じられるようになった。
二人はそのまましばらく黙って教室に座っていた。夕陽が窓から差し込み、二人の影を長く伸ばす。沈黙の中に、互いの心が確かに通じ合う感覚があった。
「ねえ、優雅。」澪はそっと口を開く。
「ん?」
「怖がっててもいいんだよね?」
優雅はにっこりと笑い、頷いた。「うん、怖いなら怖がっていい。君の気持ちは、僕がちゃんと受け止めるから。」
その言葉に、澪は自然と微笑むことができた。怖さと不安を抱えたままでも、優雅と一緒なら進める――その実感が、澪の心を大きく支えていた。
放課後の教室に、二人だけの静かな時間が流れる。心の壁は完全には消えていないけれど、その壁を乗り越えるための道が、二人の手によって少しずつ形作られ始めていた。
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