吾輩は虫である。名前はまだない。

葉の上で明るく晴れた空を見ながら、美しい成虫になって空を舞う事を夢見ている。

その為に葉を一生懸命食べる。

ただ食べるだけではなく、枝の上を行ったり来たりと運動する。


最近になって思う事がある。


「毎日、毎日同じ事をしていて、本当に美しい成虫になれるのだろうか。名もない吾輩は空を舞う事を許されるのだろうか。」


吾輩はこんな事を考える様になってから、夢を見続けるのは何とも馬鹿らしい。

成虫になれるのかどうかさえ難しいこの世の中、夢を見て何の意味があるのだろうか

と思う様になった。

それからは、食べたらすぐ横になりまた食べるといった、気の向くままの生活をしていた。


その様な生活をして暫く経った。吾輩は、こんな事を思っていた。


「この生活は、とても気が楽ではあるが何か物足りない。毎日の様に感じていた初々しさのかけらもない。」


しかし、この生活を辞める事は出来なかった。吾輩の体は食べたら眠るという物に変化していたのだ。

吾輩は、とうとう葉から動けなくなった。その状態がとても情けなかった。


一匹の蟻が動けなくなった吾輩を見て、こう言った。

「あそこに、丸々太った美味そうな獲物が居るぞ。皆で運び、食糧にしよう。」

蟻がわらわらと寄ってきて、吾輩の体をつついた。大勢の蟻達が吾輩の体を持ち上げた。その瞬間、吾輩はこのまま死んでしまうのだと悟った。

視界に広がる晴れ渡った空。美しく舞う鳥や蝶達の姿を見て、もっと生きたい、美しくあの空を舞いたいと強く願った。


「吾輩にまだ生きる権利があるのならば、夢を見る権利があるのならば、こんな形で死にたくはない!」


吾輩は、最後の力を振り絞って触角を立てた。後はただ願っていた。


蟻達は一斉に声を上げ、吾輩を置いて逃げていった。


「何だ!このにおいは!あの虫は私達の食糧ではなかったのか!」


吾輩は生きている。生きてこの世に居る。その事を思うだけで嬉しくなった。

どこまでも広い空を舞っていける様な気がした。


吾輩は虫である。名前はまだない。

葉の上で明るく晴れた空を見ながら、美しい成虫になって空を舞う事を夢見ている。

その為に葉を一生懸命食べる。

ただ食べるだけではなく、枝の上を行ったり来たりと運動する。


しかし、それでいいのだ。名がなくとも生きていける。夢を見る事が出来る。

生きてさえいれば、夢を叶える事が出来る。

吾輩の様な虫でも生きるための権利があるのだ。

吾輩は、いつかの夢に向かい、毎日毎日同じ事をして生活している。

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