ジジ抜き
私が小学生のころクラスで変な遊びが流行っていた
その遊びはクラスでも暗めの雰囲気だった子が考案した遊びだった
ルールは一言でいうならジジ抜きではあったのだが
普通と違うところがあり、その遊びではトランプの代わりに参加者の顔写真をつかっていた
※ジジ抜きのルール
トランプから1枚だけ抜いて非公開のままにする
残りを配り、同じ数字2枚のペアは捨てる
順番に隣の人の手札を1枚引く → そろえば捨てるを繰り返す
最後までペアにならない1枚を持っていた人が負け
参加者の顔写真を2枚ずつ用意して、一枚取り除く。
そしてジジになった人が負け。最後までカード持っていた人ではなく「ジジのカードになった人」が負け。
つまりゲームが始まった地点ですでに敗者がきまっており、ゲームを通してじわじわと敗者を確定させていくのだ。
最後まで誰がジジかわからないため自分がジジかもしれないというスリルを楽しんでいたのかもしれない。
当時何度かそのゲームに参加したことがあったが、一度もジジになることはなかった
ジジになったからと言ってなにか罰ゲームがあるわけではなかったがジジになっていた子はパニックになって泣いていたりしていたのを覚えている。
そこから時間がたって大人になり、当時仲の良かった友人数人と久しぶりにあって宅飲みをしようという話になった。
家族の話、仕事の愚痴など話が盛り上がり、いつの間にか話は小学生のころまで遡っていた。
「あの時流行っていたジジ抜き、やってみないか」
私たちの誰かが言った。
顔写真を用意して、シャッフルして、裏側のまま一枚取り除く。
自分の手札を確認してすこしぎょっとする。
自分の手元には顔写真が並んでいる。見つめられているようで気味が悪かった。
手札を引いていき、そろったカードが捨てられていく。
最後に残ったカードは私だった。
思えば当時は異様な遊びが流行っていたと思う。
私がジジになったときのあの気持ち悪さ、選ばれてはいけないものに選ばれてしまった感覚。その感覚が今も胸にねばりついて離れない。
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