桜の精の桜子さん

桜羽 遼

夜桜の下で

 夜桜町。この町のどこかには春の夜に、選ばれた者だけが見られる桜がある。


 今夜もまた一人の女性が訪れていた。彼女は桜の下にあるベンチに腰掛けて本を読んでいる。


 艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、憂いを帯びた瞳は世の男性全てを惹きつける魔性を持つ。黒のセーラー服も相まって夜を具現化したような女性であった。


 彼女は一人、ある青年を待つ。


 彼女は三年前姉から頼まれたことがあった。夜桜が咲く時期の間制服を着てベンチに座りある青年と話して欲しいと。


 彼女は疑問符がいくつも頭の中に思い浮かんだ。夜桜は都市伝説ではなかったのか、なぜ制服を着ていく必要があるのか、その青年は誰なのか、なぜ自分で行かないのか等姉に問いただしたいことは山ほどあった。


 姉に連れられた場所には綺麗な桜が咲いていた。ほのかに花びらが桜色に光っていて、幻想的であった。景色に見惚れていたらいつ間にかベンチに座らされ、青年が来たら適当に話して無理難題をふっかけてこいと言われた。


 彼女には意味がわからなかったが、姉は足早に去っていきそのすぐ後に姉の言っていた青年がやってきた。


 青年は黒髪短髪で中性的な顔立ちをした青年だ。中でも彼女がいつも惹きつけられるのは純真無垢を体現したような綺麗な瞳だった。その瞳は汚してはならない絶対領域な気がして真っ直ぐ見つめられなかった。


 その日は青年と他愛もない話をした。青年との会話から姉が桜の精の桜子と名乗っていたこと、姉が出す課題に解決できなければ、二度と会えなくなると言っていたことを知った。この日は適当なお願いをし、青年がすぐに解決して解散となった。


 彼女は家に帰り、姉を問いただした。


 姉は観念してことの次第を話した。


 十年前に当時十歳くらいだった青年と会ったこと。その時、揶揄うつもりで「私は桜の精の桜子だ」と言った。少年はそれを信じ切ってしまったのだと言う。


 その年の最後もう会えないと言ったら、泣き出してしまった。可哀想だったので来年も会うことにした。


 出会った当初は十七才の高校生、羞恥心なんてものはなかった。ただ高校を卒業し歳を重ねるにつれて羞恥心と自分は何をやっているのかという虚無感が大きくなり耐えられなくなった。


 少年に本当のことを言おうとした。しかしいい歳した女が桜の精と偽って制服着てましたは恥ずかしすぎて言えなかった。もう本当のことを話すべき時期は過ぎたのだ。


 そこで姉は少年にある課題を出した。プロのマジシャンの動画を見せてこのマジックができたら来年も会ってあげる。ただし、無理だったら会うのは今日で最後だよと言った。


 勝利を確信していた。しかし、少年はすぐに目の前で動画と同じことをやってみせた。何度もやってもらった。何度見ても同じだった。信じられなかった。


 けれど約束は約束、来年も会った。その年も無理難題を言って達成できなければもう会わない約束をした。その時は限定販売のシュークリームを頼んだ。普通に用意してきた。


 翌年は日本一難しい大学の過去問を解かせた。満点だった。その次の年は歌ってみたで百万再生を達成させろと言った。達成してきた。怖かった。


 その次の年も次の年も少年が青年になっても続けた。時には一年に何回も課題を出した。それでも達成してきた。そこまでの才能を持ちながら桜の精を信じていることが逆に信じられなかった。


 このまま三十過ぎても制服姿で桜の精を名乗るのは嫌だった。そんな時にちょうど高校生で顔もよく似ている適役を見つけた。妹である。桜子という役目を妹に押し付けるべく行動したのだ。結果青年にはバレずに桜子の世代交代ができたと安心したように話す姉の姿に、彼女は苛立ちを覚えた。


 なし崩し的に二代目桜子となった桜子はさっさと本当のことを言えばいいと思ったが、変に調べられて姉が変態だということがバレるより、桜の精と信じ切っているうちに去ったほうが良いと考えた。


 青年は純粋なところがあるが優秀なことは姉の話から知っていた。それにその純粋さが悪意に回った場合姉の変態性を周囲にバラされ居場所を失う恐れがあった。


 それだけなら良いが、優秀な彼はある意味なんでもできるのだ。理性のタガが姉の変態性を知っことを機に外れる可能性は十分にあった。


 それから三年間二代目桜子として無理難題を出してきたが青年は優秀すぎる。どんなことを言っても必ず達成してくる。なんとなく言ったコスプレもかなりの出来だった。というか本人だった。その年は常にコスプレさせた。


 自らの欲望を達成するために利用するのは心が忍びなかったが、それはそれ、これはこれと割り切った。きっと姉もこんな気持ちでズルズルと十年以上も引きずったのだろう。


 そして彼女の方にも問題が出始めた。高校を卒業したことで、姉と同じように高校生のコスプレして桜の精を名乗る痛い人になってしまったのである。


 彼女は今年こそは綺麗なお別れをするつもりで青年を待っていた。


「こんばんわ、桜子さん」


 透き通る綺麗な声に、桜子は本を閉じた。声のした方へ視線を向ける。


 黒髪短髪で中性的な顔立ちをした青年だ。いつも通りの純真無垢を体現したような綺麗な瞳をこちらに向けてくる。


「こんばんわ」


 青年は桜子の隣に静かに座った。


「今日は何をすれば良いのかな? 」


 青年の声にはどんなことでも成し得てみせるという自信と気概を感じた。


 しかし、今日の桜子にも自信があった。


 桜子は本を青年に手渡した。青年は優しく丁寧に受け取った。


「今日はこの本の作者を当ててもらおうかしら」


「そんなのでいいの? 」


「ええ」


 青年はパラパラと本を読み始めた。


 桜子は過去に適当に買った本の内容を当てさせることはやったことがあった。青年の予想は見事に的中した。


 知っていたのか、それとも題名と作者から推察したのかそれは分からないが青年の読書量は並大抵のものではないのだろう。


 ただ今回当てるのは作者の名前である。それもどんな読者家ですら絶対知らない作者の名前を。なぜ知らないのか、それはその作者が桜子本人だからである。


 中学時代に書いた夢小説。人に見せられるような代物ではないし見せる気もない。だからこそ絶対にバレるわけがないと思った。


 わざわざパソコンに文字を打ち、縦書きに変え、小説の形にしてコピーし、印刷そして製本までした。見た目だけなら店頭に並んでいてもバレないレベルで整えた。自信作であった。


 青年がパラパラと最後のページまで読み終えた。


「……作者の名前を強いて言うなら桜子さんでしょうか? 」


「え? 」


 前触れもなく正解を言われ、素っ頓狂な声を出す桜子。


「これを書いたのは貴女ですね? 」


 青年は静かな微笑みを浮かべて本を桜子に手渡した。


 桜子は受け取るも、心の中は混乱の嵐であった。どうして分かったのか、分かったうえで読まれたのか、恥ずかしい、感想は聞きたくないがどう思ったのか、面白いと思ったのか等の疑問や感情が湧き出て整理がつかなかった。

 

 恥ずかしい気持ちを隠しながら表向きは飄々と接しようと努力するも、表情を取り繕うだけで精一杯だった。


「言い回しの癖、登場してくる男性のキャラの趣味、主人公と桜子さんの共通点等挙げればキリがないですけど、どうです? 当たってますか? 」


 嬉々として語る青年の姿に苛立ちを覚えたが、青年は何も悪くないためグッと堪える。


「ええ」


 一言その言葉を言うのが今の桜子にとっての限界であった。


「良かったです! これで明日も会えますね! 」


 ニコッと青年は人懐っこい笑みを浮かべて立ち去っていく。去り際に青年は振り返り、


「面白かったので新作ができたら見せてくださいね〜」


 そう言って手を振って去っていった。


 桜子は恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちを唸ることで誤魔化しながら明日は一体どんなことをさせてやろうかと思った。


 なんなら青年自身に小説を書いてもらうのも良いかもしれない。それで自分と同じように恥ずかしい目にあえばいいのだと桜子は思った。







 









 ―――――――――――――――――――――――


「全く、姉妹揃って面白い人達だ」


 青年は誰もいない夜道で一人呟くと、桜の花びらと共に夜に溶けるように消えていった。

 

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桜の精の桜子さん 桜羽 遼 @yuta0524

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