第64話 冒険者 vs 樹老人
あーあ! ウェンの奴、樹人の爺さんに殴りかかっていっちまったよ——
——だが、その拳は樹人には当たらなかった。
拳は樹人の顔面の横十センチほどのところを通過し、勢い余ったウェンは派手に転倒してしまう。
ヴィースキ「空振り……? 何やってんだウェンの奴? ああ、脅しのつもりだったのか? だけどそれでコケてりゃ逆に格好悪ぃだけだな」
「いや、違う、俺には見えたぜ……。隣の竜人の爺さんがウェンの肩に触ったんだよ。それでウェンの拳の軌道が逸れちまったんだ」
ヴィースキ「そうかぁ? 動いたように見えなかったがなぁ?」
「最小限の動きだった、指先で……僅かに押しただけだった。あれは、凄腕だぞ……」
ヴィースキ「へぇ……。そういやぁ
「ああ。若い頃は騎士を目指した事もあったんだぜ。まぁ平民だから無理だったんだけどな」
ヴィースキ「才能がなかっただけじゃねぇのか?」
「うるせぇな、才能はあったよ! ……少しはな。ただ、身分の壁を超えられるほどじゃなかったってだけだ。だから多少は腕に覚えはある。俺には分かる! あの亜人達、特に竜人の爺さん、生半可な実力じゃねぇぞ?」
だが、ウェンは何が起きたのか理解できなかったんだろう、立ち上がってもう一回殴りかかってしまった。馬鹿だな、実力差が分からんとは……。
もちろん今度もウェンのパンチが届く事はなかった。
今度は竜人の爺さんではなく、逆側に座っていた鬼人の大男が動いてウェンの手を掴んだ。
すると、ウェンの奴が情けない声を上げ始めた。
ウェン「! お……? うぎゃぁぁぁぁ! あいででててて離せ離せ離せ!!」
鬼人はすぐに手を離したが……
ああ? ウェンの手首、折れてるな? 何をされた? いや鬼人の握る力が強すぎただけか。
アワン「おいウェン大丈夫か?! ……これは酷いな、手首が潰れてしまっている……」
龍老人「おっと、まずいな。猫には騒ぎを起こすなと言われていたのに……」
ウェン「
オーダ「馬鹿、ポーションは使い切っちまっただろうが」
アワン「そうだ、ギルドで獲物を換金しないと新しいポーションも買えん。薬屋はツケでは売ってくれないからな」
ウェン「そんなぁ、痛ぇよぉ……」
インダ「……おい! ちょっとやりすぎじゃねぇか?!」
龍老人「……いや。自業自得だろう? そちらが先に手をだしてきたのだ、ウォリアは止めようとしただけだ。ちょっと握っただけで折れてしまうほうが脆すぎるのだ」
エザク「人の腕折っといてその言い草はなんだ!」
鬼人「俺、謝ル……済マナカッタ」
エザク「謝ったから許す、ってわけにはいかねぇんだよ! 冒険者は舐められたら終わりだ! そうだろ、アワン?!」
アワン「……そうだな。確かに先に手を出したのはウェンではある。だが、そっちにも非があるだろう? そもそもウェンは非常識な飲み方食い方をしているのを正そうとしただけだ。酒を独り占めした上、冒険者相手に舐めた態度で挑発されたらウェンでなくてもキレる。それに、冒険者の喧嘩などよくある話だが、結果がこんな大怪我となったら話は別だ」
インダ「ましてや相手が亜人となるとな! 亜人に遅れをとったと噂が立っちゃ、この街では冒険者稼業やってらんねぇんだよ!」
おいおいインダの奴剣を抜いちまったぞ! ってリーダーのアワンも? アワンの奴はもう少し賢いと思ってたんだがな。
アワン「ここからは喧嘩じゃない。お前達に決闘を申し込む。なに、命のやり取りまではする気はない、模擬戦だ。俺達が勝ったらその酒樽と、ウェンの治療費を貰おう」
「おいアワン、やめとけ。お前達では相手にはなんねぇと思うぞ?」
アワン「オヤジ……俺達の評価はそんなもんだったのか。なら、その認識を改めさせてやろう」
ウォリア「俺、戦ウ気、ナイ。猫ト、約束、シタ」
龍老人「そうだな……決闘を受けてやりたいのは山々だが、そうもいかん事情もあるのだよ」
龍老人「猫に怒られるから戦わないと言ってるじゃわけじゃないんだが。揉め事を起こすと我々が面倒な事に巻き込まれるのを、猫は心配してくれていたのだと思うぞ?」
フローラー「じゃぁーいいじゃないー。猫に面倒かけなければぁー? 全部猫が帰って来る前にアタシ達で解決しちゃえばぁいいじゃないぃー?」
龍老人「しかしなぁー……」
樹老人「いいじゃろ! その喧嘩、儂が買う! 元はと言えば儂が売られた喧嘩じゃしのー」
龍老人「古木の……仕方ないか。手伝おう」
樹老人「いや、お前達は手を出さんでいいぞ。全員まとめて儂が相手してやろう」
アワン「そういうわけにもいかん……老人一人に大勢でかかったとなれば、俺達が馬鹿にされる」
樹老人「構わん、と言うか、お前ら程度じゃ束になっても儂には勝てんじゃろ?」
アワン「舐めすぎじゃないか?」
樹老人「そうか? 現に摘まんだだけで腕折れとるじゃないか?」
アワン「それは、そっちの大男が……」
エザク「それはウェンの腕が脆かっただけだ、ウェンは今回の魔物狩りで手首にヒビでもはいってたんだろうさ」
インダ「本人がイイつって言うだから構わねぇだろ、やっちまおうぜ!」
エザク「だな。爺さん、後で泣きごと言うんじゃねぇぜ?」
樹老人「その言葉、そっくり返すわ」
アワン「……クソが」
樹老人がゆっくりと立ち上がり前に出ると、それを囲むようにアワン・インダ・エザクの三人が立つ。
龍老人「ん? お前はやらんのか?」
オーダ「俺は後衛なんだよ。後ろから魔法で攻めるのさ」
龍老人「なるほど」
アワン「爺さん、本当にいいんだな? 言い訳するなよ?」
樹老人「しっつこいのぅ、自信がないからか?」
インダ「舐めるな!」
インダが斬り掛かった。剣が爺さんの体に食い込む。
インダ「な?!」
木の老人がやけに自信たっぷりだったので、躱すか受けるかと思いきや……なんと老人は避けもせず、まとに斬られてしまった。
ただ、樹人だからか? 切られても血などは出ない。いや、よく見ると何か液体が滲み出てきているな。樹液? 樹人ってもしかして痛みを感じないのか?
インダ「なんだよ……大口叩くから少しは戦えるのかと思ったら……大丈夫か爺さん?」
樹老人「ん? 何がじゃ?」
インダ「?!」
樹老人「こんな程度の傷、いくらつけられても痛くも痒くもないぞ? ほれほれ、どうした? もっと斬りつけてみるがいい」
龍老人「古木の……。もしや、反撃せず、斬られ続けるつもりか?」
樹老人「それなら猫との約束も守った事になるじゃろ?」
龍老人「なるほどな……」
樹老人「子供の戯れのようなものじゃ。ほれ、続きはどうした? それとも、負けを認めるか?」
アワン「くそ、後悔するなよ!」
アワン・インダ・エザクが樹人を斬りつけ始めた。最初は遠慮がちに……しかし、体にいくら傷がついても涼しい顔の樹人の老人相手に、徐々に熱が入っていく。
さらにその合間に後ろからオーダがファイアーボールをぶつけはじめた。木と火は相性が悪そうだが、しかし表面が少し焦げる程度で火球が当たっても燃え上がる事はない。
必死で老人に攻撃を続けるアワン達四人……
……だが、そのうち息が荒くなり、動きが鈍ってくる。
まぁそりゃそうか。硬い木を全力で斬りつけ続けているのだ、消耗は激しいだろうな。
あ、力尽きたようだ。攻撃が止まった。三人ともゼーゼー息切れしている。
後ろから魔法を打っていたオーダはどうしたかと思ったら、とっくに魔力切れになって座り込んでいた。
樹老人「どうした? もう終わりか?」
アワン「ああ、もう手が痺れてしまったよ……」
インダ「強がるなよ、ボロボロじゃねぇか」
エザク「こ、この辺で許してやる!」
樹老人「負けを認めるって事で良いな?」
アワン「……ああ、そうだな。素直に負けを認めよう」
インダ「おいアワン、いいのかよ?! 相手はボロボロだがこっちは無傷だぜ!」
アワン「これだけ攻撃して、なお倒せないんだ。負けを認めるべきだろう」
インダ「だけどよ」
アワン「それに、相手が無抵抗だったからよいが、もしこれから反撃されたら戦えるのか? お前だって手が痺れて剣をもう振れないだろ?」
インダ「う、それは……くそ、仕方ねぇか……」
アワン「爺さん……やるな。というか、大丈夫なのか? その傷……」
樹老人「なにこのくらい、しばらくすれば消える——」
『一体何をしてるにゃ?!』
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