ループする悪役令嬢は、ヒロインへ物申す。

宵紘

第1話


 わたくしは、乙女ゲームとやらのヒロインが嫌いよ。なぜ、ああも素っ頓狂な言動を取りながら、平然としていられるのか……。理解に苦しむとは、こういうことを指すのだわ。

 シナリオというものが存在するということは知っていてよ。感情や行動の選択肢も限られている以上、ソレから外れすぎないように強制されてしまうのだと言われれば、まぁ、多少仕方のない部分もあるのでしょう。


 でもね、例え意に沿っていないのだとしても、わたくしはあえて指摘いたしますわ。無垢と無知を履き違えるな、馬鹿者。せめて貴族社会の基礎知識くらいは、貴族の子息子女が通う学園に入る前に持たせるのが、親の義務ではなくって? 更に言えば、事ある毎に自分には足りないことばかりだと嘆くのなら、自ら率先して学んで然るべきではないの? と。

 それが己の身につけてきた常識だったから。しかし、その常識が……いえ、この世界の全てが作り物で、自分が、自分であるという確かな物が、なにひとつとしてないのだと、そう理解した時、この世界は永遠に続く穏やかな地獄に変わり果てましたわ。


 わたくし、悪役なのですって。認めたくはないけれど、ヒロインである彼女たちがそう呼ぶのだから、きっと間違いないのでしょう。貴族社会の常識に照らし合わせた指摘も、悪役ムーブとやらになってしまうのよ。理不尽だわ。

 この世界は、乙女ゲームと呼ばれるものの舞台として用意されたそうよ。プレイヤーと呼ばれる外の世界の住人が、ヒロインを操ることで世界の時間が進むのだとか。まぁ、とてもじゃないけれど、信じられませんわよねぇ? ……でも、本当のことなのよ。非常に残念ですけれど。

 なぜ外の世界の住人ではないわたくしが、その事実を知っているのかと問われれば、答えは簡単。それをわたくしに教えた人物がいるのよ。


 わたくしがこの世界の歪さに気づいたきっかけは、とある令嬢との出会いにまで遡らないといけないわ。その時のヒロインの名前は『しめさば』

 しめさば嬢は、わたくしの婚約者であるハロルド殿下狙いで学園に入学するや否や、手を替え品を替え、わたくしの周囲を嵐のごとく掻き乱していきました。

 平民出身といえども、貴族どころか女性としての自覚が全くない行動を見せる彼女と、そんな野趣あふれる彼女に、程度の違いはあれど心惹かれていく殿方たち。そんなやり取りを間近で観察していたわたくしは、ハッキリと違和感を覚えましたの。これは、なにかがおかしい、と。

 その違和感は日に日に増していき、ある日とうとう、彼女に直球で疑問をぶつけてみることにいたしました。すると返ってきた答えは予想外すぎるもので、とても簡単に信じられるものではなかったわ。

 だってそうでしょう? 彼女の本当の姿は男だなんて告白するのですもの。


「あなた、本気で仰っているの? どう見ても殿方には……見えないわ」


「そりゃあ見た目はね」


 わたくしを不躾に観察しながら、しめ鯖嬢はいくつか質問をする。見た目だけではなく、声も女性に聞こえるし、立ち姿は女性らしい仕草なのだけど、ひとたび動き出せば粗雑だし、口調に一貫性がないのだと教えてさしあげた。


「なるほど、待機モーションはキャラの素材そのままに見えてるってことだ。そんでヒロインのセリフは、テキスト通りに受け取れている、と。他のキャラには問題が出てないってことは、完全に想定外の挙動っぽいよなぁ。何が原因なんだろう? ……あ、ごめん。説明しなきゃ意味わかんないよね。えっと、この世界にゲームなんてないし、なんて説明すればいいのかなぁ」


「ゲーム?」


「俺たちの娯楽の一種だよ。そうだなぁ。あ、ヒロインについてくらいなら説明できるかも! 例えるなら、この少女の身体は空っぽの容器。そんで、俺はその容器に入る目に見えない水みたいなもん。どう? 伝わる?……この世界に、魂って概念あるんだっけ?」


「タマシイ……聞いたことがありませんわ」


 困った様子で天を仰ぐしめさば嬢を見て、わたくしは、なんだか色々な事が馬鹿らしくなって、同じように空を見上げました。

 秋晴れの高い空は青く透き通り、なんの変哲もないただの日常であると、わたくしに教えてくれているようで……。しめさば嬢の語る全てが、嘘であって欲しいと、そう思いましたわ。

 今まで嫉妬に駆られ攻撃していた相手は、およそ女性と呼べるような性格の方ではなかったばかりか、中身は男性なのだと仰る。そんな荒唐無稽な話しなど、作り話としてもお粗末だわと、一笑に付してしまいたかった。

 けれど、ずっと抱えていた違和感の正体はソレだったのかと決めつけてみれば、妙に納得できるのだもの。わたくしは、素直に受け入れることにいたしました。それにね、娯楽の為に作られた世界であるという衝撃よりも、ヒロイン補整とやらがあるとはいえ、外見だけ美少女の成人男性に負けたという事実の方が、よほど衝撃が大きかった。

 殿下の婚約者という立場に虚しさを覚え、深い虚脱感に襲われているわたくしに構うことなく、しめさば嬢は説明を続ける。


「仮想空間に、AIモデルから出力したNPCが配置されていて、ある程度までなら本筋から逸脱した交流がもてるんだ。AIキャラクターはプレイヤブルキャラクターの選択や行動を受けて、学習した内容から最適な行動を返す。VRで更に没入感も得られて、従来の乙女ゲームよりも現実に近い体験ができるっていうのが売りなんだよね。まぁ、それによって攻略対象から嫌われることもあるけど、特定の選択肢を間違いさえしなければ、バッドエンドになることもないし、多少の無茶は補整される仕組みになってる。俺としては、よりリアルにって謳うなら、難易度甘くね? って思ってるんだけどさ、そこは商業商品なんだから売れてナンボだし、こんなもんかって納得してる。あ、ゲームの流れとしては、学園生活を送りながらターゲットにした相手と仲良くなって、最終的にプロポーズされればエンディングって感じ」


「話の半分も分かりませんでしたが、あなたが、だいぶ舐めた行動を取っていたことは分かりましたわ」


「こっわ。さすが悪役令嬢」


「それも不愉快なのでやめてくださる?」


 その日を境に、しめさば嬢はゲームに関する知識や設定などをら適時共有してくれるようになりました。

 バグと呼ばれるわたくしの存在自体に興味があるとも仰っていたけれど、ある日を境に、あの方は「やることができたから」と、最短でハロルド殿下ルートというものを攻略し、あっという間に現実世界へと帰ってしまいましたわ。


 エンディングにたどり着いたら、その後の世界がどうなるのか。殿下のプロポーズの舞台である夜会からの帰路、わたくしは延々と考えていたわ。あちらとこちらでは時間の進みが違うらしく、向こうでは今、その後の未来がダイジェスト映像なるもので流れている頃のはず。

 これが繰り返し──あの方はループと呼んでいたわね──そのループ前の猶予で、寝て起きれば、また三年前に戻るというのが二人で立てた仮説。

 こればかりは、しめさば嬢にもわたくしにも、分かるはずがないことですものね。中身のいなくなったヒロインという器が、そのまま存在し続けるのか否か。その答えが分かる時が来たのよ。そして、バクと呼ばれるわたくしがどうなるのか。このまま未来に進むのか、ループするのか。ループしたとして、はたしてわたくしに、記憶が残っているのか。

 願わくば、もうひとつの仮説である、平行世界というものであって欲しい。ゲームはゲームとして存在していて、わたくしの生きるこの世界は、正真正銘の現実であればと、わたくしは願うわ。


 しめさば嬢と交流するようになってから、日々の様々なことを書き留めていた日記を閉じる。ゲームのこと、エンディングのこと、仮説のこと。製作者裏話なんてものも情報として書き記してあるわ。「このまま攻略サイトに載せたい」なんて仰ってらしたけど、現実には持っていけないのだもの。そちらで勝手にやってちょうだいと伝えたら、とても残念がっていたわね。

 眠るのが怖かったのを覚えている。しめさば嬢の話が、全て真実だと言うのならば、わたくしたちゲームのキャラクターは、学園生活の三年間を数えることも出来ないほど繰り返していることになる。あの方の言葉を借りるなら、『リセット』され、また新しいヒロインが来るのを待たなければならない。

 この日記も記憶も消えてしまうと考えた時は、言い知れぬ恐怖に襲われたわ。まぁ、記憶がなくなるのなら、わたくしのこの気持ちも、キレイさっぱりなくなるのだけれど。

 ──果たして翌朝、わたくしは三年前に戻っていた。幸か不幸か、しめさば嬢と過した日々の記憶と日記を残したままで。


 明るい陽射しが容赦なくわたくしの覚醒を促す。昨日も通算十五冊目になる日記を書いてから、ループが終わることを願って目を閉じたのだけれど……。


「お目覚めですか、お嬢様。今日は学園の入学式の日ですよ!」


 侍女が開け放ったカーテンの向こう側、快晴に恵まれた長閑な日常が、なんだかとても恨めしい。幾度となく繰り返された入学式の日。また、あのトラブルだらけの日常を始めなければならないのかと、肩を落とした。

 頭どころか全身の倦怠感に苛まれながら、身支度を済ませる。真新しい制服に袖を通しながら思い出すのは、ループを自覚した当時の遠い記憶。意見交換をした日が懐かしいわね。


 ヒロインは外見の選択ができるらしく、ゲームのオープニングである入学式が終わるまで、誰がそうかは分からない。まぁ、だいたいの検討はつくのだけど。

 しめさば嬢の外見は『デフォルト』というものだったそう。肩までの柔らかなくせ毛が、ふわふわと遊び、黒目がちな大きな瞳をキラキラさせては、薬学の実験をわざと失敗してみたり、スカートで木に登ったり、飛行術の授業で暴走して降りられなくなったり、魔獣に自ら近づいて瀕死になったり……あの方、ろくでもなかったわね?

 その他のヒロインといえば、セオリー通りに進める真面目な方や、入学したものの完全放置を決め込む方、途中で人が変わったように性格が急変する方、攻略対象とされる殿方以外にちょっかいをかける方などなど、それはバラエティーに飛んでらしたけれど、やはり思い出すのはしめさば嬢の事ばかり。


「もう一度、あの方に会いたいわね……」


 屈託のない笑顔で無茶ばかりする、破天荒なしめさば嬢を懐かしみながら、わたくしは入学式の会場をあとにした。

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