実のところ、俺はずっと自問自答していた。一体何をもって、『家』と定義するのかを。

　多くの人にとって、家とは自分を迎え入れる足音があり、台所に料理の匂いが立ち込め、あるいは少なくとも『おかえり』という声が響く場所だ。

　だが、私、朝凪 楓にとって、家はただ静寂に満ちたコンクリートの箱に過ぎない。

　高校生になったばかりの頃に両親を亡くして以来、『家族』や『友人』といった概念は、使われなくなった部屋の隅に積もる埃と共に、私の中で埋もれてしまった。

　不満があるわけじゃない。教室の隅で一人でいるからといって、自分が惨めだなんて思わない。

　私はただ……慣れてしまっただけだ。食卓の空席にも、夜が訪れた時の静寂にも、そして学園生活というドラマの中で、セリフ一つ与えられない『モブキャラ』でいることにも。

　だが、そんな停滞していた世界が、少しずつひび割れ始めた。

　その亀裂は、ある奇妙な土曜日から始まった。

　土曜日といえば、本来なら漫画の山に埋もれるか、ポテチをかじりながら古い映画を観返しているはずの日だ。なのに、玄関のチャイムが鳴った。

「やっほー、楓くん！私がまた来たよ！」

　扉の前に立っていたのは、まるで太陽の光をすべて連れてきたかのような少女だった。

　長く美しく流れる髪からは、春の花のような爽やかな香りが漂い、その瞳は理不尽なほどの活力で輝いている。

　彼女の名は、柊 咲（ひいらぎ さき）。

『Sクラスで最も美しい美少女』と称される、我が校の最上位カーストに君臨する存在だ。私のような人間に目を向けるはずもなく、ましてや、この狭くて安っぽいアパートに足を踏み入れるはずのない人間だった。

「柊さん……まだ午前十時だよ」

「朝だからこそ、のんびりする時間がたっぷりあるんでしょ！ほら、早く中に入れて。今日はペプシのストックも持ってきたんだから！」

　彼女は勝利を確信したような笑顔で、ビニール袋を軽く揺らした。私はただ大きなため息をつき、道を開けるために体を寄せた。

　こんな理不尽なルーチンが、いつの間にか定着してしまっている。学校の女神が、毎週末になると独り者の家に無理やり上がり込んでくるのだ。

　室内に入っても、咲はこれっぽっちも遠慮しなかった。靴を脱ぎ、居間へと歩いていくと、まるでそこが自分の玉座であるかのように、私の薄っぺらなカーペットの上にどっかと座り込んだ。

「わあ、待ってたライトノベルの新刊、もう出たんだね！買ったの？」彼女は机を指差して尋ねた。

「昨日の夜にね。まだ読む時間はなかったけど」

「最高！じゃあ一緒に読もうよ。でも、その前に……」彼女はペプシの缶を開けた。プシュッ、という鋭い音が響く。なぜか、この静まり返ったアパートの中では、その音がいつも妙に心地よく感じられた。

　私たちは同じソファに背を預けて座っていた。だが、そこには私が安心できるだけの距離がまだ保たれていた。 読書中、私たちは多くを語らない。

　ただページをめくる音、漫画のコメディシーンを見つけた咲の小さな笑い声、あるいはテレビでハリウッド映画のワンシーンを観ている時の感嘆のため息だけが響く。

　不思議だ。本当に不思議で仕方がない。

　邪魔されることを嫌っていたはずの私が、ソーダを飲み込む音や咲の呟きを、これまで崇拝してきた静寂よりもずっと心地よい音楽のように感じているのだ。

「楓くん、どうしてそんなにアメリカのアクション映画が好きなの？」突然、咲が尋ねた。彼女の目はまだ、大きな爆発シーンが映し出されているテレビ画面に釘付けのままだ。

「たぶん、自分の人生が平坦すぎるからかな。スペクタクルで非現実的なものを見ると……少なくとも外の世界には面白いことがあるんだって思えるんだ」私は正直に答えた。

　咲は一瞬、黙り込んだ。彼女はソーダの缶を置くと、私の方を向いてじっと見つめてきた。その眼差しは深く、まるで私の散らかった頭の中を読み取ろうとしているかのようだった。

「じゃあ、これからは私が楓くんの人生の『スペクタクル』になってあげるよ。もうハリウッド映画なんて必要ないくらい、私が毎週土曜日にここに来て、君を振り回してあげるから」

　鼓動が少し速くなった。その言葉は、まるで一つの約束のように、あるいは甘い脅しのように聞こえた。

「君は……学園一の美少女だろ。どうして僕なんだ？ 君と一緒に過ごしたい奴なんて、他にもたくさんいるはずなのに」

　咲は微笑んだ。それは大勢の前で見せるいつもの明るい笑顔ではなく、もっと柔らかくて、もっと誠実な笑みだった。

「だってここなら、私は『美少女』でいなくていいんだもん。ここでは、ただペプシを飲んで一緒に漫画を読むのが好きな『咲』でいられる。それに、私にとって楓くんはただの『普通の生徒』じゃないよ。君は、私の何よりも大切な、初めての友達なんだから」

　初めての友達、か。その言葉が頭の中で反響する。 私のような、心を閉ざした孤児にとって、その言葉はあまりにも重く、そして温かかった。

　かつて思っていたことは正しかったのかもしれない。「知人」と「友人」の境界線は、プライベートな時間を共有した時に引かれるのだと。

　冷え始めたペプシの缶と、空気に残る咲の香水の香りに包まれたこの小さなアパートで、私はその境界線をとうの昔に越えていたことに気づいた。

　私の静寂は終わったのだ。そしてその犯人は、いつも強引に家へやって来る、学園一の美少女だった。