いろどりふうふ。

「私は、今日夫婦を卒業します。」

「えっ……?う、うん。」

「理由とか聞かないの?」

「え、、、」


彼女は、妙に仰々しいクロスが敷かれたテーブルに座って待ち構えていた。

僕は仕事姿そのままで廊下に立っている。


「だーかーらぁ、それじゃあ記者会見にならないじゃん!」


遊びなのか……?

彼女の目が期待でキラキラしている。

こうなったら乗るしかない。


「ず……ずばり、卒業の理由は?」

「私の浮気ですっ!」

「はぁ!?」


僕の妻は突拍子もない事を平気でする。そして、その度に僕は面食らってしまう。

……浮気の告白をこんな形でやられるとは。


「……何もないの?」

「そ、そんな事くらいで……。やめろよ。」


咄嗟に出た言葉だ。確信は持てないが、浮気なんてする奴じゃない。


「………。」


変な沈黙が続く。冷蔵庫の音だけが虚しく響いている。

された側の筈なのに冷や汗が止まらない。僕にどうしろと言うのか……。


「浮気くらいって、どう言う事なの?」


我に返ると、そこには真面目な、しかし泣きそうな笑顔があった。

まるで、浮気夫を健気に許そうとする妻である。


「浮気くらいって、どう言う事なの?浮気しても良いって言うの?」

「あ、のさ……。浮気したの君の方だよね?」

「そうだけど?」


妻は少しムッとして、ちょっと不貞腐れた。

そんな彼女を可愛いと思ってしまう僕は末期なんだと思う。


……いやいや、何だ?この状況。

何も飲み込めないまま、沈黙だけが流れていく。

どれだけ続いたのだろう。僕の冷や汗はピークに達した。


「ちょっとゴメン。トイレ。」

「この状況でよくトイレ行けるよね。」

「漏らして良いなら行かないけど。」

「……。」


トイレの中で頭を整理する。

彼女とテレビを見たら同じ所で笑い、同じ所で眠くなる。

食べ物の好みは違うけど、妻の作った料理は美味しい。

いつもと変わらない生活。だと思う。

どうしてこんな事を言い出したのか、奴は僕に何を期待しているのか、見えない。

……見えなさ過ぎて出たくない。やましい事なんて何もないのに。

そろそろ出ないと怪しまれるが、でも、やっぱり出られない。


『ドンドン』

(!?ノック、ですか…。)

『ドンドンドン』


警官に追い詰められた犯人の気分だ。

僕はトイレで、ただただ縮こまっているしかなかった。


『ドンドンドン!!』


音は段々と強くなる。

もう嫌だ……。何で僕がこんな目に。


「……きなよ!!」

「……。」

「出て来なって!」

「……。」

「もぉ〜う。」

「……。」

「可愛いな、君は。」


予想していなかった柔らかい声に、ついドアを開けてしまった。


「おかえり。」

「おかえりって……。」

「ドッキリ大成功!」

「……はい?」

「実はね、これ、浮気調査なの。」

「ん?」

「妹ちゃんがね、そのぉ、あまりにも焚き付けるから……。つい。」


申し訳なさそうに、全てのあらましを話す妻を怒る気にもなれなかった。


「それで?調査結果は?」


だけど、少し不機嫌になってみた。お返しだ。


「本当にしてたら必死に取り繕うらしい……。」

「実証済みかよ……。」

「だから、大丈夫。」


謎になかなか必死だった気もするが、取り敢えず良かった。


「アイツはどこ?」


僕の妻は突拍子もない事を平気でする。そして、その度に僕は面食らってしまう。

その裏には必ず僕の妹が居る。

妹と仲の良い妻は、面白半分で悪知恵に加担してしまうのだ。


「今回は……電話です。」


僕は溜め息をついた。

この二人にダッグを組ませまいと、妹から遠い所に居を構えたと言うのに……。


「電話するからね。」

「……ごめんなさい。」


電話を掛けると、直ぐに嬉しそうな声が聞こえた。

きっと、わくわく待っていたに違いない。


「兄ちゃん、浮気バレちゃったのー?」

「しとらんわ!」

「なぁんだ、残念。」

「マジで、やって良い事と悪い事があるぞ!」


これは妻に向けても言った。

彼女はしょんぼりしながら聞いていた。


「私はただ、どこぞのアイドルの卒業宣言みたいに浮気宣言したら良いですよー。

って言っただけ。」

「何でそうなる。」

「柄にもなく言い訳し出したら怪しいから。」

「……。」

「そんでもって、勝手にパニくってトイレに篭ったら白。」

「……。」

「トイレ行ったんだ?」


鼻息混じりでクスクス笑う声が耳にこびりついてくる。

してやったりが電話越しでも分かる。


「まぁ、良かったじゃん。ラブラブで。」


また笑いだす妹に電話を切りそうになったが、グッと堪えた。


「お前なぁ、」

「はいはーい。怒んない、怒んない。」

「……。」

「私、愛のキューピッドよ?」

「何でだ。」

「二人の愛を改めて確認させて深めたんだから。お礼を言われても怒られる筋合いは無いよねー。」

「……違ったらどうしたんだよ。」

「兄ちゃんに限って、それはない。」

「……。」

「兄ちゃんが愛想尽かされても、私はお義姉さんとの付き合い止めないからね?」

「……図々しいな。」

「策にはまっちゃう、どっかのマヌケさんが駄目なんだよーだ。」


僕は妹の策略にまんまとハマってしまった。

悔しい。悔し過ぎる……。が、何も言い返せない。


「んじゃ、忙しいんで。またねー。」

「二度と来るな!」

「いやいや、声だけですから。見たかったなー。トイレ篭りマン。」


そのまま電話を切られた。アイツめ……!


「妹ちゃん、何だって?」

「別に、いつもの調子だよ。」

「……ふふっ。」

「何だよ。」

「妹ちゃんの事になると、直ぐムキになるんだから。」

「うるせー。」

「でも、そんな所が可愛い。」

「……言ってろ。」


こんなんでも、僕らは結婚五年目を迎える。

妹から離れる意味も込めて、引っ越したけど……。

いつまでも新鮮でいられるのは、このエキセントリックな妹のお陰なのかもしれない。


「でもさ。」

「ん?」

「浮気くらいで、って、どう言う事??」

「それはさ、言葉の綾でして……。」

「またトイレ行く?」


悪戯っぽく笑う妻に妹の面影を見てしまった。


いや、やっぱり前言撤回だ!

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