“あこがれ”
〇月×日
賃貸の安い物件は大抵にして、いわくつきだ。
それは、築年数が10年未満の外観が綺麗な建物だろうと変わりない。
神吉(かんきち)は 離婚と再婚を9度も繰り返し、このアパートに引っ越してきた。
もはや、資産も貯蓄もほとんどなく、新居一転、裸一貫のスタートと同時に長年働き続けてきた会社から リストラ されてしまう。
嫁は「父親が危篤だから、母国に帰らせてもらう」と言うや否や 数週間も 音沙汰がない。
再就職をする気力も無く、ベランダで最後の煙草をふかしていた。
口から吐く煙は 幽霊のように 右へ 左へ とあてもなく彷徨っている。
あぁ、俺の人生って、何だったんだろうか。
そんな事を考えていると、隣の部屋から興味を惹かれる言葉が飛び出してきたのだ。
◇
ボケ: 「ねぇ、美羽さん。憧れ(あくがれ)と憬れ(あこがれ)の違いって知ってる?」
ツッコミ: 「ステキな質問ね。もちろん知ってるわよ。あくがれは夢に向かって突進する感じで、あこがれは遠くから見守る感じでしょ?」
ボケ: 「そうそう! 俺、あくがれって言うと、いつも突っ走るイメージがあるんだよ。まるで100メートル走みたいにさ~。」
ツッコミ: 「確かに。で、あこがれはどう?」
ボケ: 「あこがれは、遠くから優雅に見守る感じ。まるで、競馬の観客みたいに。ん?」
ツッコミ: 「わかるわかる。でもさ、実際に夢に向かってるのはどっちなんだろう?」
ボケ: 「うーん。それは、なかなか難しい質問だな。もしかしたら、あくがれは走ってるけど、道を間違えてるかも。…って、なんで俺が質問される側にまわ――」
ツッコミ: 「そして、あこがれは遠くから見守ってるけど、本当はスタート地点から動いてないとか?」
ボケ: 「そうそう!それじゃ、夢にたどり着くのは いつに なるんだろうな?」
ツッコミ: 「まあ、夢にたどり着くのはきっと二人が力を合わせる時よね。子づくり――」
ボケ: 「ああ! 憧れが突っ走って、憬れが道を指し示す。それこそが 夢の実現 だ。」
ツッコミ: 「その通りよ、スバル! 夢を追うには バランス が大事なのよ。」
ボケ: 「だからって、セフレを つくって いい事には ならない だろッ!」
ツッコミ: 「よし、頑張ろう!」
ボケ: 「なにをだよ?!」
ツッコミ: 「ねぇ、あなた。結局、私のナニを見たかったの?」
ボケ「なにを? ・・・って、おい。脱ぐなよ」
ツッコミ: 「脱がぬなら、ヌカせてやろう、ホトトギス」
ボケ「ちょ、美羽さん。 ちょ、ちょっと待ってぇ~、プレイバック、プレイバック。あ、あぁ~!」
◇
俺は とんでもない所に 引っ越してきたようだ。
神吉は部屋の明かりを消して、恐るおそる、耳を壁に近づけた。
――大切な事なので、もう一度 伝えよう・・・。
賃貸の安い物件は大抵にして、いわくつきだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます