第27話 絶対零度の帰還(リターン)は、般若の微笑みと共に

北門工業の不良たちが床に転がり、呻き声を上げているショップの前。凛先輩とリサは、互いの武功を誇示するように火花を散らしていた。


「見たか佐藤君、私のこの拳を! 恋愛教本第155章『守るべき者の前で見せる背中は、千の言葉より雄弁に愛を語る』だ!」

「あら、ただの猪突猛進じゃない。佐藤君、私の流麗な足さばきこそ、あなたの理想の教科書になるはずよ……ねえ?」


挟まれた僕は、二人の熱気に冷や汗が止まらない。


「あ、あの、二人とも……とりあえずここ、お店の中ですし、警察とか呼ばれる前に離れたほうが……」

「――あら。警察の心配をする前に『風紀』の心配をすべきじゃないかしら?」


その声が響いた瞬間、周囲の空気が一瞬で凍りついた。僕の背筋に、氷柱を叩き込まれたような戦慄が走る。

ショップの入り口、人だかりを割って現れたのは、黒いタイトなスーツに身を包んだ、凛とした女性。

出張から戻ったばかりなのだろうか、小さなキャリーケースを引いている。


……生徒会長、氷川冴さんだ。


「「ね、姉さん(冴さん)!?」」


二人の女帝が、まるで雷に打たれた直立不動の姿勢になる。冴さんは、床に転がる不良たちを一瞥し、それから『ファッションのキメラ』と化した僕の姿を、上から下までゆっくりと、冷徹に観察した。


「出張先で『ショッピングモールで聖華の生徒が乱闘騒ぎを起こしている』という報告を聞いて、まさかとは思ったけれど……。凛、リサ。貴方たち、私がいない間に随分と羽を伸ばしたようね」


「こ、これは姉さん、不当な絡まれ方をした佐藤君を正当防衛で守っただけで……!」

「ええ、そうよ。私たちは彼という『資産』を守るための防衛行動を……」


「黙りなさい」


冴さんの静かな一喝。それだけで二人は口を噤み、震え上がった。冴さんは僕の目の前まで歩み寄ると、僕が着ているライダースジャケットの襟を、細く白い指先で整えた。


「少年。貴方のコーディネート、あまりにも支離滅裂ね。凛の野性味と、リサの虚飾が混ざり合って、吐き気がするわ」


「は、はい……すみません……」


「でも、いいわ。この無様な姿こそ、今のボクシング部の現状をよく表している。

凛、リサ。そして少年。今夜は特別メニューよ」


冴さんの瞳の奥に、昏い炎が宿った。


「ショッピングモールの営業終了後、このモールの屋上広場を開放させたわ。そこで、三人まとめて私の『再教育(スパーリング)』を受けてもらう。

逃げることは許さない。もし誰か一人でも脱落したら、明日の合同練習会を待たずして、ボクシング部は廃部。少年は、私が直々に『強制転校』の手続きを進めるわ」


「「「きょ、強制転校……!?」」」


僕の人生、いつの間にそんな崖っぷちに立たされていたんだろう。

夕暮れのショッピングモール。

華やかな夜景が灯り始める中、僕たちは死刑執行を待つ囚人のような足取りで、屋上へと向かうエレベーターに乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る