第9話 「最後の会議は、命が議題です」
最深層の手前。
通路は広く、静まり返っていた。
空気が重い。
ここまで来れば、誰でもわかる。
「……この先が、最後ですね」
マキオが小さく言った。
ユウトは剣を握り直し、
ミサは無言で周囲を警戒している。
久我恒一は、一歩後ろに立ったまま、三人の様子を見ていた。
「ここまで、よく来ました」
その一言で、三人が振り返る。
「ですが――」
恒一は続けた。
「ここから先は、今までとは違います」
通路の奥から、低く、重い音が響く。
呼吸のような音。
「ボスですね」
ユウトが言う。
「ええ」
恒一はうなずいた。
「撤退も、まだ選択肢にあります」
一瞬、沈黙。
「……課長」
ユウトが口を開く。
「俺、行きたいです」
「理由は?」
「ここまで来たから」
ユウトは、はっきり言った。
「逃げたくない」
ミサも、静かにうなずく。
「私も」
マキオは、少し迷ってから言った。
「……でも、無理はしたくない」
恒一は、三人の言葉を、遮らずに聞いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「では、最後の会議を始めましょう」
ステータス画面が、淡く光る。
【スキル《会議進行》が発動しました】
「議題」
恒一の声は、いつもより低い。
「この先に進むか、戻るか」
「制限時間は?」
「ありません」
恒一は即答した。
「結論を急ぐ必要はない」
ユウトが、歯を噛む。
「課長は、どう思ってるんですか」
恒一は、少しだけ考えた。
「私は――」
「皆さんが、無事に帰れる選択を、支持します」
「勝つかどうかじゃない?」
「はい」
恒一は、はっきりと言った。
「生きて帰るかどうか、です」
通路の奥で、何かが動いた。
足音が、こちらに近づいてくる。
「……時間、なさそうですね」
マキオが言う。
「なら、短くまとめます」
恒一は、三人を見た。
「進むなら、条件があります」
「条件?」
ユウトが聞く。
「撤退ラインを、今ここで決めること」
三人が、息を呑む。
「誰かが倒れたら、即撤退」
「想定外の攻撃が来たら、即撤退」
「私が“止める”と言ったら、必ず止まる」
一つ一つ、確認する。
「守れますか?」
ユウトが、真っ先にうなずいた。
「守ります」
ミサも、マキオも、うなずく。
「では――」
恒一は、深く息を吸った。
「進みましょう」
扉が、ゆっくりと開いた。
現れたのは、
巨大な影。
これまでとは、明らかに格が違う。
「……でかい」
ユウトが呟く。
戦闘が始まった。
激しい攻撃。
床が砕け、壁が揺れる。
だが、三人は冷静だった。
「距離、取って!」
「回復、間に合う!」
「次、来る!」
恒一は、後方から全体を見ている。
――まだ、大丈夫。
だが、次の一撃で、
ミサが膝をついた。
「……っ」
「撤退」
恒一は、即座に言った。
一瞬の迷い。
だが、三人は動いた。
ユウトがミサを支え、
マキオが後退路を確保する。
魔物が追ってくる。
「まだ……いける!」
ユウトが叫ぶ。
「止めます」
恒一の声は、低く、はっきりしていた。
【スキル《責任回避(中)》が発動しました】
不思議と、足が止まる。
全員が、同時に方向を変えた。
なんとか、安全圏へ。
重い沈黙。
「……悔しい」
ユウトが、拳を握る。
「ええ」
恒一はうなずいた。
「ですが、正しい判断です」
マキオが、深く息を吐く。
「生きてますね」
「それが、結論です」
恒一は、静かに言った。
最後の会議は、
勝敗を決めなかった。
ただ一つ、
全員の命を、守った。
(第9話・完)
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