第一章「吸血王のゆくえ」#8

 無事に降着ポイントとなる鳳凰島小学校グラウンドへ到着した四人。事態の収束を図る聖堂騎士団の面々と入れ替わるようにしてカントクとライタ、ヒロが搭乗する。

 ただ一人、ルビアだけは頑として真中の合流を待った。


「あの〜吸血お……いや、ルビア・アンヌマリーさん。突っ立てるのもなんだし、とりあえず乗りません? その一応、あなた方は最優先で移送するよう騎士団長から命令を受けておりましてですね……」


 顔を覗かせた副団長が仁王立つルビアに向かって怖々言った。


「今のあなた方って単語には真中も含まれてるはずよね」

「それはそうですけど……天動真中さんの生死が確認出来ない今、ルビアさんだけでも」


 眉間に皺を寄せたルビアが反論するべく振り返ったその時。


「真中!?」


 ヒロの喜びの一声が飛んだ。一際濃い暗闇の中にある校舎裏から人影がちらつくも、様子がおかしい。


「真中、だよね……」


 返り血や吸血体の体液で制服は赤黒く汚れ、酸の唾液を身体中に浴びたのか、至るところが爛れており、皮膚は溶け、あろうことか顔面の半分近くが骨まで透けて見えるほどに焼かれていた。


「歩いてこっちに向かってるってことはだ。生きてんだよな。トゥーフェイスかよ」


 ぼそっと呟いたカントクに、間髪入れずライタが突っ込んだ。


「僕たちを助けるためにああなったんだろ!」

「悪ぃ。何でもキャラで例えるのが俺の悪いクセ」

「空気を読めないのもだ!」


 ふらいついていたものも、徐々に普通に歩けるようになり、数歩足を進めるごとに傷口や損傷が自然回復していく。

 明るみで見ると片方だけではあるものの、肥大化した、ルビアと同じ形状を持つ翼まで生えているのが確認出来た。

 動揺する三人をよそに、そうなることを見越していたルビアだけは、ただ真中を迎え入れた。


「ボロボロじゃない」

「悪い。約束、守れなかった」

「そう……いいから乗るわよ」

「怒らないのか」

「咎めることなんてないわ。それとも何? このわたしに叱って欲しいわけ? ははーん。そういう趣味ってこと?」


 爪先立ちで真中の顔の近くまで迫り、覗き込むようにして目を見るルビア。


「むしろ褒めてあげたいんだけど。それじゃご不満?」

「いや……」


 大見得きってでしゃばった以上、てっきり叱責されると思っていた真中だったが、ルビアはひどくあっさりとし、それだけ言うとヘリに搭乗した。

 後に続く真中。足取りは重く。


「……あの声」


 姿なき何者かによる介入。ルビアの顔を見てそれははっきりとした輪郭を得る。


「そうかあのどっかで聞いたことのある声……ルビアに似てたんだ」

「なぁ……一つ、いいか?」


 腑に落ちた真中を横目に深刻な表情で語り出すカントク。


「俺、その吸血体とやらに噛まれてるんだが、同乗したらまずいんじゃないか……と思ってな」

「どうしてよ?」


 ルビアが不思議そうに返した。


「噛まれたから自分もあの吸血体になって僕たちに襲いかかるんじゃないかって心配だろ? 感染してねずみ算式に増えていくのはゾンビモノのセオリーだからね」

「確かに。私たちただ巻き込まれた形で何も知らない。ルビアちゃんは詳しそうだったけど。実際どうなの?」

「詳細は省くけど、偽血によって転化した吸血体は感染力を持たないの。だからアレに噛まれたところで、同じにはならないわ。後遺症もないから早めに治療してもらいなさい」

「偽血やら転化やら専門的なことは分からんが、助かるんだな良かったー。いつ言おうか色んなことがあり過ぎてタイミングを逃してきたからなぁ。何だ考え過ぎかよ。それなら安心……って思い出したらすげぇ痛てぇ!」

「そりゃあ多少なりとはいえお腹齧り取られてるわけだから無理もない」

「真中みたいにはいかないのな」


 手当てに入る副団長。

 真中の果ての姿にヒロは戸惑う。


「真中は? 平気というか……その……」


 適当な言葉が見つからない。察してか真中が率先して話し始めた。


「映研の皆んなには知っていて欲しい……さっきの通りだ。俺はもう、人間と呼べるかどうか怪しいかもしれない」


 一瞬静寂に包まれる機内。それもカントクの一声で掻き消された。


「正直最初は驚いた。だがそれは今日のことじゃねぇ。初めてお前と逢った日のことだ。逸材を見つけたと思った。お前はブルース・リーほどじゃあないがとっくに人間離れしてる。その証拠に俺たち全員を護ってくれたじゃねぇか。これ以上の恩義は返しきれねぇよ、こっちも」

「あれを見た僕たちが君に対する態度を変えるとでも思ったのか? だとしたら心外だな。僕らは映画を通じて偏見もない、国籍も人種も国境すらも越えた価値観を学ぶんだ。映画研究会とはそういう集まりなはずだろう?」

「見てくれはどうであっても、仕草とか言動とか、真中自身まんま変わってないみたいだから、正直私は安心してる。だから一言だけ、言い忘れてたから。さっきは助けてくれてありがと」


 それらを聞いた真中は志同じくする仲間に対して誇らしく感じた。何も距離を置いたり、怖がったり、他人行儀になったりとそんなこともなく、カントクやライタにヒロの三人はいつも通りに居心地の良い空気感を作ってくれている。それは真中のよく知る映画研究会そのままだった。

 それから真中は東京本土へ着く間、事の顛末を洗いざらい語った。自分のこと。ルビアのこと。そして父親のこと。


「で、どうすんだよ?」

「どうするって何がすか?」

「親父の件だよ! お前、自分の親父と戦えんのか?」


 カントクのその問いかけに真中は迷いもなしに答える。


「もちろんっす。若き日のルーク・スカイウォーカーだってそうした」

「連れ戻すんだな。こっち側に」

「それできっちり罪を償わせます」

「よく言った」


 心中、天動梗吾と対峙する覚悟を決める。


「そんな身体になったっていうのにやけにポジティブじゃない。わたしが言うのも変な話だけど」

「この心臓自体はルビアからの借り物かもしれない。でも親父を止めたいと思い至ったこの気持ちは確かに俺のものだし俺が選んだ自由だ。これなら多少なりともスッキリするし。今はこれで行く」

「意外と強いのね。もっと悲観すると思ってた。まぁ真中がいいなら、いいんじゃない? 力を誇示して好き放題するやつなんかよりも、ずっとそっちの方がわたしも好きだし」


 そう言った直後、ルビアは一人赤面して即座に訂正した。


「勘違いしないでよ! 今好きって言ったのはあくまでもその考え方であって!」


 必死の弁明なのかルビアの顔が余計に赤らむ。


「心配してくれてるのか?」

「違う! 違うけど……違わない! これでも、責任感じてんのよ。察しなさいよね」


 ばつが悪いのかそっぽを向くルビア。


「なぁ、ついでにこの翼、どうやって畳めばいいか教えてくれないか? 邪魔でしょうがないんだよ」

「そんなの感覚に決まってるでしょ!」

「ざっくりな説明だな」

「だって人に教えたことなんてないんだからしょうがないじゃない!」

「師匠としてはなんか頼りないな」

「い、つ、わたしがあんたの師匠になったのよ!」

「弟子みたいなもんだろ?」

「断じて違うから!」

「じゃあ俺たちの関係ってなんだ?」

 

 その疑問の提唱にルビアが頭を捻る。


「なぁ、って」

「聞こえてるし考えてるわよ! 急かされたら出るものも出なくなるでしょ!」


 ルビアと真中のそんなやりとりを、モヤモヤとした気持ちを抱えながら傍目から見るヒロの姿があった。


「またこれだ……」


 味わう疎外感。原因は楽しそうに会話を弾ませている真中とルビアにある。


「あの時。ルビアちゃんと真中が逢ってから、なんか落ち着かない。いつもの私じゃないみたい……何で〝嫌〟なんだろ」


 鳳凰島が段々と遠ざかっていく。まだ長い夜は明けない。

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