幼なじみに“友達”の恋愛相談をしたら、なんだか様子がおかしい

三角テトラ

昼休みの屋上。視界いっぱいに広がる青空。上空では真っ白な飛行機雲がゆっくりと溶けて広がる。

「うーん、お腹いっぱい! やっぱり屋上は最高!」

早希が幸せそうに伸びをする。

そしてベンチの端に置いたコンビニの袋の中から茶色い紙パックを取り出す。

「またコーヒー牛乳か? 相変わらずだなあ」

「いつも動いてカロリー消費しているから、糖分は私にとって絶対重要なの!」

合成甘味料たっぷりの甘ったるいコーヒー牛乳は早希の大好物だ。ランチの後に時間をかけてじっくりと飲むのが日課だ。俺には甘すぎて飲めたものじゃないが、筋金入りの甘党の早希には至福の味わいらしい。

「ん~~~~~♡」

心の底から幸せそうにコーヒー牛乳を堪能している。

早希は俺の幼なじみだ。何の因果か、保育園の頃から親兄弟含めて家族ぐるみの付き合いが続いている。

高校生になっても、相変わらずの腐れ縁は続いており、今日みたいに一緒にランチをすることもある。

最高にご機嫌な早希。そんな彼女を眺めながら、今ならこの話ができる、と思った。

幸い、屋上には俺たちしかいない。

「あの……早希、ちょっといいか? お前に相談したいことがあるんだ」

「ん、何?」

パックに刺したストローをちゅうちゅうと吸いながら早希が生返事をする。

「俺の友達の話なんだけど……そいつ、好きな子ができちゃってさ」

「ぶっっっっっっっっっっ‼」

早希がコーヒー牛乳を吹き出した。

「おいおい、汚いなあ。どうしたんだよ」

「だって……『友達』って…………それって本当は…………」

頬を赤く染めてしどろもどろな早希。

何か小声で呟きながら、恥ずかしそうにストローの先をガジガジと噛んでいる。

「どうした? 大丈夫か?」

「だ、だ、大丈夫! ただ、心の準備が………そんな……今更…………急に…………」

俯きプルプルと震え出した早希の声がどんどん小さくなっていく。

「心の準備?」

「だって…………正樹が恋バナするなんて…………意外過ぎて…………」

「そうか、悪かった」

「………………で、何よ。続けなさいよ」

ジト目で、ぼそっと、先を促す。

「そいつが言うには、告白したい相手とは保育園の頃からずっと友達らしい。いつも一緒にバカ話したり、ふざけ合ったり、時にはお互いの家で食事をしたり、お泊りもしてて。それが当たり前すぎて、異性として見てこなかったそうだ」

「……ふ、ふーん。そうなんだ……」

目を泳がせながら、相変わらずストローの先を噛んでいる。

ストローの先は歯型でいっぱいで、潰れて平たくなっている。

こんな状態でコーヒー牛乳飲めるのか?

「でも、最近になって、その子のことが好きだって気付いたらしい」

「…………へー、そう」

「そうなってからは、いつも意識してしまい、困っているらしい」

「で、その友達って、どんな人?」

「基本的にはいい奴だな。気さくで、友達付き合いもいい。一緒にいて気楽だな。ルックスも悪くない、と思う。俺の贔屓もあるかもしれないけど」

「ふーん……。で、恋の相手は?」

「いい子だよ。明るくて、屈託がない。天真爛漫って言うのかな。太陽のような、真夏のヒマワリのような感じ。周りの人たちが自然と笑顔になるような女の子」

「そ……そんなこと………………随分とべた褒めじゃない……ヒマワリって……誉め過ぎ……」

頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になった早希。片手で髪の毛の先をクルクルと丸めながら、モジモジと照れている。

「どうしてお前が恥ずかしがってるんだよ」

「う、うるさい! 急に恋バナ聞かされて、ドキドキしちゃっただけ!」

「で、お前はどう思う? 今すぐ告白すべきか、そうでないか。俺は今すぐにでも告白しちゃえば良いと思うけど」

ぐぐっと眉間に皺を寄せ、真剣な顔で考え込む早希。

「…………さすがに……それは……ううん、でも……」

「何だって?」

「うるさい! 真剣に考えてるの! どこの誰かは知らないけど、あんたの親友のためにね!」

「わかったよ。怒鳴るな」

「これは二人にとっては一大事なの!

そりゃあ、恋人になれればハッピーエンドで万々歳。万事快調、前途洋々。でも、もし上手くいかなかったら本当に最悪。小さい頃からずっと一緒だった大切な友達を一人失うことになる」

「……そうだよな」

「『そんなの、今すぐ告白すればいいじゃないか』って気楽に言うのは反対。それは当事者じゃないから安易に言えるだけ。私はどうしても最悪の結果を考えちゃう。幼馴染って、要は家族ぐるみで何年も仲良くしてきたわけでしょ? 万が一告白に失敗したらこれまで通りの生活すらできなくなるんだよ? 楽しかった思い出も、親友も、下手したら家族ぐるみの付き合いも、何もかも失うんだよ? それってすごく辛いよ?」

溢れんばかりの感情をなんとか抑えながら、切々と語る早希。

青空をバックに、燦燦と降り注ぐ陽光の中、きりりと引き締まった整った横顔が、いつも以上に精悍に見えた。

なんだか、とてもカッコよくて、凛々しくて、まぶしかった。

「……お前、やっぱりいい奴だな」

「何よ! 急に褒めて」

「だって、こんなに真剣に考えてくれるんだぜ? 俺、お前のことが誇らしいよ。早希はすげえいい奴だ、最高にカッコいいって、みんなに言って回りたいよ」

「ちょっ‼ やめてよ! もう、正樹のバカ! バカ正樹!」

やおら立ち上がり、ぐるぐると歩き回る。

真っ赤に紅潮した顔面をこちらに見せないように、そっぽを向いた状態。恥ずかしがっているのがバレバレで、面白い。首筋まで真っ赤になっている。

「……でさ、結局、どうすればいいと思う?」

「相手の女の子の気持ち次第、よね。つまらない答えになっちゃうけど」

「まあ、そうだよな」

「大切な友人を失って困るのは、女の子だって一緒。だから、告白されたら、すっごく真剣に考えると思う。付き合うにしても、付き合わないにしても、どっちでも。やっぱり、安易に告白すればいい、当たって砕けろでいい、というのは反対。相手の気持ちをよく考えて欲しい。告白された方は、悩むから。だから…………」

「だから?」

「だから………………うーん……、どうしよう?」

へへっ、と取り繕うように困り顔でにんまりと笑う早希。

「おいおい! さっきのイケメンなお前はどこへ行った! 真剣な表情が恰好よかったのに!」

「ああ、そうだ、わかった! それだ! 真剣さだ!」

納得したようにぽん、と手を叩いた。

「どうした?」

「だから、真剣さだよ」

「真剣?」

「安易な告白はダメだと思う。でも、真剣に告白してみる価値はあると思う」

「結局どっちも一緒じゃね?」

「ううん、全然違う。とりあえず、駄目でも仕方がない、当たって砕けてもいい、とにかく告白するっていうのは、男の子の側の都合でしかない。告白された方がどんなに悩み、考えることになるか、そのことを全然わかっていない。当然、そんな奴とは付き合いたいとは思えない。人間関係にもヒビは入るよね。例え幼なじみであっても」

吹っ切れたように自分の考えを言語化していく早希。

「でも、相手のことが好きで好きでたまらない、いつまでも気持ちを隠すことができない。だったら、もう、告白するしかない。不器用でもいい、格好悪くてもいい、真剣に気持ちを伝えるしかない。真剣な気持ちは、きっと伝わるから。女の子には、わかるから。」

「……なるほど」

圧倒された。早希の感情が、表情から言葉から、手に取るように流れ込んできた気がした。

「告白しても構わない。でも、告白したら以前の関係には絶対に戻れない。その覚悟を持って、真摯な気持ちを伝えて」

「……ありがとう。友達にはそう伝えておく」

「よろしく。こんなんでよければ、だけど」

「いや、凄く良かった」

「ふふふ。惚れ直した?」

「えっ?」

「冗談、冗談♪」

「俺は真面目な話をしてたんだけど」

「へへっ♪」

いたずらっぽくニマっと笑う。つられて俺も笑った。

「…………でさ、確認したいことがあるんだけど」

「何だ?」

「『友達』っていうのは本当に存在しているの?」

「えっ?」

上目遣いでニンマリ笑いながら早希が迫る。目の奥が真剣なのが怖い。

「『友達の話なんだけど』とか『友達のことを相談したいんだけど』って、自分の事だったりするじゃん? 今回の相談も実は正樹のことだったんじゃないの?」

「えっ? いやぁ、あはははぁっ!」

「笑ってごまかさないで。さあ、お姉さんに正直に言いなさい。嘘だったとしても、今なら許してあげるから」

「お前のどこが『お姉さん』だ! 俺には弟はいるが姉はいない! お前は同級生だし! じゃあな!俺はそろそろ教室に帰る!」

そそくさと立ち去ろうとしたが、首根っこを掴まれ無理やりベンチに戻された。

「くっ……乱暴な……」

「逃げるなぁぁぁ! さあ、吐け! 吐くんだ! 『友達』なんて実在しないだろ!」

グイグイ迫る早希。

「くっ……うっ……仕方ない、正直に言います……。『友達』というのは……嘘です……」

「ビンゴォォォォォォォッ‼‼‼‼ よおぉぉっしゃぁぁぁぁぁっ‼‼‼‼」

響きわたる咆哮。大股で直立しガッツポーズ。

全力全霊で喜びを表現している。

「お、おい! どうした! そんなに嬉しかったのか?」

「ふふん! 私の読みは正しかった! 勝利!」

「『勝利』って、何に勝ったんだ!」

「全て。アルファからオメガまで。生きとし生けるもの全て。この宇宙全体の構成要素全部」

「お前、一体何者なんだ? 造物主か?」

「ただの女子高生だよーん♪ あんたの幼馴染の」

「それにしては随分と壮大なことを言っていたような?」

「しっかし、おかしいと思ったんだよなー。あんたが『友達の恋愛相談』するなんて。あんたって人の気持ちなんてさっぱりわからない鈍感野郎で、無意識に人の心をもてあそぶ最低最悪なクズ男で、人のことなんて好きになったり愛したりできない冷血漢の自己中だと思ってたんだけど、可愛らしい恋の悩みもするんだなあーって」

「えええええええっ! 何それ酷すぎる! っていうか俺ってそんな奴だっけ? 何で満面の笑顔で罵倒されなくちゃならないの? 怖すぎる!」

「で、あんた、誰に告白したいの? 幼馴染って、誰のこと?」

「イヤイヤイヤイヤ! 何のことを言ってるんだお前?」

「だって、『幼馴染に恋した友達』なんていないんでしょ? だったら当事者はあんたしかいないじゃない」

潤んだ瞳で、真っ赤に上気した頬で迫る早希。

「さあ、勇気を出して告白してみたら? 今すぐにでも。さあ、早く」

「ちょっと待て! 軽はずみに告白するなってさっきまで言っていたじゃないか! 矛盾しすぎだろ! そもそもお前、何か勘違いをしていないか?」

「勘違い? そんなわけないでしょ」

「『友達』というのは嘘だったが、別に俺のことでもない!」

「えっ? あんたじゃないの?」

「俺じゃない!」

「だって他に誰がいるって言うのよ!」

襟首を掴まれ、ガクンガクンと揺さぶられた。

「オイオイオイ! 放せ! 苦しい! きちんと話すから!」

「納得いくように説明しなさいよ!」

「黙っててくれと言われたんだがな……」

「いいから全部話せ」

早希から放たれる凄まじい殺気、妖気。

「お前にも関係が無いわけじゃないんだ……」

「だったら尚更!」

「はぁ、はぁ…………」

俺は息を整えて、はっきりゆっくり真実を告げた。

「弟だよ」

「はぁ?」

「俺の弟の祐樹が、お前の妹の真希のことを好きになった」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼‼‼‼」

絶叫を上げ、頭から湯気を出しながらへなへなと崩れ落ちる早希。

「俺とお前がご近所で幼馴染なら、その兄弟姉妹も幼馴染、だろ? 実際、昔は俺たち四人で一緒に遊んでいたじゃないか」

「だって……祐樹君も真希も小学校5年生だよ?」

「小学5年生だったら普通に恋愛するだろ。実際、俺の周りにも女子に告白してたやついるぜ」

「あは、あはははははははははっ…………」

軟体動物のように脱力した早希。ベンチの背凭れに力なく身体を預け乾いた笑い声を上げる。

「まあ、そういうことだ。祐樹には『黙ってくれ』と言われたから、真希ちゃんには内緒で頼むぜ? 兄としては出来る限りの協力はしてやりたいんだ」

「妹に先を越されるとは…………」

「えっ? 何だって?」

「…………もう、午後の授業が始まるよ? あたし、先に教室行くから」

力なくとぼとぼと屋上から立ち去っていく。後姿がなんだかいつもより一回り小さく見えた。

俺は一人、屋上に取り残された。

「…………告白は、慎重に、真剣に、か…………」

ベンチにもたれながら天を仰ぐ。視界全てが空の青で埋まる。飛行機雲は完全に青空の中に溶けてしまい、綿菓子のような欠片になって力なく漂っていた。



不器用でも、格好悪くても、真剣な気持ちを伝えれば、あいつならきっとわかってくれる。

あいつはそういう奴なんだ。

小さい頃からそんなあいつが好きだったし、いまでもやっぱり好きだ。

「そのうち、祐樹や真希とダブルデートできるといいな、早希」

俺は誰もいないベンチの空間に呟いた。

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幼なじみに“友達”の恋愛相談をしたら、なんだか様子がおかしい 三角テトラ @tonyallenbeat

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