お祝いの日

FUKUSUKE

お祝いの日

 この家では、人生の節目ごとに祝いをする。


 誕生日、入学、結婚。

 そして、子どもが生まれる前と、生まれた後。


 私は嫁いでから、祝いの席が嫌いだった。


 理由ははっきりしている。

 ――匂いだ。


 白い紙包みが座敷に置かれると、空気が変わる。炊き立ての米の甘さや、煮物の醤油の匂いの下に、腐りかけの生肉の臭気が混じる。鼻の奥に張りつき、何度息を吐いても抜けてくれない。


 私はもともと、こういう集まりが苦手だ。

 実家でも、祝い事は簡素だった。母は「大げさに祝うと、あとが怖い」とよく言っていた。父はそれに相槌を打つだけで、家族で集まること自体が少なかった。


 だから、この家の「皆で祝う」という姿勢に、最初は安心すら覚えていた。


「順番ね」


 義母が言うと、包みは回り始める。


 誰も中を見ない。

 包みは、いつも湿っていた。紙の表面が柔らかく、指で押すと、内側の形がわずかに動く。


「おめでとう」


 祝う声は短い。

 まるで、長く触れたくないものに触れてしまったときのように。


 夫は、いつも私の隣に座っていた。

 けれど、包みが回るときだけ、少し距離を取る。


 視線も合わない。

 そのことを、私は「配慮」だと思うことにしていた。


 初めて中を見たのは、私が妊娠を告げた日のことだった。


 包みが私の前に来たとき、吐き気が勝った。

 紙を少し、めくってしまった。


 ――指。


 人差し指だ。

 爪は黒く、根元が割れている。皮膚は乾き、ところどころ紙に貼りついていた。


 声が出なかった。


「祝いでしょう?」


 義母は、何でもないことのように言った。


「守るためよ」


 何を、とは言わなかった。


 夫を見た。

 夫は、黙って頷いただけだった。


 その瞬間、分かった。

 この家で、私の味方になる人はいない。


 それから私は、気づかないふりをするようになった。


 祝われるたびに、包みは重くなる。

 匂いも、強くなる。


 仏壇の写真。

 代々の当主たちは、皆、同じ手をしていた。五本指のはずの手が、どこか歪んで写っている。欠けている者もいれば、指の数が合わない者もいる。


 ――家族の指。


 そう理解してしまったとき、私は何も言えなくなった。


 実家に帰ることも考えた。

 けれど、妊娠を伝えたときの母の声を思い出した。


「無理はしないで。せっかく授かったんでしょう」


 それだけだった。


 生まれてくる子のためなら。

 そう思ってしまった。


 出産前夜、義母が私の部屋に来た。


「大丈夫」


 その手は、指が四本しかなかった。


「皆、そうしてきたから」


 産声が上がった瞬間、廊下に、あの匂いが満ちた。


 私は笑っていた。

 泣いているのが、赤ん坊なのか、自分なのか、分からなかった。


 退院の日、白い包みが手渡された。


「お祝いよ」


 ずっしりと重い。

 これまでで、一番。


 私は開いた。


 小さな指が、五本。

 血の気のない、柔らかい指。


 義母は、優しく言った。


「あなたはもう、守る側なの」


 その夜、私は、子どもの左手を見つめた。


 指は、四本しかなかった。


 でも、祝われた。

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お祝いの日 FUKUSUKE @Kazuna_Novelist

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