メカネキ。

けてれつ

第1話 姉はメカ!?

「はぁぁぁぁ、今日も疲れたな……っと」


 ざぶん、と音を立てて勢いよく湯船に浸かった俺、米花鋼助まいか こうすけ。それなりの高校に通い、それなりに強い剣道部に所属している。とはいえ、練習をするだけで大会の出場メンバーに入ることはほぼ無いが。


「年末まで、暇だなあ……」


 今年分の練習は全て終わり、バイトももうない。あとは冬休みを満喫するだけなのだが、いかんせんこれといった予定もない。

 窓を少し開け、夜風にあたる。

 ぶくぶくと口で泡を立てながら、ぼうっとする。


 すると突然、風呂場の折れ戸ががらんと開いた。


「あ"あ"あ"ー、疲れた疲れた……」


 入ってきたのはなんとタオルを巻いた1人の女性。俺の大学生の姉、米花まいかヒカリだ。俺は咄嗟に目を背けた……が、


「……って、うわぁ!?」


 こちらに気付いた姉さんヒカリは思いっきり叫び声をあげ、その場にすっ転んでしまった。


 咄嗟に手を差し伸べようと、浴槽から体を乗り出す。

 すると、


「――見ないでっ!」


 突然、物凄い速度で上体を起こしたヒカリの頭が俺の顔面と激突し、俺は勢いそのまま後方に弾き飛ばされてしまった。


 ――だがその時その瞬間、俺は見てしまった。


 姉さんの体が、機械である事を。


 直後、俺は不思議な脱力感に襲われ、気絶してしまった。



「――ほんっとうにごめんなさい!」


 暫くして目を覚ますと、姉さんが両掌を合わせて土下座していた。

 互いに服は着ている。どうやら姉の服のようだが、着せてくれたようだ。俺の部屋に勝手に入らない気遣いができる辺り、本当にありがたい。

 ……が、それはそれとして、だ。


「姉さん、体……」


 先程ちらりと見えた姉さんの体、一体どういう事なのか。


「えっ、まさかあ、体目当て? 姉に?」


「違う。見苦しいよ」


 すると姉さんは観念したように、


「そうかあ、見えちゃったかあ……」


 と、ため息をつき、いつもつけているネックウォーマーを取る。

 すると、やはり顎から下にはパイプやチューブで繋がった、鋼鉄の体があった。


 まるで頭だけが宙に浮いているような痛々しい体に、俺は思わず言葉を失ってしまった。


「驚いた?」


 俺は無言で、されど強く頷いた。

 親のいない家庭で今日まで16年間、苦楽を共にしてきた姉が……機械メカ? 信じられるわけがない。

 バクバクとなる心臓を落ち着かせようと、深呼吸をする。


「今まで……ずっと……?」


 途切れ途切れに、やっと出せた言葉。


「どう思う?」


 姉さんはそれ以上、口を開かなかった。



 暫くして、なんとか冷静さを取り戻した俺は歯を磨き、布団に入る。

 姉さんのあの首が、未だに頭から離れない。

 姉である以前に機械であるのならば、彼女に自我はあるのか、そんなことすら考えてしまう。


 窓を少し開けると、夜風が髪を掠める。

 冷たい12月の風。俺は起き上がって、窓の外を見る。


 するとそこには、足早に何処かへ歩いていく姉さんの姿があった。

 ……こうしちゃいられない。俺は急いで着替えて、家を飛び出した。


 俺の家は意外と都心部にあり、少し歩けば賑やかな繁華街『遊戯町』に辿り着く。ここはいわゆる『夜の街』として有名なところで、合法なものはもちろん、中には違法なものまで幅広い夜の店が軒を連ねている。現に、この寒すぎる夜中でさえ、街を彩るネオンは一つも欠けることなく、輝いている。


 ……さて、姉さんを探さないと。


 酔っ払った社会人たちの波を掻き分け、ストリートを進んでいく。


 すると突然、真横の店から人が飛び出してきた。


「ひいっ……助けて!!」


 何かから逃げるように全力ダッシュをかましている女性。何事、と思いその人を見ると何やら見知った金髪に、見知った顔。


「……金子じゃね?」


 おそらく、彼女はクラスメイトの金子。クラス内では、所謂陽キャ。

 だが俺が名前を呼んだ頃には、金子はとっくにどこかへ走り去っていた。


 ……まあ、いうほどクラスで接点も無いし、気にすることもないか。


 そう自分に言い聞かせ、姉さんの探索を再開しようとすると、


「おい待てやコラァ!」


 先程と同じ店からガタイの良い男が3人ほど、飛び出してきた。

 何やら、金子を追いかけているご様子……?

 ふと男どもの手元を見ると、


「な、ナイフ……!?」


 これ、もしかして金子、命を狙われているのか……?

 俺はごくんと唾を飲む。


「あ、あの、そのナイフ……どうしたんですか?」


 クラスメイトを助けるため、俺が時間稼ぎをするしか無い。俺は思い切って声をかけた。


「ああ? なんだこいつ」


 最もデカい男がこちらを睨む。


「さっき逃げ出したクソ女、俺たちを警察に引き出すってんでなあ。今から少し締めてやるのさ」


 群衆の中を見渡しながら、男が言った。

 瞬間、背筋がぞわっとする。言葉が出せなかった。


「オイ兄貴、見つけたぜ!」


 のっぽの男がそう言うと、男たちはあっという間に走り去って行く。

 ……いや、固まっている場合じゃ無い。追いかけないと。


 白い息を吐きながら、あの男たちを追いかけて進んでいく。クラスメイトが殺されるかもしれない。あまりの衝撃からか、姉を探すという本来の目的はとうに忘れてしまっていた。


 男らを追って暫く、気付けば俺は明かりの灯らない路地裏まで来ていた。

 すると、


「来ないでっ!」


 知った声が、角の先から響く。間違いない、金子だ。

 急いで角を曲がると、そこには両腕を掴まれ脚をばたつかせる金子が居た。


「おいおい嬢ちゃん、違約金も払わず逃げ出しちまうなんて、一体どう言うことだぁ?」


「ち、違っ」


 そう言おうとすると、金子は男にビンタを喰らわされた。


「先に店入ったんはお前だろう? なーに、金払うか、体で支払うってんなら生かしてやるってんだ」


 不敵に笑いを浮かべる男。どうやら俺の存在には気付いていないようだ。


 俺は意を決して、男に詰め寄る。


「おい、お前たち、何やってんだよ……!」


 手を震わせながら、途切れ途切れに出た声。


「あぁ? テメェ、さっきの……」


「米花……!? なんで……?」


 金子も男らも、驚いた様子でこちらを見る。一瞬沈黙を挟んだが、直後ナイフの刃先がこちらに向いた。


「けっ、軽々しく言うんじゃなかったぜ。口封じだ。ちいっと痛い思いしてもらうぜ……?」


 そう言って男が間を詰める。

 戦わなきゃ、死ぬ。

 俺は全身全霊の力を込めて正拳突きをしたがいとも簡単に避けられ、あべこべに顔面に正拳突きを喰らってしまった。


 今日2度目の鼻血を出し、弾き飛ばされる俺。マンションの壁に勢いよく激突する。


「くっそ……」


 立とうとするが、力が入らない。


「さて、立ち上がれねえうちにやっちまうか」


 男の、ナイフを握る手に力が込もる。


「米花……米花!!」


 意識が朦朧としているせいか、金子の呼びかけに応えられない。


「それじゃあ、痛い目見て貰うぜえ!」


 男がナイフを振り上げたその時だった。


「やっと見つけたよー。反社さん?」


 何者かが、振り上げた男の腕を掴んだ。


「お、お前は一体――」


 男がそれを言い終える前に、その何者かが男の顎にきつい上段蹴りを喰らわせる。


 虚な視界に入り込んだのは――目を真っ赤に光らせた姉さんの姿だった。


「好き勝手にやってくれちゃって」


 姉さんが、先程蹴り上げた男の胸ぐらを掴み、もう2人の男の方を睨む。


「覚悟しなよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は不思議な安心感と共に気絶してしまった。

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