出所祝い

暗闇坂九死郎

第1話 暴力団幹部殺人事件

 昨夜未明、新宿歌舞伎町一丁目の路地裏のゴミ箱の中から、全国指定暴力団の恐田おそれだ組の幹部、阿久津あくつ典文のりふみの遺体が発見された。


 阿久津の遺体は頭部を何度も殴られた形跡が残されており、死因は頭蓋骨骨折による脳挫傷だと判明した。


 警視庁捜査一課は直ちに捜査本部を設置。動機の面から、犯人は恐田組と敵対する暴力団・鬼怒川きぬかわ会の構成員に絞って捜査を進めていた。


 ――しかし、捜査はすぐに暗礁あんしょうに乗り上げることになる。


「阿久津の死亡推定時刻の昨夜19時~23時の間、鬼怒川会の構成員34名全員が、若頭の哀川あいかわ竜平りゅうへいの出所祝いに参加していた。つまり、鬼怒川会の奴ら全員にアリバイが成立することになる」


 捜査会議の最中、川辺かわべ刑事部長がホワイトボードの前で渋面を作って言う。


「奴らが結託して、口裏を合わせているだけなのではありませんかな?」


 そう言ったのは、ベテラン刑事の安浦やすうらだ。


「いや、それはないだろう。哀川の出所祝いには赤坂の料亭が使われていたらしいのだが、そこで働く従業員が、組員の誰一人として19時~23時の間、店の外に出ていないと証言している」


「だったら、ホシは別にいると?」


「……うむ。そう考える他あるまい」


「待ってください」


 そう言って挙手したのは若手刑事の野田のだだ。


「まだその判断を下すのは早計かと。きっと犯人は何らかのトリックを使ったのです。それがわかれば奴らのアリバイを崩すことができる筈です」


「しかし、鬼怒川会のアリバイは鉄壁だぞ」


「私にとっておきの秘策があります」


「……秘策?」


 すると若手刑事の野田はニヤリと笑った。


「はい。鬼怒川会の末端構成員、から話を聞き出すのです」


 色えんぴつのヤスというのは、絵描きが趣味の下っ端ヤクザのことである。ヤクザ者には珍しく裏表のない性格で、鬼怒川会からは兎も角、警察関係者からはとても重宝されていた。


「……うーむ、確かにヤスなら飴玉でも与えておけば洗いざらい吐かせることは容易だろうが、奴が事件について何か知っているとは思えんぞ?」


「かえってその方が好都合ですよ。何も知らされていないということは、何が重要で何が重要でないのかをヤス自身が知らないということです。そこが奴らのアリバイを崩す突破口になり得ます」


「わかった。ヤスを任意で引っ張ろう」


 こうして、警視庁捜査一課は色えんぴつのヤスを取調室に連行した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る