万界集約の魔王(マギ・レクス)

水を得た煮干し

第1話 可能性(プロローグ)


 どこにでもある日本の、どこにでもありそうな田舎。

 進学校という肩書きだけ立派な高校に通い、毎日同じ授業を受け、同じように模試の結果で一喜一憂する。

 俺――一之瀬ヒロは、そのレールから少しだけ外れた落ちこぼれだった。


 部活は週三回。俺が所属しているサッカー部も例外じゃなく、やる気があるのかないのか分からない空気が漂っている。

 もちろん、自主練なんてするはずもなく、今日も俺は河川敷に寝転んでいた。


「はぁ……」


 どこまでも続く青空を見上げる。

 雲ひとつない、絵に描いたような晴天。

 普通なら気持ちいいはずなのに、俺にはただの“退屈の象徴”にしか見えなかった。


 このまま適当に地方の国立大学にでも入って、適当に就職して、適当に人生を終えるんだろうな。

 いや、ちょっと背伸びして早稲田や慶應を目指してみるか?

 いやいや、めんどくせーなー


「いっそ、唐突に世界でも崩壊しねーかな」


 誰もいない河川敷に、そんな妄想を放り投げる。

 もちろん、現実は何も答えない。

 世界は今日も、反吐が出るほど平和で、退屈そのものだ。


 ――そう、思っていた。


「……あ?」


 空が、裂けた。


 比喩じゃない。

 青空に巨大な“亀裂”が走り、そこから禍々しい色の光が溢れ出す。

 紫とも青とも緑ともつかない、見たことのない色。


 風が逆巻き、空気が震えた。

俺は思わず立ち上がり、後ずさる。


「なんだこれ……!? 異世界転生……?」


 困惑よりも先に、胸の奥で期待が跳ねた。

 この退屈な日常が壊れるなら、なんだっていい。


 亀裂の向こうから、三人の男女がゆっくりと降りてくる。


 一人は金髪の美女。

 陽光を反射する金の髪、宝石のような青い瞳。

 現実離れした美しさに、思わず声が漏れた。


「うわ……すげぇ美人」


 その隣には、褐色の肌をしたガタイのいい男。

 肩幅が異常に広く、腕は丸太のようだ。

 まるでファンタジーゲームから抜け出してきたような存在感。


 そして――中心に立つ男の顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。


 俺に似ている。


 髪型も雰囲気も違うが、顔の造形はほぼ同じ。

 鏡の中の“未来の自分”を見ているようだった。


「ははは! 残念ながら異世界転生じゃねーよ。それに普通、自分そっくりなヤツの方を先に気にするだろ。なんで初手が女なんだよ。……まぁ、お前らしいけどな」


 男は苦笑しながら、俺の目の前に着地した。

 足音がしない。重力を無視したような動きだった。


「時間がねーから手短に説明するぞ。俺はお前だ。そしてお前は、俺の可能性の一つだ」


「意味がわからない!」


「パラレルワールドって言えば伝わるか? 俺は別の世界線から来た“未来のお前”だ」


 未来の俺は、淡々と言った。

 その声には妙な説得力があった。


「単刀直入に言うぞ。――来るべき日のために、魔法を極めろ」


「魔法……? そんなもん、あるわけ――」


 言いかけた瞬間、胸に灼けるような熱が走った。


「っ……!?」


 未来の俺が、光の塊を俺の胸に押し込んでいた。


「それが魔法の因子だ。どう使うかはお前に任せる。後ろの二人も、この世界線にいる自分に因子を渡しに行く。協力してもいいし、一人でやってもいい。……とにかく、自由に魔法を極めろ」


「待てよ! まだ何も――!」


「すまん。本当に時間がない。……頼んだぞ、俺」


 それだけ言い残し、三人は亀裂の向こうへ消えた。

 空の裂け目は、音もなく閉じる。


 残されたのは、静かすぎる河川敷だけ。


「……夢、か?」


 頬をつねる。痛い。


 胸に手を当てると、微かに熱が残っていた。


「いでよ、炎……なんちって。……え」


 指先から、バチッと火花が散った。


 俺はしばらく、その指先を見つめていた。


 風が吹き、草が揺れる。

 世界は何事もなかったかのように静かだ。


 でも、胸の奥だけが、静かに熱を帯びていた。


「……なんだよ、これ」


 その呟きは、誰にも届かず、夕暮れの空に溶けていった。

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