邪悪な恋人

さム

第1話 邪悪な恋人と、ショッピングモール

私の邪悪な恋人は、泳ぐようにショッピングモールを歩く。人気がなく静まりかえったショッピングモールは、普段楽しそうに歩く家族連れや腕を組むカップルで賑わっているのが嘘みたいに、死んだように眠っている。いつもはひとつの暗闇も許さないように照りつけている白い照明も、今は私の邪悪な恋人の、髪の明るい部分をぼんやりとオレンジ色に照らす程度の控えめさである。

私の邪悪な恋人は、私の2、3歩前を振り向きもせずに歩く。彼は私の歩幅を数センチ単位で把握しているかのように、私がわざとゆっくり歩こうが、追いつこうと早足になろうが、距離が縮まることはない。


私は可愛らしい装飾に彩られた雑貨屋を見つけ、ふと足を止める。白いうさぎが刺繍されたふわふわのハンカチに、袋越しにも甘い香りを放つ入浴剤。多くの女の子が心奪われるこういったものに私も心奪われていると、うしろからタンタン、タンタン、と音が響く。私の邪悪な恋人が、靴の裏で規則的に床を叩いている音である。

機嫌を損ねられるとまずいので、私は後ろ髪を引かれながら雑貨屋をあとにする。

そうやって私には、好きな店の前で好きなだけとどまることも許さないくせに、私の邪悪な恋人は、さして興味もないのに楽器屋の前で長々と居座ったりする。店内に並ぶギターなどを、店に入る一歩手前のところから覗き込み「こんなものを触るやつの気がしれない」という顔をしている。私も楽器には興味がない。だからとても退屈だ。しかし私の邪悪な恋人は、私の退屈を楽しんでいる。

気になる店の前では足を止めさせてもらえず、どうでもいい店の前ではさんざん立ち止まらされた挙げ句、ついに私と私の邪悪な恋人は、ショッピングモールを一周した。

喉が渇いていたし、歩きすぎて足も痛かった。私はもう一歩も歩けない、どこかで座って休みたい。なのに私の邪悪な恋人は、私を置いてさっさと行ってしまった。

そういう人なのだ。それが私の邪悪な恋人なのだ。

もう1人ぼっちで寂しく帰るしかない。どちらにせよ、和気藹々とした家族や恋人のためのこの場所が、私たちに似合うはずはなかったのだから。すっかり肩を落として踵を返した私の頬に、何か冷たいものが触れた。透き通ったカップにピンク色と白色のグラデーション、一目で毒のように甘いと分かる飲み物。

「喉が渇いたんだろう」

私の邪悪な恋人は、私を散々歩き回らせ、退屈させ、もうこんな恋人には振り回されまいと決意した私に、私のための甘くて冷たいドリンクを買ってきた。

私はひったくるようにドリンクを受け取るとストローも刺さずにカップを開けて飲み始めた。なるほど、毒のような甘さである。

私の邪悪な恋人は、口の端っこだけを上げて笑いながら私を見ている。

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邪悪な恋人 さム @takenat0823

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