ポ✕✕ラ

根黒能美子

それはいつかどこかのお話……

 男が目覚めたとき、彼は波打ち際の砂浜に打ち上げられ、寝そべっていた。

 彼は静かな青い海を振り返り、恐ろしい記憶を取り戻した。昨夜、乗っていた旅客船が難破し、男は傾いた甲板から暗い海に投げ出されたのだ。

 しかし男は幸運に恵まれ、生きてどこかに流れ着いたらしい。辺りを見回すと、椰子の木と長い砂浜、陸地のほうにはジャングルがある。とにかく陽光が熱くまぶしい。まるで猛暑だ――

 そのとき男は肩を叩かれ、飛び上がった。振り向くと、肌の浅黒い上半身裸の男が立っていたので、再び仰天した。

 黒い肌の男が言う。

「あんた大丈夫か。ずいぶん白けた肌だが、海水に漬かりすぎて色が落ちちまったのかい」

「いや、僕は白人なんだ。ねぇ君、ここはどこなんだい」

「ここはポ××ラだ」

「ポ××ラ……聞いたことがないな。ここは世界のどのへんにあるんだい」

「どのへんって言われてもね。この島があるのは海のど真中だからね」

「四方が海だって。えっ、じゃあここは孤島なのか!」

 男は慌ててさらに島民を問いただし、現在の状況を知った。

 ここが常夏の孤島で、周囲数百キロに渡って他の陸地はない絶海にあり、さらに島民たちの乗る船はボートの類いしかないこと、など。

 男は自分の国へ帰る手段がないことに絶望し、砂浜にへたりこんだ。

 島民が、男の肩に手をおいて言う。

「まあそう落ち込むな。そのうち助けが来ないともかぎらないさ。それまで俺たちの村にいればいい。なあに、この島もなかなか居心地がいいもんだぞ」


 それから一年が経った。助けの船は一向に現れなかったが、男はもはや気にならなくなっていた。

 それほどに島の住み心地は良かった。木材だけで組んだ粗末な家や、木の繊維で編んだ原始的な衣服など、まるで文明から隔絶された生活も苦にならないほどだった。

 島中で数千人しかいない島民たちは、皆が心暖かく開放的だった。まるで夏の子供たちのように陽気で、他人を疑う心を知らず、互いを助け合い、差別による分け隔てがなかった。外見の違う白人の男にも親しくしてくれて、仲間として扱ってくれた。

 男は生まれて初めて伸びやかな気持ちになり、なついてくれる子供たちと毎日、海へ漁に出るのが楽しくてしょうがなかった。

 いつしか男はこの常夏の島に永住しようと考えていた。


 ただどうしても心残りなのが、国に残した家族である。自分がこうして無事なのを知らせ、安心させてやりたいと思った。

 そこで男は手紙を書くことにした。木の皮に炭で文を綴り、獣の膀胱を膨らませたものに入れて、海に放った。

 海流に乗って外洋に流れていく膀胱の袋を見ながら、家族の元に着いてくれるよう願った。


 波間に漂う膀胱の袋は、流れ流れて、とある文明国の近海にたどり着き、運良く漁師の船に拾われた。この袋の中にあった奇妙な手紙は世間の注目を集め、マスコミと警察が勢力をあげて、差出人の家族を探し出し、手紙を届けた。家族はすでに死んだと諦めていた男が実は生きているのを知って驚くとともに泣いて喜び、ただちに国の政府に救出を訴えた。

 マスコミが世論を扇動し、結果、国の政府は男を救出することを約束した。予算を集め、計画を立て、人員を招集し、船団を編成して、男の救出に向かった。

 幾月かの後に、男が漂流した島が発見された。今まで地図上になかった島の発見と、原始的な島民たちの存在は世界中を驚かせた。


 それから数十年が経った。

 島は様変わりしていた。海の外から乗り込んできた文明人たちが島の土地を切り開き、別荘を建て、観光客を相手に商売をしていた。いつしか村が町になり、道路ができ、木の小屋が消えて煉瓦の家が次々と建った。もはや島は文明国と変わりなかった。

 島民たちは文明人たちが持ち込んだ嗜好品に夢中になり、金銭の価値観を身につけ、文明人のやり方を学んだ。他人を疑い、自分だけが得をしようとした。差別が生まれ、階級ができた。島民たちは、もはやかつての島民たちではなかった。

 島民からは常夏の陽気さ、純真さは失われた。太陽ばかりが熱く、人々の心は冷えきっていた。

 漂流した男が憧れた夏の日々は、もはや過去のものとなり、世界のどこにも無くなった。

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ポ✕✕ラ 根黒能美子 @Necro_nomiko

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