君は幽霊なのか Gaku

 昼メシを速攻で食べた俺は、公園のベンチで一人スマホを眺めていた。


 結局、今日の午前中はボロボロだった。上城さんのメールにどう返していいものか分からず、悶々としているうちにミスを連発。会議資料の数字も月額と年額を間違えるというポンコツぶりを発揮し、部下に笑われた。


 竹川さんでもこういうミスをする時があるんですねって、うっせえわアホ。俺だって動揺していれば間違えることぐらいあるわ。


 ……って、見えない敵と戦っている場合じゃない。少なくとも午前中からメールの返信を待たせっぱなしだ。しかしどうする? 『わたしって死んでるの?』なんて訊いてきた奴は人生でも初めてだぞ。


 あーくそう。メールは下書きのまま、時間ばかりが経過していく。何を書いたらいいか分からねえ。そう思っていたら、知らぬ間に俺の指が『分からない』と書いて返信を送り付けていた。ちょ……何してんだ、俺。ここでもポンコツぶりを発揮してどうするんだよ。


 そんなことを思っていたら、割と早く上城さんからのメッセージが届く。


『今、夜見川君の家にいるの』


 え? なんで? 戸惑った俺へ答えるように、さらなる返信が届いてくる。


『夜見川君のお母さんから色々聞かせてもらったの。あの事故のことも、その後に起こった夜見川君のことについても』


 俺はスマホの画面をじっと眺めて考え込む。そうか、夜見川のお母さんにも会って話を聞いたのか。そうなると、事故に遭ったのは上城さん自身だと気付いているはず。俺は返信を打っていく。


『そうか。それじゃあ気を悪くするかもしれないけど教えてくれ。君は本当に俺たちの知っている上城亜衣なのか?』

『多分。というか、わたしもよく分からないの。正直わたしの人格を引き継いだクローンか何かって言われた方がしっくりする気さえする。だけど、わたしは二十五年前の記憶をしっかりと持っているし、竹川君や志穂ちゃんと過ごした日々を憶えている。もちろん、夜見川君のことも』


「ああ、まったく。一体何がどうなってるんだよ」


 思わずでかい声で独り言を漏らしたせいで、ハッとして周囲を見渡す。幸いにして、不審者を見るような目は向けられていなかった。


『正直に言うぞ。俺は上城亜衣さんの葬式にも参加したし、遺体が火葬されたのも見ている。だとすれば、君は誰なんだ』

『それが、肝心なところの記憶がないの』


 やっぱりなりすましか何かなのか? そんな思考がよぎる。だけど、それにしては話がうまく出来過ぎている。上城さんになりすましたところで得なんてしないだろうし、一体何が起こっているのか。


 まあ、それについてケンカしたってしょうがない。俺や志穂は少なくとも一度は彼女を上城さんと認識して、一緒に酒まで飲んでいる。いや、彼女は飲んでいなかったか?


 それはともかくとして、こうやってコンタクトをしてきたからには何か考えがあるはずだ。俺は彼女の真意を探ろうと思った。


『とりあえず君を信じよう。それで何があったんだ?』

『二十五年前に、わたし達がやった肝試しを憶えている?』


 ああ、忘れるわけがない。あの肝試しがきっかけで俺たちは仲良し四人組になったんだから。当時は志穂じゃなくて上城さんが目当てだったんだよな。懐かしい。


『憶えているよ。今でもいい思い出だ。でもそれがどうした?』

『協力してほしいことがあるの』

『協力だって?』


 なんだか嫌な予感がしないでもないけど、とりあえずその内容を聞いてみる。


『一体何をすればいいんだ?』


 連続で返信を送ると、上城さんからまた答えが返ってくる。


『もう一度だけ、夜見川君に会いに行こうと思っているの』


 その返信を見た時、俺は息を止めて固まっていた。


 夜見川と会う? だって、あいつはもう……。


 いや、夜見川の家に行っているなら、なおのことあの事故については知っているはずだ。もしかして夜見川のお袋さんが嘘を教えているのか?


 地雷質問には違いないが、一応確認しておくか。


『なあ、知ってると思うけど、もう夜見川は……』

『分かってる。だけど、わたしなりにケジメをつけにいきたいの。あの時からずっと凍り付いていた時間を、わたしの手で動かしたい』


 正直、上城さんが何を言っているのかは理解出来なかった。だけど、理解出来ないなりに何らかのすごみを感じたのも事実だ。


 それなら、彼女のことを信じてみようか。そんな気まぐれが生じてきた。


『分かった。俺は何をすればいい?』

『ありがとう。これから詳細を送るから、出来れば志穂ちゃんも一緒に来てほしい』


 その返信を受け取ったところで昼休みの時間が終わりそうになっていた。クソ、もっと早く動いていれば良かったな。


 とはいえ、朝からかまされた大混乱はだいぶ薄れている気がした。


 スマホの向こうにいる相手は、きっと上城亜衣本人で間違いない。何がどうなっているのか全然分からないけど、今回に限り彼女のことを信じてみよう。


 さて、とりあえず仕事に戻るぞ。午前中のミスを取り返さなくちゃ。

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