またこの場所でAI

「なんか悲鳴が聞こえてこなかった?」

「そうか? 俺は何とも……」


 夜見川君は大して怖がりもせずに、わたしの質問に答える。ここまで来ると度胸があるっているよりは鈍いって言った方がしっくりくる気がする。


 騒がしい竹川君と志穂ちゃんがいなくなったせいか、静けさを取り戻した夜の峠は不気味だった。なんだか急に肝試しらしくなった気がする。


 スタートしてから、夜見川君は黙々と夜道を歩いて行く。そのまま大してイベントもなくゴールしそうな感じだけど、なんか違くない?


 そう思ったわたしは、とりあえず口を開く。


「それにしても、夜見川君がまさか来てくれるなんて思わなかったな」

「そうか。まあ、岳に誘われたからな」

「二人は仲がいいの?」

「それほどでもない。ただ、幼馴染みだから気兼ねなく話せるのはあるが」

「ふーん、そうなんだね」


 沈黙。せっかく始めた会話が速攻で終わる。


「あの、さ……」


 気まずくなったわたしは、話しながら次の話題を考える。


「夜見川君って何か趣味はあるの?」

「趣味、か……。あんまり思いつかないけど、本を読んでいることは多いかもな」

「どういう本を読んでるの?」

「ミステリー小説やら、フロイトやらの心理学の本を読んでいる」

「なんか難しそうな本だね」

「たしかに難しいな。人間に興味があるのかもしれない」


 夜見川君の「人間に興味がある」っていうのは普通の人とちょっと感覚が違うんじゃないかなって思うけど、それでも人間がどういうものかを知ろうとは思うんだな、なんて考えながら聞いていた。


「フロイトぐらいは聞いたことあるけど、そんな難しい本が分かるの?」

「いや、さっぱり分からん」


 そう言われて、わたしは思わずズッコケそうになる。


「え? 分からないの……?」

「まあな、笑いたきゃ笑えよ」

「別にそんなことは言ってないけど」


 いくらかヤケ気味にも聞こえる言葉に反応すると、夜見川君は続ける。


「でもな、分からなくてもいいんだよ。大事なのは分からないことを分かろうとすることだ。それが人間であれ、何であれ」


 暗くて表情は分からないけど、そう言う夜見川君の声は力強かった。大事なのは分からないことを分かろうとすること、ねえ……。分かるような、分からないような。


 ふと夜空を見上げると、星がとても綺麗だった。田舎には東京みたいな夜景は無いけど、それを超える絶景が空にある。


「綺麗だよね」


 わたしがそう言うと、夜見川君もそれだけで空のことだと分かったみたいで「ああ」と答えた。


「やってるのは肝試しなんだけどな。これだけ星空が広がっていたら怨霊も出てきづらいだろうに」

「本当だよね」


 夜見川君の言葉に、わたしは思わずおかしくなる。そうだよね。この風景って、どっちかと言えば恋人と眺める景色だもんね。


「これを見せたら、出てくるのかな?」


 志穂ちゃんからもらったペンダントをつまんで、空中で振り子のように揺らす。月明かりに反射するとより綺麗に見えた。


 夜見川君もこっちに向かってペンダントを出して揺らしてみる。しばらくブラブラと揺れるペンダントを見て、わたし達は噴き出した。


「何も起こらないね」

「そうだな。まあ地元の都市伝説みたいなものだからな」


 そう言って、わたし達はしばらくそこで笑っていた。何がそこまで面白かったのかも分からないけど。


 笑い疲れて、ぜえぜえとした息を整えてからわたしは口を開く。


「ねえ」

「なんだ」

「今日は結局幽霊に会えなかったけどさ」

「うん」

「わたしは来て良かったと思う」

「……そうだな。俺もそう思う」


 この夜が無ければ、夜見川君はわたしにとってずっと遠いところにいる人だったに違いない。それが一夜にして一緒に笑い合える関係になれたんだから、気乗りしないイベントでもやってみるものだなと思った。


「来年も、またやってみる?」

「来年? 俺ら、高校生だぞ」

「それでも、もし予定が合えば」

「そうだな。予定が合えば、また来よう。岳と植村も一緒に誘って」


 卒業後にも会う約束をするなんて、なんか青春だな。そんなことを思いながら歩くと楽しくなってきた。志穂ちゃんの意図する感じとは違う路線になっている気はするけど、これはこれでいいんだと思う。


「よーし、それじゃあ来年もみんなで来ようね!」


 そう言った瞬間に、わたしの足の裏がスカッと地面をすり抜ける。違う。峠の海側を歩いている内に、知らぬ間に崖のギリギリのところを歩いていたみたいだった。


 わたしの体がフワっと宙に浮く。時が止まるような感覚の中で、全身に寒気が走った。


「ウソっ……!」


 誰にも聞こえない言葉を漏らしながら、わたしの体が転がり落ちていく。真っ暗な視界の中で、わたしの意識は遠のいていった。

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