熱の記憶 fromスティール・ライフ Recognized

久納 一湖

第1話 知恵熱

 田舎に吹く風は、朧げな記憶を纏って二人の足元を通過する。頭の奥深くから忘れていた感情を引き出しては、また別の場所へ流れていく。風も旅をしているのだなと、黒澤はいつも思っていた。


 今しがた、彼の脳内に浮上したのは、父親のやかましい笑い声だった。それが聴こえたのか定かではないが、乾いた地面を覆う砂がわずかに舞った。横に立っていた男が一度くしゃみをする。鼻を擦りながら、荷物を背負い直した。こいつは何かを思い出しただろうか。そんなことを考えていると、声をかけられた。


「どっちですか? 黒澤さんの家」

 伊野田が、神妙な面持ちを向けながら聞いてくる。彼は周辺を見渡した。目につくものは、遠くに連なる山脈以外、ほぼ何も無かった。高速鉄道からローカル線に乗り継ぎ、さらにバスで移動した先には、痩せた土地しかない。ここに停留所があることも、奇跡に等しかった。周辺にはポツポツと申し分程度に売店があるだけで、ロータリーなどといった気の利いたものはもちろん無く、人通りもほとんどなかった。


「車で三十分行ったら、ここよりマシな町に着く。その一画。行くぞ」

 黒澤は言いながら、スタスタとレンタカー店へ歩いていく。伊野田は黙って付いていくだけだった。彼はずっと考え込んでいるのかもしれない。すると思い出したかのように「土地が広いんですね」などと当たり障りのない会話をしてくる。もしや彼なりに気を使っているのか? と、黒澤は少し申し訳ない気分になった。


「見た通り、この辺りはなんもねーんだよ。もうちっとの辛抱だ。町に行けば、それなりに見るもんはある」

 プレハブでできた店舗のカウンターでIDを見せながら、黒澤が答える。顔なじみなのか、店員と軽く挨拶をしているので、伊野田も会釈をした。車に案内される。二台しかなかった。くすんだ色の小型車だった。


「こんなアナログな車、映像でしか見たこと無いです」

「ふふふ……、メトロシティにはこんな車は残ってねぇもんな。後ろ乗れ。そんで寝てろ」

「え?」

「着いたら起こしてやるよ。おまえ、熱あるだろ」

「本当ですか?」


 伊野田はそう言いながらも、後部座席に乗り込んで額に手を当てた。熱い気もするが、自分事だとさっぱり判断が難しい。すると、黒澤が振り返り、自身の端末を向けてくる。スキャンが完了すると、顔をしかめた。


「本当ですか、じゃねぇ。自分のことだろ。微熱の範疇だが、とりあえず寝とけ」

「あー、はい。すいません」

 伊野田は、わけもわからずそう言うと、座席に身体を預けて目を閉じた。黒澤からしても、こちらが眠っている方が今は気が楽なのかもしれない。

 それに熱があると言われてみれば、ある気もしてきた。確かに身体は少しだるさを感じていたが、慣れない移動の影響かと思っていたのだ。車はゆっくり動き出した。心地よい揺れの中、意識が朦朧とし始める。

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