狼は羊の枕でしか安眠できない

藤沙羅

第1話 狼は寝不足で頭が回らない

 ヘルアドナは王都から少し離れた位置にある、冒険者が集まる大規模な都市だ。

 都市の外は東北西の三方を森が広がり、南に草原が広がり王都への街道が続いている。街道を馬車で五日ほど進むと王都にたどり着く。北の森を十日ほどかけて抜けると、空に聳え立つような山脈がある。

 草原には初心者向けのラビッツやフォックといった魔物が、森にはゴブリンやコボルト、オークなどの中級以上の魔物、山脈の中腹当たりには上級のワイバーンという二本の足と二本の翼をもつドラゴンの亜種が存在し、冒険者にとっては良い狩場になっている。

 このため、冒険者ギルド本部が、ここヘルアドナに構えられている。

 冒険者ギルド自体が国の機関ではないので、特段、王都に建てる必要がないというのも理由の一つだ。

 王都にも冒険者ギルドの支部は存在するが、王都周辺の治安は国の衛兵が担当しているため、冒険者が対処しなければいけない依頼が少なく、必然的に、本部のあるヘルアドナに冒険者が集まる。


 ヘルアドナの冒険者ギルドでは、月に二回、進級試験を行っている。

 冒険者にはランクが設定されており、登録時は一部の例外を除いてDランクから始まり、D、C、B、A、S、SSとランクが上がっていく。

 ランクによって受けられる依頼の範囲が異なり、Dランクは街の雑用、薬草採集、初級魔物の討伐などがメインで、報酬はそこまで高くない。

 依頼の達成状況と特定の魔物の討伐でランクは自然と上がっていくが、登録時すでにDランク以上の実力を持つ者は、役不足を感じやすい。

 その対策として、CとBランクに関しては、月に二回の進級試験に合格することで、実力に問題ないことが認められれば、ランクを上げることが可能となっている。

 その、月に二回の進級試験の二回目が本日である。


 試験内容は筆記と実技。筆記は主に薬草や魔物の生態についての問題がほとんど。よほどの不勉強でない限り問題のない内容だ。

 実技については、冒険者ギルドが指名した、AかS、まれにSSランクの冒険者との模擬戦が行われる。

 模擬戦の試験官は、冒険者ギルドから対象の冒険者への指名依頼となる。進級試験の対象者の人数により多少前後するが、結構な高額報酬のため、基本、頼まれて断る者は少ない。

 そもそも、人格的に難ありの冒険者を試験官として指名依頼することはない。普段の依頼達成率も対人的にも問題なく、試験官としての依頼は何度か受けている者が多い。


 本日の実技の試験官、狼獣人であるジルも、そういったAランク冒険者の一人だ。

 基本的にソロで活動している冒険者で、得意な武器は片手剣。普段は温厚で人当たりも良く、後輩からも慕われている。冒険者になってから五年、Aランクになってから三年は経過しており、実力も申し分ない。まだまだ若手の分類に入る。

 実技試験での勝敗は、結果に影響することはないが、試験官の中には早いうちに現実を見せてやろう、という考えのもと、全力で対応して瞬殺する者もそれなりに存在する。

 その点、ジルは後輩指導にも熱心で。ある程度は実技試験の中で戦わせながら、指導をしてくれるので、それを知っている冒険者からはひそかに人気のある試験官の一人だった。


「……っがはっ!」


 冒険者ギルドの裏に設けられた試験会場、修練場としても使われる場所の一角。

 熊獣人の筋骨隆々とした体が吹き飛ばされ、地面を滑る。勢いのまま、周囲を囲っている木の柵に背中からぶつかると、苦しい呻きを上げて動かなくなった。

 近くに待機していた救護班が熊獣人を担架に乗せて医務室まで運んでいく。

 回復魔法が得意な職員も常駐しているし、回復薬も常備されているから、即死以外は問題ない環境ではあるのだが。

 模擬戦の様子を見ていた受験者たちは、恐怖に支配されていた。耳や尻尾のある者は丸めてしまっている。


「……次」


 地を這うような低い声が、静寂に満ちた場に落とされる。

 次の受験者である弓を携えた年若いエルフは、ごくりっと喉を鳴らして、その場に固まった。

 中々前に出てこないエルフに、ジルの視線が向けられる。


「ひっ……!」


 思わず漏れた悲鳴は、向けられたエルフの一人だけのものではなかった。

 本日の受験者の約半数が、何らかの声や声にならない悲鳴を上げていた。

 その中には、普段のジルを知る冒険者も存在する。普段の、温和で人当たりの良い、柔らかい雰囲気のあるジル。

 対照的に現在、目の下はどす黒い隈に覆われ、白目は血走り、今にも誰かを殺しそうなほどの殺気を放っていた。

 次の受験者であるエルフは、自身の神に祈りを捧げると、震える足を試験場に進めるのだった。


「……(やっちまった)」


 ジルは冒険者ギルドの一室で、椅子に座りながら頭を抱えていた。

 今回の進級試験の指名依頼を受けたのは、前回の試験が終わってすぐの二週間前。

 特に予定もなく、過去に何度か試験官の指名依頼を受けている。勝手もわかっているので、問題ないと快諾した。

 五日前に大量発生したゴースト討伐の依頼に参加した。特にめずらしいことでもなく、一年か二年に一回は発生する依頼だ。

 二十人規模の冒険者とゴースト討伐に向かった先で、ゴーストの中に上位種のレイスが存在した。

 たまにあることで、これ自体も特段珍しいことではなかったのだが、そのレイスがカースレイスという種類だった。

 たまたま対応に当たっていたジルは、そのカースレイスから呪詛を受けてしまった。

 呪詛そのものは死に至るようなものでもなんでもなく、討伐中に参加していた聖職者に祝福も受けて、呪詛の効果はすでに解除されている。

 それはステータスの状態を見ても確かだった。

 確かに、カースレイスによる呪詛の状態異常は解除されているはずなのだが。


「ジル、大丈夫か?」

「……ギルド、マスター」


 声をかけられたことで、部屋に入ってきていたギルドマスターのグラヴァの存在に気付いた。

 その事実に、ジルは深いため息をついた。


「大丈夫じゃなさそうだな。教会で鑑定もしてもらったんだろ?」

「はい。特に、状態異常や呪詛が残っているわけではないので、解呪するものもないみたいなんですが……」

「やっぱり、眠れねぇのか?」


 グラヴァの言葉に頭を抱えながら頷く。

 討伐からヘルアドナに帰ってから、ジルは不眠に悩まされていた。

 目を閉じて熟睡しようとすると、悪夢を見るのだ。それも、夜も昼も関係なく。寝入ってから一時間から二時間ほどして、深い眠りに入ろうとすると悪夢を見る。

 悪夢の内容は様々だが、単純な恐怖とかそういった夢であれば、ジルとしては問題なかった。

 夢だとわかっているし、冒険者として相応の実力があるジルとしては、怖いというより倒せるという意識のほうが強い。


 しかし、落ちる夢はどうにもしようがなかった。

 夢だとわかっているのに、落ちる瞬間の浮遊感、それで目が覚めてしまう。

 夢の内容自体も、急に床が抜けたり、罠を踏んだり、状況は様々だが、最後は必ず落ちる。夢が始まった瞬間に空から落ちていたこともある。

 飛び起きて、逆立つ毛に、再度寝る気もそがれていく。


 短時間でも寝ることはできていたので、最初のうちはさほど気にしていなかった。

 二日経ち、三日経ち、本日の五日が経つ頃には、浅い眠りのせいで目の下の隈が酷く、目も充血して、今日は上手く力の制御ができなかった。

 なんとか受験者に致命的な怪我を負わせることにはならなかったが、普段のジルからは考えられない行動だ。

 何人か参加していた知り合いの怯え切った顔が脳裏に浮かんで、深いため息が出た。

 このままでは依頼を受けることもできない。Aランク冒険者として、相応の蓄えはあるが、死活問題だ。


「ふむ、水薬という手がないわけではないが、あれは使用後の副反応が酷いからな」

「……はい、教会でもよっぽどでない限り、使用はやめたほうが良いと聞きました」

「そうか……。一つ、気休め程度かもしれないが、環境を整えてみるのはどうだ?」

「? 環境ですか?」


 グラヴァはそういうと、上着のポケットから一枚のカードを取り出した。

 『寝るん子カフェ』ポップな字体と柔らかい色合いで書かれた、愛嬌のある羊の絵、そのお腹に頭をのせて目を瞑るウサギの絵。

 後ろには店の場所と営業時間がかかれている。


「……何ですか、これ」

「二年と少し前か。新規開店した、羊獣人の一家が経営している寝具屋でな、昼間はカフェをやっているんだが。そのカフェが一風変わっていてな」


 普通のカフェのようにお茶や軽食を提供しているそうだが、それと別に席料が発生して、時間単位で寝具屋の商品を試すことができるらしい。

 カフェは完全個室で、買う前に寝具を試せるとあって、経営は安定しているとのこと。

 また、寝具そのものも質が良く、購入後もメンテナンス料を払えば、綿の入れ替えや洗濯なども請け負っているとのこと。

 あまり聞いたことのない形態で、最初のうちは客も少なかったみたいだが。


「へぇ……」

「お前、地方組だから、いまだに宿暮らしなんだろ? 宿の寝床は一定以上とは言え、専門の寝具屋のものとは違うからな。俺も最近ここで枕を新潮したんだ」

「ギルドマスターが枕ですか?」

「俺も、結構な歳だからな、自分にあった枕ってものいいもんだ」


 専門店のため、量産品に比べて価格は割高だが、カフェで事前に試すことができるので、購入者の満足度は高いようだ。

 今の状態で依頼を受けても、怪我をするだけだ。

 ジルはそんなグラヴァの言葉に、今日の午後は『寝るん子カフェ』に向かうことに決めた。

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