金髪コミュ症は勇者になれるのか
やまたぬ
第1話
「わたし、勇者になるわ」
突拍子もない彼女の言葉に、一度聞き返そうかと思った。
しかし、彼女の視線がまっすぐに俺の目に突き刺さっている状況でそんな野暮な返答はできなかった。きっと彼女と視線を交わしたのはこれが初めてではなかろうか。
ちゃんと聞こえていた。
その意味も理解している。
ただ、他人を信じることができない彼女が、他人のために命を賭す理由はわからない。
俺が反応するより先に彼女が口を開いた。
「それであなたはどうするの?」
問われているはずなのに、彼女の声は諭すように優しかった。
きっと俺の答えは彼女の決断に影響を与えることはないだろう。決断はすでに下っているのだから。
同様に彼女の決断の理由は俺の答えに影響を与えない。こと彼女の発言に関しては、「なぜ」よりも「誰が」が上回る。つまりは「彼女が決断した」ということをもって、俺の判断材料としては十分なのだ。
それでもなお、俺だけ時間の歩みに取り残されているのは、彼女に魅入られているからだろう。逆光にもかかわらず、夕日よりも燦然と輝く彼女の黄金色の瞳に。
◇ ◇ ◇
瞼をあけると、生い茂った緑の隙間に木漏れ日が点々と映えていた。
背中にはやや暖かく柔らかい感触。暑くも寒くもなく、過ごしやすい陽気。
「俺って死んだんだよな……」
現状に思考が追い付かず、自分に問いかけるように自然と声が漏れる。
目は見えている。声も出せるし聞こえる。肌にも感触が伝わる。姿に関してはまだ確認できないがどうやら生物としての体は成しているみたいだ。
ようやく多少は頭が回るようになってきたので、体を起こして全身を確認する。手、足、髪、どれも死ぬ前の状態だ。Tシャツとデニムも死ぬ直前に着ていたものだ。
意識が覚醒した以上、このまま三年座っているわけにもいかない。そもそも石の上ではないし。それになによりも、何もわからない現状でじっとしていることが怖いのだ。
ゆっくりと体の運動機能を確かめるように立ち上がる。辺りには木々が立ち込めており、どうやらここは森のようだ。片方は先にいくほど薄暗くなっており、逆に反対側は先にいくほど明るくなっている。幸いなことに森の深部というわけでわけではなさそうだ。
とにもかくにも、まずは情報を集めなくてはならない。一見すると木や草などの植物は俺が生きていた世界と変わらないようだが……。ここは地球なのか。並行世界か。時代はどうか。はたまた全くの異世界か。死後の世界の可能性も……。
地に足がつかない状態でも必死に地に足をつけて前進する。もちろん明るい方へ。森といっても木以外は雑草のようなものが生えている程度なので、特にストレスなく進むことができる。
「っっっ!」
あやうく声を上げそうになったのをすんでのところで飲み込む。
なにかいる。いや、なにかある。こちらからでは木の死角になって一部しか見えないが、ブーツを履いた足のようなものが横たわっている。
人か? 人なのか? いやいや、楽観するな。まだここがどこなのかもわからないんだ。つまりどんな生物がいるかも不明だ。下半身が人、上半身が馬の逆ケンタウロスの可能性だって皆無じゃない。生死すらも未確定。死んでいる場合、殺した生物が近くにいることも考慮しなければならない。
自分と植物以外の物体に出会えた喜びは瞬く間に消え去る。鼓動を刻むペースが一気に加速する。それに比例し呼吸も浅く、早くなる。手のひらは湿気をおび、口内は渇いていく。
木々に身を隠しながら一歩一歩足を地面に置いていく。静寂な森の中で自分だけが音を発生させている感覚に陥る。
距離を詰めていく。死角が狭まっていく。
上半身……人。頭……人。人だ! 人間だ!
ふー、と息を吐き出す。全身の筋肉がほぐれていき、鼓動も元のペースを取り戻していく。……待て待て、まだ生死を確認していないし、危険生物がいる可能性はある。
しかし一端切れた緊張の糸は容易には元に戻らず、先ほどまでよりだいぶ軽快に、仰向けに横たわる物体に近づく。
足先からまじまじと確認していく。足元は革製と思われるショートブーツ。その上はワンピースのような白色の布製の衣服。はだけてはいるが全身を覆えるくらいの土色のマント。最後に顔……
「エルフだ」
つい、声に出してしまった。耳が長い。俺が知っている人間のものとは違う。ファンタジーの世界に出てくる種族のひとつ「エルフ」の特徴に合致する。少なからず興奮してしまう。これで、元いた地球とは別の世界だということが確定してしまうのに。
小さいながらも通った鼻筋。こちらも小さくはあるがその整った形から存在感を発揮している唇。雪のように白い肌。輪郭は西洋というよりは東洋系で少し丸みをおびているか。そしてなんといっても光り輝く黄金色の髪。影になっていてもその輝きは失われず、木漏れ日が差している部分は眩しいくらいだ。
少し違和感を覚える。俺の中にある「エルフ」のイメージと少しずつずれているのだ。エルフといえば長髪、モデル体型のお姉さんキャラだと思っていた。しかし目の前に横たわるこれは、髪は肩程までのミディアムヘア。体も小さく、お姉さんというよりは妹キャラのサイズ感。耳も想像よりは短い気がする。まあ、創作から得たイメージなのだから、ずれがあるのは当たり前か。もしくはまだ子供の可能性もあるか。
エルフの存在を目の当たりにした衝撃で大事なことを忘れていた。生死の確認だ。
傍らまで近づき呼吸を確認する。寝息という寝息はたっていないが、腹部と胸部の上下運動から呼吸をしていることはわかる。寝ているのか、気を失っているのかは判断できないが、ひとまずはよかった。この子が生きていることはもちろんだが、無防備で寝ていても襲ってくる生物はここにはいないようだ。
さて、これからどうするか。少し距離をとって腰を下ろす。とりあえずはこの子が目を覚ますのを待って、この世界に関する情報を聞くところからだな。自分以外の生物を見つけたことでやっと現状について冷静に考え始められる。
まず俺は一度死んだ。死んではおらず、意識を失っている間に誰かにここまで運ばれた線はさすがにないだろう。そんなことをする意味がわからないし、俺が絶命する前に誰かが発見できたとも考えにくい。夢である可能性もあるか。でもそれってどうやって確認するんだ。目が覚めた時に「夢だったか」とはなっても、ここで証明することは不可能だし、証明できない以上は夢ではない前提で行動するしかないな。
最有力候補は異世界転生だな。エルフがいるんだから。地球とは違うまったくの異世界か、地球ではあるがエルフが存在する並行世界か。はたまた同じ世界の違う星か。
結局のところ、情報がなくてはいくら考えても仕方がない。というかエルフが気になって仕方がない。当然だ。今まで物語やゲームの世界で見てきた種族が目の前に存在しているのだ。
お菓子が焼かれるオーブンを何度も確認しに行く子供のように、再度エルフの顔を見に行く。
本当にきれいだな。神秘的だ。女神が存在していたらこんな姿なのだろうと思いつつ、ひとつの懸念がうまれる。なぜ今まで思い至らなかったのか。俺の中でのエルフのイメージに引っ張られ過ぎて失念していた。
このエルフが善人である保証なんてない。
思い至った瞬間、顔面に衝撃が走る。
何が起こったのかはわからない。
いつの間にか彼女の瞼は開いていた。
髪と同様に光り輝く彼女の黄金色の瞳だけは、薄れゆく意識の中でも鮮烈に脳裏に焼き付いた。
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