王女の【性教育】を任された近衛騎士の俺、手本として堅物侍女と疑似恋人になる羽目になりました

ぽんぽこ5/16コミカライズ開始!

第1話


 ――これは、近衛騎士として真面目に生きてきた俺が、人生で一番やばい任務を押し付けられることになった日の話である。



(はぁ~、今すぐ仕事辞めてぇ……)


 王城の廊下を歩きながら、俺は内心でため息をついていた。


 今日も今日とて、無駄に広い。王城というやつは、どうしてこうも移動距離が長いのか。近衛騎士の体力を信じすぎだと思う。



 数分前、急ぎで来いと呼び出したのは、この国の王子――つまり、俺の上司だ。


(急ぎで、って言い方をするとき、大抵はろくな用件じゃないんだよな……)


 王子の執務室の前に立ち、軽く息を整えてからノックする。



「入れ」


 短い返事に従って中へ入ると、机に向かっていた王子が顔を上げた。鋭い目つき。機嫌が悪いというより、何かに本気で悩んでいる顔だ。


「来たかレオン・アルヴェイン」

「はっ。お呼びでしょうか」


 いつも通り、形式的に礼をする。

 王子は腕を組み、しばらく無言で俺を見てから、口を開いた。


「なんだその情けない顔は。さては女遊びだな? また令嬢に告白されたそうじゃないか」

「そんなことしませんよ。それに俺に言い寄ってくる人間は、俺の家柄とか仕事しか見てませんし」


 王子の近衛騎士というだけで、何かを期待して寄ってくる女が多い。誰も俺自身を見てやいないし、そんな奴のことを好きになんてなれない。


 そういや誰かを好きになるなんて、もう何年も経験してないな……はは。



「それで、ご用件はなんですか殿下」

「おお、そうだったな。では単刀直入に言おう。お前に頼みがある」


(うわ、嫌な予感……)


 この人の『頼み』は、基本的に命令と同義である。しかも今回は、前置きがやけに重い。


「最近、妹が妙な本を読んでいてな」


 妙、という言葉に嫌な引っかかりを覚えつつ、俺は黙って続きを待った。


「恋愛小説だ。内容がどうにも……刺激が強いらしい」


 王子は眉間に皺を寄せる。


「誰から借りたのかも調べさせたが、問題はそこじゃない。知識だけが先に増えて、変な勘違いをされるのが一番困る」


 王女が本好きなのは有名だ。

 好奇心旺盛で、分からないことがあるとすぐ本を読む。年相応といえば年相応だが――王族の場合、それが面倒な方向に転ぶこともある。


 嫌な予感が、じわじわと確信に変わっていく。



「……それで俺に、何をしろと?」


 一瞬の沈黙。

 そして王子は、はっきりと言った。


教育だ」

「……はい?」


 思わず聞き返してしまった。耳を疑ったというより、脳が拒否した。


「妹に、正しい知識を教えろ」

「い、いや……それは、その……俺、近衛騎士であって、そういう役目じゃ――」

「お前は信頼できる」


 被せるように断言される。


「余計なことを考えず、余計なこともしない。それだけでいいんだ。簡単だろ?」


 圧が、重い。


(簡単だろ? って、絶対に簡単じゃすまないやつだこれ――)


 

 俺は近衛騎士だ。命令には逆らえない。しかも相手は、妹に関することになると理性がどこかへ消えるシスコン王子である。


 失敗したらどうなるか?

 考えるまでもない。生存ルートが見当たらない。


 けれども断る選択肢もなく。


「……かしこまりました」


 覚悟を決めて、うなずく。

 王子は満足そうに頷き、一枚の紙を差し出してきた。



「では今からこの部屋に向かってくれ。妹の侍女から詳細の説明がある」


 その一言に、ほんの少しだけ救われた気がした。一人きりじゃない。それだけで難易度が一段下がった気がする。気のせいかもしれないが。


 紙を受け取り、敬礼して執務室を後にする。


(はぁ、どうしてこんな無茶な任務を……)


 そんな鬱屈した思いを抱えたまま、指定された部屋の前に立つ。王城の一角、ちょっとした会議に使われる部屋だ。



 軽くノックすると、すぐに返事が返ってきた。


「どうぞ」


 中に入った瞬間、まず目に入ったのは、一人の女性だった。


 背筋をぴんと伸ばし、きっちりとした侍女服に身を包んでいる。無駄な装飾のない落ち着いた色合いで、丈の長いスカートは動きやすいよう仕立てられていた。


 胸元まできちんと留められた襟元に、仕事への几帳面さが滲んでいる。黒髪を後ろでまとめ、銀縁の眼鏡をかけており、表情は硬く感情が読み取りにくい。



(……美人だな)


 思わずそんな感想が浮かぶが、口には出さない。


「近衛騎士レオン・アルヴェインです」


 名乗ると、彼女は軽く一礼した。


「セレスティア様付き侍女のエレナ・グレイシアです。本日はよろしくお願いいたします」


 声は落ち着いていて、事務的だ。笑顔はない。


「さっそくですが、今回の件について説明いたします」


 エレナは淡々と続ける。


「今回の教育方針は、あくまで“基礎的な知識の確認”です。書物による偏った理解を正すため、実物を交えた説明を行います」

「……実物?」


 嫌な単語が聞こえた。


「はい。あなたです」

「ですよね……」


 思わず声が裏返る。


「安心してください。過度な内容は行いません。あくまで男女での人体構造の違いを理解していただくだけです」


 そう言われても、安心できるわけがない。

 そのとき、扉が開いた。



「待たせてしまいましたわ!」


 明るい声とともに現れたのは、例の王女――セレスティア様だった。十代になりたて、年相応のあどけた顔立ちだが、身なりはさすが王族というべきか、上品で華やかだ。瞳は好奇心で輝いている。


「あなたが、例の近衛騎士様ですのね?」

「は、はい。レオンと申します」

「へぇ。お兄様から聞いた話より、ずっと普通の人ですね」


 それは褒めているのか?

 セレスティア様は俺の周りをくるりと一周し、じっと観察する。


「男性は骨格からして女性と違う、と書いてありましたわ」


 そう言うなり、俺の腕に触れた。


「っ!?」


 不意打ちすぎる。


「ほら、肩幅が広いです。それに……こんなにも固い」


(ちょ、ちょっと待って……!)


 さらにセレスティア様は俺の喉元に目を向ける。


「これは喉ぼとけ、でしたかしら?」


 指先が、軽く触れた。


「声が低くなる原因、と……」


(近い! 近い近い近い!)


 頭の中が大騒ぎだが、体は動かない。動いたら終わる気がする。その様子を横で見ていたエレナが、すっと一歩前に出た。


「セレスティア様。これ以上は――」

「分かっておりますわ。でも、実際に確認しないと理解できませんもの」


 セレスティア様は楽しそうだ。

 対して、俺の心臓は限界に近い。


 エレナは俺にちらりと視線を向け、冷たい声で言った。


「勘違いなさらないでください。王女様には婚約者がおられます」

「……は、はい」

「あなたが特別扱いされているわけではありません。ただの教材です」


 教材。

 胸に、ぐさっと来る。


 怖い人だな、と思う。

 でも――


 一瞬だけ、彼女がセレスティア様に向けて見せた表情は、少し柔らかかった。


(……笑えば、可愛いのに)


 そんな考えが浮かんだ自分に驚く。



「ふむふむ。今日はここまでにしましょう」


 セレスティア様は満足そうに手を叩いた。


「とても勉強になりましたわ! 明日は、もっと詳しく教えてくださいね?」

「あ、明日も……?」

「当然ですわ! 起きたらすぐにわたくしの元へ来なさい!」


 嫌な予感しかしない。


「セレスティア様は早起きです。遅刻しないように」

「か、かしこまりました」


 無情な宣告に、俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。


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