「で？なんでああなるのよ？」

　セリアの目線の先には、悠真の膝の上に座るキールが居た。相変わらず無表情だが、先程までの硬さは無い。悠真は穏やかに淡々と、物語を聞かせていた。

　「俺の国に桃太郎って話が有ってな、果物は分かるか？桃っていうのはこういう形の果物で……」

　キールは笑わない、動かない、ただ静かに聞いている。対照的にガルドは騒がしく、大勢の子どもに囲まれていた。高い高いをしたりくすぐったりして大人気である。

　「普通はガルドの方が子どもに好かれやすいわよね……」

　セリアが傾げた首の角度が、腑に落ちていない様子を表している。

　「恐らくですが、キールくんが求めている要素をユーマさんが与えたのでしょう」

　「なによそれ？」

　「安心です」

　「……どういうことよ」

　レオンが思案を巡らせ一つ一つ言葉を出す。

　「例えば落ち込んでる人がいるとして、僕達は何をしますか？」

　「励ますわね」

　「他には？」

　「元気出しなさいよ……とか？」

　「それです、僕達がやりがちなのは、実のところ意見の押しつけなんです。元気で有れ、立ち上がれ……と」

　レオンの視線を受けたセリアが、無言で続きを促す。

　「ユーマさんは何をしましたか？」

　「なにって……横に座っただけに見えるけど？今もわけのわかんない作り話ししてるし」

　「そうです、横に座っただけ、ただ話をしているだけ……元気であるべし立ち上がるべしと押し付けていない。キールくんにとって、初めて居るだけでいいと思えたのでしょう……少なくとも孤児院に来てから」

　「難しいわね」

　「えぇ、僕達には思いつきにくい方向性の考えです」

　互いに言葉を巡らせていると、一人の世話役がやって来た。

　「やっぱりユーマさんに頼んで良かったですよ。キールくんがあんなに落ち着くなんて初めてです」

　「へぇ、ユーマって凄いじゃない」

　「……喜んでばかりもいられませんよ」

　「どうして？」

　「ユーマさんがいなくなれば、キールくんはまた不安定になるでしょう」

　「あ……」

　確かにそうだ、今の状況は悠真頼りなのだ。根本的な解決がされていない以上同じことが繰り返されるのは明白である。世話役も辛そうにため息を吐いた。

　「仕方が有りませんね、ユーマさん！コッチへ来ていただけますか！」

　レオンに呼びかけられた悠真は、キールに一声かけてから駆けつけた。

　「おう、どうしたレオン。丁度一件落着したところだ」

　「いえ、解決はしていませんよ。ユーマさんがいなくなればまた同じことの繰り返しです」

　言われた悠真は困ったように頭の後ろをかいた。

　「とは言えなぁ、俺が泊まり込みするってのは無理だぜ？」

　「ええ、承知してます。なので、キールくんを引き取ります」

　悠真とセリアは、思わずレオンに視線を向けた。

　「本気か！？」

　「冗談……で言うわけないわよね」

　「現状を見たうえでの判断です、最善ではないですが……比較的マシな選択かと」

　世話役は、一瞬湧いた感情を隠すように、戸惑った表情をしながら尋ねてきた。

　「よろしいんですか？コチラとしては助かりますが……」

　「僕は大丈夫ですよ、ユーマ大先生のおかげでいくばくかの余裕が有りますしね」

　「だからその呼び名はやめろと……まぁ家主が言うなら良いが、本人に聞いてみようぜ」

　四人は連れ立ってキールの元に歩み寄った、レオンに肩を小突かれた悠真がしゃがみ込み目線を合わせる。

　「なぁ、キールくん。俺のところに来るか？ここよりは人が少なくなって淋しくなるかも知れないが……嫌なら断っても良いし、なんなら手紙をくれたらできるだけ会いに来るしさ」

　ジッと悠真の目を見つめたキールの返事は。

　「行く」

　の一言だった。