030あいちゃんの空(童話)

矢久勝基@修行中。百篇予定

030あいちゃんの空(童話)

 あいちゃんは春のある日、学校の全校カルタ大会に出ることに決めました。

 誰よりもいっぱいカルタを取りたくて、毎日毎日一生懸命カルタを覚えました。

 パパもママも驚くくらい練習して、いざ本番。

 でも……一位を取ることはできませんでした。おうちに帰ったあいちゃんは、おっきなクマのぬいぐるみのくまじろうを抱きしめて泣きました。


 あいちゃんは秋のある日、地区の小学生を対象にした絵画賞に作品を出すことに決めました。

 最優秀賞が取りたくて、毎日毎日一生懸命一枚の絵を描き続けました。

 パパもママも驚くくらいいっぱい描いて、いざ提出。

 でも……賞を取ることはできませんでした。おうちに帰ったあいちゃんは、おっきなクマのぬいぐるみのくまじろうを抱きしめて泣きました。


 あいちゃんはまた夏のある日、夏休みの感想文コンクールに作品を出すことに決めました。

 最優秀賞が取りたくて、毎日毎日一生懸命書き直しました。

 パパもママも驚くくらいいっぱい書き直して、いざ提出。

 でも……賞を取ることはできませんでした。おうちに帰ったあいちゃんは、おっきなクマのぬいぐるみのくまじろうを抱きしめて泣きました。


 あいちゃんはもっと別の冬のある日、卒業生に送る歌のピアノを弾く人を決めるオーディションに出ることに決めました。

 そのたった一名に選ばれたくて、毎日毎日一生懸命ピアノを弾き続けました。

 でも……あいちゃんが選ばれることはありませんでした。おうちに帰ったあいちゃんは、おっきなクマのぬいぐるみのくまじろうを抱きしめて泣きました。


「くまじろう」

 ある夜、おふとんの中で、あいちゃんはおっきなふわふわのくまじろうに話しかけました。

「わたし、何やってもダメみたい。何の才能もないみたい」

 言いながら、あいちゃんはまた悲しくなります。自分にがっかりすることは、とても悲しいことでした。

 まっくらな部屋で、あいちゃんはまた、くまじろうを抱きしめて泣きました。そして誓いました。その涙が枯れた頃、もう涙を流すかもしれないことはやめようと……。

 がっかりしたくないから。もう自分にがっかりしたくないから。

 その時です。

「泣くなよ」

 耳元で、声がしました。あいちゃんはびっくりして部屋を見回しますが、まっくらでも分かるくらい、なにもいません。

「おかげで僕はいつもあいちゃんの涙でつべたいよ」

「くまじろう……?」

 頬を寄せて抱きしめているおっきなクマのぬいぐるみの姿は、暗くてあんまり見えませんが、涙で冷たいなら、くまじろうしかいません。

「くまじろう。しゃべれるの……?」

 くまじろうはそれに答えるかのように、あいちゃんの腕からするりとすり抜けて、立ち上がりました。

「あいちゃん。連れていきたいところがある」

「え、どこ?」

「手を握って」

 まっくらなのに、立ち上がったくまじろうの姿は見えます。そのぼーーんと太い左手は丸くなっているだけで手をつなぐことはできないので、あいちゃんは中腰になるとその手にしがみつくようにしてがっちりと握りました。

「飛ぶよ」

 くまじろうは大きいとはいえ、あいちゃんが立ち上がれば腰くらいの高さしかありません。

 それでもくまじろうは少しだけ膝をかがめてから、一気に上へと飛び上がりました。まっくらな部屋のまっくらな天井を突き抜けて、まっくらな夜空へと飛び出します。

 山を飛び越えて、飛行機を追い抜いて、さらにどんどん加速して、あいちゃんは宇宙に出てしまうんじゃないかと心配になりました。

 雲を突き抜けて、星降る光景を横切って、さらにさらにどんどん二人は上へ上へと昇っていきます。

 そしてあいちゃんは、お空の上の、離れ小島にやってきました。

 丸い円盤のような島がお空の上に浮いていて、背の短い草が一面に生えているみたい。

 くまじろうはその真ん中に降り立つと、あいちゃんにいいました。

「座って座って」

「ここは……?」

 辺りはやっぱりまっくらで、さっきはいっぱい見えていたはずの星もほとんど見えません。

「宇宙?」

「宇宙じゃないね」

 宇宙じゃなかったらお化けのすみかなんじゃないか。あいちゃんはやっぱり心配になりました。

「どこ?」

「そんなことより、もう泣いてないね」

「あ……」

 確かに、泣くのなんてすっかり忘れています。

「あいちゃんは、もう泣くのがいやなの?」

「いやだよ。もう泣きたくない。がっかりしたくない……」

「そっか」

 くまじろうは小さくうなずきました。

「あいちゃんがいつも泣いてるから、おかげで僕も、いつもつべたい。だから、泣かないでいてくれるのは助かるね」

 まっくらでも、くまじろうだけははっきり見えます。はっきり見えるふさふさのくまじろうは、まるでいつも話しているお友達のように楽しげに言いました。

「でもね、あいちゃんがずっとがんばって、いっぱい泣いて、その涙をいっぱい吸って、僕はほんの少しの間だけ話せるようになったの」

「そうなの……?」

「その、少しだけの間に、話したいことがあるんだ」

 見て。と、くまじろうはほとんど真っ黒な空を見上げました。

 ほとんど真っ黒。……でも、その中に四つだけ……白い星がきらきらと輝いています。

「あいちゃんは、何をやってもダメみたいって言ってたよね。何の才能もないのかもって」

「……うん」

「あるいはそうなのかもしれない。あいちゃんには、人をびっくりさせるようなことなんて、何もないのかもしれない」

「だよね……」

 あいちゃんは視線を下に……三角座りをしてるあいちゃんはすっごくちっちゃく見えます。

「わたし、もうなにもがんばりたくない……」

「さっきの質問」

「え……?」

 あいちゃんは再び顔を上げました。

「ここはどこ? っていう質問」

 くまじろうは言います。

「ここは、あいちゃんの心の中なの。あの星はなんだと思う?」

 くまじろうは、ふっとくて丸い手を、星一つ一つに向けました。

「あれは、カルタがちょっとうまくなって光り出した星。……そして、あっちは感想文をがんばって光り出したの。で、そっちが絵がちょっとうまくなった星で、向こうはピアノがちょっと弾けるようになった星」

「……」

「みんな、一生懸命頑張ったから光り出した星。……きれいだと思わない?」

「別に……」

「そう思うなら、星の数が全然足りてないからじゃないかな」

「え……?」

 まっくらで、広くて広すぎる心の中に、小さな星が四つだけ……。

「だってまだたったの四つだよ。うん、僕も思う。きれいだけど、さびしい」

「きれいとか言ってないよ」

「じゃあさ、この、あいちゃんの空が、星でいーーーっぱいになってるのを想像してみて」

「……」

 あいちゃんは、この夜空一面にきらきらと輝いている星の光景を思い浮かべてみました。

 確かに、それは空に広がるお花畑のようで、こんなまっくらな空とは比べ物にならないくらい魅力的で美しいものです。

「きれいでしょう?」

「うん……」

 あいちゃんは素直にうなずきました。

「僕は、あいちゃんの空を、もっともっときらきらにしてほしいんだ。だってその方が絶対にきれいだから」

 分かる。そうだとは思う。でも……

「でも……何をやったって賞は取れないしオーディションにも選ばれないし、意味ないよ」

「意味なくなんかないよ」くまじろうは首を振りました。

「人がどう言おうとも、逆に何も言ってくれなくても、あいちゃんが頑張った分、あいちゃんの空には星が光りだすんだ。ほら、賞なんて取れなくたって、あいちゃんはあんなにきれいな星を四つも作り出すことができた。これがもっともっと増えていったら……オーディションになんか選ばれなくたって……あいちゃんの心の中はきらっきらになるんだよ。意味なくなんかない」

 満天の心の中に光り輝く無数の星。それは想像するだに美しい光景で、本当にそれが存在するなら、きっと息をのんでその光景に見惚れるでしょう。

「だから、心の中をきらきらにしようよ。誰のなにも関係ない。人を一度もびっくりさせなくたって、その心のきらきらは消えることはないんだ。僕はそのことのほうが素敵なことだと思う」

 あいちゃん……と、くまじろうは続けました。

「そうなった時、僕はもう一度、あいちゃんをここに連れてきたい。きらきらになったあいちゃんの心の中を見せてあげたい。……だから、あいちゃんはもっともっとがんばって、もっともっと泣いて、……もう一度……僕に、あいちゃんをここに連れてくる力を与えてほしいんだ」

「……」

「僕はまたつべたいけど、あいちゃんががんばるなら僕もがんばる。だから、一緒にがんばろう……?」

「……」

 あいちゃんは、しばらく口が開けませんでした。

 がんばるのは、とても大変なことです。そして頑張ったからこそ、ダメだった時、ホントにがっかりして、いっぱい悲しくなります。

「……約束してくれる……?」

 でも……ぼーーんとふっとい手を差し出して、あいちゃんを求めてくるくまじろうを見て……

 あいちゃんはくまじろうに、きらきら光るお花畑のような星空を見せてあげたいって、ちょっと思いました。

 そして、あいちゃん自身も、そんな自分の夜空を見てみたいなと……ちょっとだけ思えました。

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