縁結びの神様と僕

一条珠綾

第1話

 目の前にある小さな祠を見つめながら、二拝二拍手をして、一心に祈る。

ーー藤堂先輩と付き合えますように。

 藤堂先輩は、三ヶ月前に転職した会社で出会った、僕の指導担当の社員だ。大学を卒業してから総務部に配属されて七年目だと言っていた。僕、佐竹圭より三歳年上の二十九歳。歳の差はちょうど良い。口数が少ないながらも、的確に教えてくれるところに惚れてしまった。

「藤堂先輩、藤堂先輩、藤堂先輩」

 僕が今いるのは、縁結びで有名な大国神社の分社である縁叶神社だ。住んでいるアパートから徒歩五分のところにあり、この神社を目指してやって来なければ分からないほど小さな神社で、会社終わりに寄るのに適している。今は夜七時で、神社の脇にある電灯が優しく、お社を照らしている。

 石畳の参道が短い距離を導き、その奥に静かに佇む古びた赤い鳥居がある。参道を抜けると、小ぶりな本殿が目に入る。瓦屋根は黒ずんでいるが、不思議と威厳があり、人々を惹きつける雰囲気があった。

「っは! いけない。藤堂先輩を想いすぎて、ゾーンに入ってた」

 ぶつぶつと呟く僕は、側から見れば不審者そのものだ。しかし、この縁叶神社には参拝者がほとんどいない。

 境内は掃除が行き届いていて綺麗だけれど。規模の小ささゆえに大きな祭事もないようで、日常的にはほとんど人の気配を感じられない。時折聞こえる鳥のさえずりや風の音だけが静寂を破る程度だった。

 この神社には、好きな人ができたら来るのが日課となっていた。"日課"というのは、僕はよく失恋するから。短ければ一週間ほど、長くても三ヶ月に一度はここにやって来ている。他の参拝者には会ったことがなく、プライベートビーチならぬプライベート神社と化している。

 前回来たときは、カフェで会った店員の辻さんと付き合えるように祈ったけれど、突然辞めてしまった。風の噂で辻さんが詐欺で逮捕されてしまったと聞いて、あえなく撃沈した。

 前々回来たときは、本間さん。本間さんは夜逃げした。前前々回来たときは、反町さん。反町さんは、何だっけ? 僧侶になるとかいってどこかの寺に行ったんだよな。

 その誰とも付き合えなかったけれど、彼らを好きだった気持ちは僕を成長させている。はずだ。

ーーだから、次こそは、藤堂先輩と付き合えますように。

 僕は、恋愛運が皆無なので、神頼みでも何でもすがりつきたいのだ。

「今回は上手くいくといいなあ」

(ッチ……。また面倒なやつを)

「ん? 」

 木の葉がさやさやと擦れる音に混じって、舌打ちのようなものが聞こえた気がするが、周りを見渡しても人っこひとり見当たらない。

「気のせいか」

 そう願いながら、一礼して目の前にある銅鏡を見つめる。この銅鏡がこの神社の御神体だそうだ。

 そうすると、鏡がきらりと光った気がした。不思議に思ってまじまじと見つめたが、いつもと変わらない銅鏡があるだけだった。鏡には黒目黒髪の僕しか写っていない。きっと風が木々を揺らして何かが反射したのだろう。そう思い、アパートに帰るため、踵を返すことにした。


ーーーーーーーーーーーーーー

 

「おはようございます」

 月曜日の朝。出勤してすぐ上司や同僚に挨拶を済ませて、デスクにつく。ふと横目で隣のデスクに座る藤堂先輩を見ると、早速パソコンに向かって仕事をしている。

 仕事中はいつも顰めっ面で、でもそんなところも可愛く思えてしまう。ドキドキしながらも、仕事はきちんとしなければいけない。

 お昼休みになり、いつものように藤堂先輩は売店へ買い出しに行く。後ろから僕も付いていった。ランチに誘ってみようかな。ドキドキしながら、話しかけようとする。

「あ、あの」

「おい」

 そうすると、横から誰かに話しかけられる。

「へ? 僕? 」

 思わず自分を指さして確認すると、声をかけてきたであろう目の前のイケメンに頷かれる。イケメンは芸術品のように顔が整っているのだが、長い黒髪を一つに縛っており、それがスーツと合わさって絶妙なアンバランスさを醸し出している。この見た目だと営業ではないだろう。僕がいる総務部でも見たことはない。この会社にはエンジニアもおり、そういう部署の人かなと思う。

 これだけイケメンなら社内で噂になりそうだけど、初めて見る顔だった。

「藤堂は、外食は好きじゃない。ケチだからな。明日、弁当でも作ってこい」

「へ?」

「今日は声をかけるな」

「え」

「言う通りにしろ。絶対に俺の言うことを聞け」

「は、はい」

 その彼の剣幕に押されて、その日は一人でコンビニで買ったおにぎりを食べた。次の日、彼に言われた通り、お弁当を二つ作ってきた。長髪の彼の剣幕が真剣だったからだ。

「藤堂先輩! もうお昼ですか?」

「うん。行くけど、どうしたの 」

「あの、今日お弁当を作ったんですけど、多めに作りすぎちゃったので、一緒に食べませんか?」

「え? まじで。料理できるんだ」

 藤堂先輩は戸惑いながらも了承してくれたので、自分の弁当箱を鞄から取り出して開けた。中身は卵焼きとか唐揚げとか野菜炒めとか、色々入っている。

「食べてみてください」

僕の弁当箱の中身を藤堂先輩が一口食べた。

「うまっ!」

「え! ほんとですか?」

「うん。すげー美味い。佐竹くんって料理上手なんだね」

「えへ。こんなのすぐ作れるので、いつでも言ってください」

「うん。また頼むわ」

 もしかして、これはいい雰囲気なのではと期待した次の日、藤堂先輩はいなくなった。

 人づてに聞いた話だと、借金で自己破産したようだ。

「そ、そんな……」

 僕の背後には漫画のようにヒューっと失恋の空っ風が吹いた。


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未完結作品ばかりで本当に申し訳ありません・・・


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