転生先で拾った孤児が全員勇者候補だった 〜俺はただ飯を作ってただけなんだが?〜
さらすてぃす
第1話 転生したら、拾った孤児が全員おかしかった
目を覚ましたとき、俺は森の中にいた。
背中に伝わるのは、冷たい土の感触。鼻をくすぐるのは、湿った草と腐葉土の匂いだ。空気は重く、どこか甘ったるい。
「……ここ、どこだ?」
声を出した瞬間、自分でも違和感を覚えた。
低すぎず、高すぎないが――明らかに若い。
反射的に手を見る。
そこにあったのは、社会人だったはずの俺の手ではない。小さく、しかし無駄のない筋の通った、十代半ばほどの手だ。
最後の記憶は、深夜のコンビニで弁当を買い、帰り道を歩いていたところまで。
そこから先が、ぽっかりと抜け落ちている。
「……ああ」
頭で考えるよりも先に、体が納得してしまった。
異世界転生。
フィクションの中だけの言葉が、妙な現実味をもって胸に落ちる。
立ち上がると、視界が少し揺れた。
身体は軽いが、腹の奥が空っぽだ。強烈な空腹感が、これは夢じゃないと主張してくる。
森は静かだった。
鳥の声も、獣の気配も遠い。ただ、どこかで枝が折れる乾いた音が、一定の間隔で聞こえてくる。
音のする方へ歩いていくと、すぐに見つけた。
――子供たちだ。
四人。
年齢はばらばらだが、どれも十歳前後に見える。
痩せた体に擦り切れた服。まともな生活をしていないのは、一目で分かった。
俺の姿を認めた瞬間、全員がびくりと身を固くする。
「……来るな」
一番年長らしい少年が、一歩前に出た。
声は震えているのに、立ち位置は自然と他の三人の前。
――守る側の人間だ。
理由もなく、そう感じた。
「大丈夫。何もしない」
両手を上げ、敵意がないことを示す。
正直に言えば、剣も魔法も持っていない俺に、どうこうできる力はない。
「腹……減ってるだろ?」
そう口にした瞬間、四人の視線が一斉に俺の背負っていた布袋に向いた。
どうやら、転生時に最低限の持ち物は与えられているらしい。
袋の中身は、乾燥した穀物と塩、簡素な鍋。
なぜか、それらの扱いに迷いはなかった。
枝を集め、焚き火を起こす。
火がつき、ぱちぱちと音を立てる。
鍋に水を張り、穀物を入れると、次第に湯気が立ちのぼった。
その匂いに、子供たちの喉が鳴る。
「……食べるか?」
一瞬の沈黙。
それから、年長の少年が小さく頷いた。
器を渡すと、四人は無言で食べ始めた。
誰も喋らない。ただ、生きるために必死だ。
その姿を見ていると、胸の奥がじんと痛んだ。
日本にいた頃、誰かのために飯を作った記憶なんて、ほとんどないのに。
――そのときだ。
視界の端に、淡い光が走った。
《エスティア》
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
説明はない。
だが、分かる。
共に食事をし、生活を分かち合うことで、相手の成長を促す力。
「……地味すぎないか」
戦闘スキルでも、魔法でもない。
拍子抜けするほど、生活寄りの能力だ。
子供たちを見ると、空気が微かに変わっている。
年長の少年の背筋は、先ほどよりも真っ直ぐだ。
別の子は、目の奥に落ち着いた光を宿している。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。
彼らが、ただの孤児ではないということに。
夜。
焚き火を囲み、子供たちは眠りについた。
久しぶりに腹いっぱい食べたのだろう、皆、穏やかな寝息を立てている。
火の向こうで、森がざわりと揺れた。
遠く、何かがこちらを見ている気配。
世界は、静かに動き始めている。
だが俺はまだ知らない。
拾ったこの四人が、
いずれ勇者と呼ばれる存在になることを。
そして――
その中心に、自分が立つことになるという事実を。
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